しぐれ
【change】
「ここか…」
今俺は蓮見市の中でも大きい部類の病院の「蓮見病院」に来ている。名前が安易とかそういう感想は求めて無い。
俺は自動で開くドアをくぐり、ナースステーションの前である質問をした。
俺の名前は高守 悠斗。元プロレスラーだったが試合で相手に片目を潰された事によってその資格を奪われた、警官だ。
そんな警官の俺がこんな病院に一人で来てる理由。それは
「蓮見暑の警察だけど、ここに氷上しぐれって人いるでしょ?」
今回のトラックに轢かれそうになった少年、氷上 優が突然開いた穴に落ちて消えたという事件(事故?)、その消えた少年の姉に弟の話を聞くためだった。
ただ…
(…あの人本当に刑事なの?…)
(なんか人相悪くて怪しいわね…)
(偽警官かも知れないから部屋教えない方がいいんじゃない?…)
この生れつきの顔の怖さとレスラー生活で造られたガタイの良さから警察とあまり信じてもらえず、更に片目が潰れてることでヤクザとさえ間違われることもある俺に、この仕事は少々厳しいものがあった。
「…もういい。」
背中に複数の視線を感じながら、俺は歩いて一部屋ずつ捜すことにした。
「306…違う………312…違う…」
一つの部屋に6人の患者、この病院が大きいが故に可能な部屋割だが、これがかえって俺には好都合だった。
これならそれほど歩き回らずとも、すぐに氷上しぐれの部屋が分かりそうだ…。
それにしても…氷上しぐれ…
報告に聞いた彼女は健康体である筈なのに、何故病院等にいるのだろうか…?
俺は4階の部屋割を確認しながら、そんなことを考えていた。
「401…違う。402…違う。403…違う。404………」
404号室
そこには[氷上 しぐれ]と書かれたプレートが、壁に掛けられていた。
いた……。
しかし、いくつかおかしい所がある。
第1に、その部屋の扉だけ新しすぎる。つい最近取り付けられたようにピカピカだ。
第2に、6人制の部屋の筈なのに、名前が二つしか書かれていない。
第3に、失踪中の筈の氷上 優の名前のプレートが、手書きで壁に掛けられていた。
俺は、扉を開けることを戸惑った。
ノックをすることさえ戸惑った。
なんだかこの扉の向こうに入ったら危険と、頭の中で誰かがしきりに囁いている気がして。
…気のせいか?
俺は自分の考えを否定する為に首を振り、何事も無く扉をノックしようとしたのだが。
「〜〜〜。〜〜」
中で誰かがボソボソと話しているような声が聞こえて、その手を扉に触れる前に止めた。
もしかしたら、事件に関しての情報が手に入るかも知れない。
そう思った俺はいけない事だと知りつつも、そっと扉に耳を近づけて、何と言ってるか聞き取ろうとした。
その瞬間
「何してるの?」
扉の中から、明らかに自分に対してと思われる声が発せられた。
その声は余りに綺麗で、華麗で、可愛らしくて、思わずその声に聴き入ってしまいそうになったが慌てて扉から頭を離し、何故自分がそこにいることがばれたのかわからずに立ち尽くしていたら、中からもう一度、あの美しい女の人の声がした。
「そんな所で立ってないで入ったら?お巡りさん。」
俺は戸惑った。
自分は、学生時代結構有名な悪として周りから嫌われていた。
柄の悪い連中とつるみ、毎日が喧嘩に明け暮れるような荒んだ日々。親や教師の言うこと等、一度も聞いたことが無いかも知れない。
だからこそ、俺は戸惑った。
そんな俺が自分よりずっと若い娘に言われるがままに、ドアノブに手をかけて今まさにその扉を開こうとしている。
元々部屋に入るつもりだったが、確実に主導権を先に奪われた感は否めない。
俺が扉を開け中を見ると、そこには一つのベッドと花瓶、そして、一人の美しい女性が椅子に座りこちらを見ていた。
「こんにちは。」
その娘は俺の姿を見ても怖じけづくことも怪しむこともなく、ただ笑顔でそう言った。
何故こんな娘が病院に…
そんな考えが一瞬頭を過ぎったがすぐに掻き消し、やっぱりさっきの不安は何かの気のせいだろうと思いながら、俺は口を開いた。
「お嬢さんさぁ、こないだの事故で姿を消した氷上 優君のお姉さんだよね?ちょっと色々と聞きたいことが…」
しかし言葉を続けようとした俺の口は、その「氷上 優」の名前が出た時の氷上 しぐれの顔を見た途端、自然と止まっていた。
怒っているのだか、泣いているのだか、笑っているのだかわからないような顔。
俺はこの瞬間ようやく、自分はとんでもない相手と話しているのだと悟った。