第九話 技法否定
クロエがうちに来て1ヶ月が過ぎようとしていたある日。
「久しぶりだね! マイ!」
「帰れ」
久しぶりにハンスが家に訪ねてきた。
マルクスの件でアドバイスを貰って以来だ。
別に会いたくなかったが、こいつにしてはこれだけ期間が空くのは珍しい。
「一体、何をしてたの?」
「いやー。この間の『ディアボロ』の件の処理に手間取ってね」
『ディアボロ』? ああ、あの奴隷商人たちか。
「何をそんなに手こずるわけ? メンバーは死んだ連中を除けば全員捕縛したし、奴隷たちも無事だったんでしょ?」
「いや、その件自体は特に問題ないんだが……。どうして奴らは君が来る前に逃げたのかと思ってね。」
ああ、そのことか。確かに私も疑問に思ってた。
あの素早い対応。事前に私たちが来ることを知っていたようだ。
加えて『暗影のメネク』の出現。
あいつの脱獄と今回の事件が重なったのは偶然にしてはタイミングが良かった。
「つまり、誰か裏で糸を引いているってことね」
「ああ。でもそれが誰なのか、さっぱりわからない」
ハンスには神眼があるけど、捕まえた奴らは全員使い捨で、知ってそうな連中は全員熊の腹の中。
そのせいで大分手こずっているようだ。
「まあ、そっちは俺が何とかするよ」
そう言ってハンスはこの話を切り上げた。
すると、タイミングを見計らったように、クロエが紅茶とケーキを持ってきた。
「どうぞ。お口に合えばよらしいのですが」
今のクロエには角と羽が生えていない。
これは私が教えた変身魔術によって一時的に角や羽を隠している。
お客が来ると伝えたら、この魔術を使って出迎えの準備をしてくれた。
こうしているとクロエはどこかのお嬢様のようだ。 普段は結構ポンコツなのに。
「ありがとう。君は知らない顔だね」
「はい。少し前からマイ様の下で学ばせていただいている、クロエ・ロジーナと申します」
マイ様……。普段は呼び捨てのくせに急に様付けされるとむずむずする。
「はは。とても礼儀正しいね。
とても魔族とは思えない」
「!!」
クロエはその一言に驚愕し、後ろに飛び退く。
「な! なんで!」
「あーごめん言い忘れてた。そいつには隠し事が通じないわ」
彼の神眼には変身魔術すら見破る。
そのことをすっかり伝えるのを忘れていた。
……別に面白そうだから伝えなかったわけでは決してない。
「あと、この力は考えてることも読めるから、あんたが取り繕ってるのバレバレよ」
「な!? 早く言いなさいよ! マイ!」
クロエは赤面し、いつもの口調にもどる。
「ははは! 君もなかなか面白いな!」
ハンスは大爆笑。
絶対こいつもわかっててしばらく泳がせてたな。
……ただ、正直あまり笑える状況じゃない。
「ハンス。あなたに聞きたい。クロエの正体を知ってあなたはどうするの?」
ハンスにクロエのことを伝えるか迷っていたけど、こいつの前で隠し事は無意味、全部打ち明けることにした。
「……正直、第二王子の立場からすると野放しにはできない」
当然の反応だ。クロエは魔王の娘、危険因子だ。
でも、私は彼女を弟子にすると決めた。決めたからには最後まで守ると誓う。例えこいつと敵対しようとも……。
「そんな顔をするな。確かに第二王子としては無視できない。でも見たところ彼女は悪人じゃない。だったら下手に刺激するより君の管理下に置いたほうが安全だろう。よって俺は何も見なかったことにする」
「……いいの?」
「構わないよ。それに、魔王の娘を野放しにするより、君と敵対するほうがよっぽど危険だからね」
こいつは何のためらいもなくそう言った。まったくこいつは。
でも、こいつと争わなくてよっかったと安心している自分もいる。
「そう言うわけだからこれからよろしくね。クロエ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
そう言ってハンスは出されたケーキを食べる。
「!! うまい! こんな美味いものがこの家で食べられるなんて! 君が作ったのか!?」
「え? あ、はい。そうですけど……」
「素晴らしい! 君はこの家に必要不可欠だ! その調子でマイのポンコツ舌を治してくれ!」
前言撤回。今すぐ戦争だ。
「ハンス? あんた、ボッコボコにされたいようね?」
「やば!?
さ、さて! そろそろ本題に入ろうかマイさん!」
こいつ無理やり話題を変えやがった。
まあいい。こちらの方が重要だからね。
「マルクス。入ってきなさい」
そう言うとマルクスはよそよそしく入ってきた。
「は、初めまして。ハンス陛下」
「はじめまして。随分と立派になったね。奴隷だった頃とは大違いだ」
マルクスは覚えていないが、ハンスはマルクスの姿を一度見ている。
「一体どれほど成長……。っ! これは………!」
突然ハンスが険しい顔をする。
「どうしたの?」
「なるほど、確かに不可解だ。彼の情報が何も見えない」
神眼は目にした者のあらゆる情報を目視することが出来る技法だ。
どんな妨害でも搔い潜り、その情報を閲覧できる。
そんな技法でも見えないなんて……。
「あなたでも見えないならいよいよお手上げね」
「いや、もう一度やらせてくれ。今度はもっと目を凝らしてみる」
そう言うと彼は暫く目を閉じ、魔力を練り始める。そしてその魔力を目に集中させている。
「"遍く虚構よ、その姿を晒せ! 『神眼』"!」
そう唱え、彼は目を開く。
その瞳には今までとは違い、青い輝きを放つ眼光が宿っていた。
「くっ……、これでも見えないのか……! いや、見える、もう少しで……、うっ!」
「ハンス!」
ハンスは何かに弾かれたように、突然頭が後ろへ揺れた。
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫。ちょっと反動が来ただけ」
だがハンスの目はさっきの青い光を放つ眼光とは打って変わって、真っ赤に純血していた。
目からは血の涙を流している。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫じゃないじゃない! 待ってて! 今すぐ回復するから!」
私はあわててハンスの目に回復魔術をかけた。
「こ、これ冷やしタオルです!」
「水です! お飲みになりますか?」
一通り回復魔術をかけた音、マルクスは冷やしタオルを、クロエは水を汲んできてくれた。
「ありがとう。君は優しいね」
そう言ってハンスは、コップの水を一気に飲み干し、タオルを目に当てしばらく休憩した。
「ごめんハンス。こんなになるまで……」
「気にしないでよ。他ならぬ君の頼みだ。それに、面白いことがわかった」
「え?」
目に当てたタオルを取りながらハンスは語り始めた。
「まあ、正直ほとんど閲覧できなかった。目を凝らせば凝らすほど、力を失っていくようだった……」
力を失う……。
「でも何とか目を凝らして無理やり見つめ続けて、唯一見ることができた。
マルクス、君の技法の名前だ」
「「「え!?」」」
技法の名前!?
「ぼ、僕に技法があるんですか!?」
「ああ、確かに存在してる。その名も『技法否定』」
技法否定? 聞いたことない名前ね。
「残念ながら、その効果までは見ることができなかった。
だが、2つのことがわかった。まず1つ、君が技法が持てないのは間違いなくこれのせいだ」
どんな原理かはわからないけど、この技法を持っているからマルクスは他の技法を持てないし、他の技法の干渉を受け付けないらしい。
「そしてもう1つ、それが究極技法であることだ」
「え!?」
「俺の神眼は究極技法だ。技法の頂点。あらゆる妨害を貫通し、見ることが出来る。その力で見ることができないとなると、それと同等の力を持っているとしか、考えられない……」
ハンスは暫く目を休めてから、こちらでも調べてみると言って帰って行った。
「技法否定……」
あれからマルクスはずっと上の空だ。
無理もない。今まで自分は技法が無いと思って生きてきたんだから。
「まあ、わからないことをいつまでも悩んでもしょうがないわ。結局やることは変わらない。あなたは力をつけて、英雄になるんでしょ?」
「そう……ですよね。その通りです」
まだ、しっかり納得できていないみたいだけど、悩んだところで何も変わらない。今は前に進み続けるしかない。
「それにしても、ハンス陛下、思っていたより気さくな人なのね。第二王子なんて言うからてっきり厳格な人だと」
クロエは気を使って話題を変えてくれた。
「あいつは誰に対してもあんな感じよ。王宮でもあんなだし。第二王子は大うつけ。裏ではそんな陰口を言われてるわ」
「大うつけなんて、確かに言動は軽いですけど、そこまで愚かな人とは思えませんが」
二人は疑問に思う。
「確かに、あいつはバカだけど愚かじゃない。まあ、だからこそ何でしょうけどね」
「「?」」
「あいつは愚かであることを演じてるのよ」
あいつは第二王子だ。王位継承権は第二位、長男が居れば一生日の目を見ないが、長男を除けば最も王位に近い立場。あいつはそんな中途半端な立場にいる。
「子供の頃からあいつに近づいてくるのは、あいつにすり寄って出世を狙おうとするやつか、長男の権威を磐石にするために暗殺しようとするやつの二択だったわ。加えてあの力、嫌でも相手の本心が分かるから誰も信じられなかったでしょうね」
だからこそあいつ直属の家臣は自分で選んで、信用できるやつを揃えたんだろう。
「だからあいつはうつけを演じることで周りからの評価を下げ、自分に構っても意味がないことを示し続けた。究極技法のことも隠してるらしいし」
「でも、ハンス陛下は先生と一緒にいる時は楽しそうでしたよ」
え? 私といる時?
「そんなわけないでしょ。さっきも言ったようにあの態度があいつ通常運転。私にもうつけを演じて本心を隠してるのよ」
「そうでしょうか?」
マルクスはそんなことを言う。
まあ、ありえないと思うが、真実はあいつにしかわからない。誰もがあいつみたいに心が読めるわけじゃないんだからね。




