第七話 魔王の娘
マルクスが私の弟子になって1ヶ月が経つ。
「はぁ。はぁ。はぁ。死ぬ……」
彼は走ってた。『アンジスフ山』を往復して。
「頑張れー。あと少しー」
これは毎日の日課だ。一日一往復、走り込みをして戦士に重要な基礎体力をつけている。
最初は半分ほどで力尽きて気絶していたが、今では一往復できるようになった。
走り込みのあとは剣術の練習だ。
魔術は一切使わない私から一本とる。
その条件の下、毎日打ち合いを行ってる。
マルクスは技法は一切使えないが、魔力が無いわけじゃない。ただし、魔力を向上させる技法は使えないため、簡単な魔術しか使えない。
だが、剣士にとってはそれで充分だ。
「"炎を纏え"!」
炎を纏えは単純な属性付与魔術。
自分の得意属性を武器に付与し、攻撃力を上げる魔術。シンプルではあるが、剣士はこういった基礎的な魔術の方が合う。
まだまだ私から一本取るには程遠いが、初日に比べれば大きく成長している。
マルクスは飲み込みが早く、戦闘センスがある。だからこそ鬼熊との戦闘であれだけ避けられたのだろう。
これならあと一年もすれば立派な剣士になる。
「よし。今日はここまでね」
「ああ……。疲れた……」
一通り修業を終えて、今日も帰路に着く。これが私たちの1日だ。
「帰ったら座学もやらないと」
「えー。僕ヘトヘトなんですけど……」
修行のほかに座学も平行して行なっている。
マルクスは今までまともな教育を受けてこなかった。
だから、算術やこの国の歴史など、必要なことを教えている。
「文句言わない。これも英雄に必要なことよ」
「う……。はい」
でもなんやかんやでマルクスは真面目で努力家だ。
座学についても熱心に取り組み、少しづつ英雄として力をつけている。
「ああ、その前に食事を取らないと」
「げ!」
げ? 今まで聞いたことない声がマルクスの口から出た気がする。
「ん? どうしたの? マルクス」
「い、いやー。ぼ、僕実は今朝からお腹の調子が良くなくて……。ですので夕飯は遠慮しておきます!」
「そうだったの……。でも心配しないで! 私特製の『マイフード』は、滋養強壮にも気を遣っているからね。きっとこれを食べれば腹の調子も治るよ!」
『マイフード』とは、私特製の完全栄養食品だ。
多種多様な薬草や、栄養価の高い食材、はては食べられる魔物の素材から、ポーションの素材となる薬品。様々な健康的な材料を使い、液状にし、体に取り込みやすく加工した私の自信作だ。
若干ドス黒くて、周囲を飛んでたハエがひっくり返るほどの異臭だけど、大事なのは見た目より中身。
これを、朝昼晩にコップ1杯飲むだけで1日分の栄養が賄え、忽ち病気や怪我も完治する。
もちろん腹持ちの良さについても自信があるので、空腹に悩まされる心配もない。至高の食品と言ってもいい。
しかし、これを王国に持って行き、王国中に広めようとハンスたちに交渉したらなぜか全力で止められた。
大臣たちは頭を抱え、レイブンは顔を真っ赤にして私を怒鳴りつけた。
正直怒りすぎて何言ってるかわからなかった。
そしてハンスは、
「そ、それは今の人類に提供するには早すぎるんじゃないかな? だってそうだろ? それが出回ってしまったら食料品店も、レストランも存在価値を失ってしまう。だからもう少し時間が経ったら王国で売り出そう」
と言ってきた。
なるほど確かにハンスの言うことも一利ある。
と言うわけで私はハンスの言うことに納得し、王国で売るのは諦めた。でもせっかく作ったのに食べないのはもったいない。そう思ってた時、育ち盛りの弟子ができた。この子にはうってつけの食材だろう。
「だから心配しないで!」
「あ、ありがとうございます……。そのせいでお腹の調子が悪くなったなんて言えない……」
「ん? 何か言った?」
「いえ! 何も!」
おかしな子ね。
「ただいまー!」
「早速夕飯……の前に紅茶入れましょうか」
「あ。それでしたら僕が」
「大丈夫。紅茶入れるの好きだからね」
私は慣れた手つきで準備を始める。
紅茶は生前から愛飲してる私の唯一の好物だ。
ここでの生活は何の刺激も無い退屈な生活だったけど、唯一この紅茶を飲む時だけは心が落ち着く。
「さあどうぞ」
「い、いただきます。……! 美味しいです!」
ハンスは嬉しそうに言ってくれた。
「そうでしょう。これは自信あるんだ私。茶葉もいいの使ってるし」
「本当に美味しい。これも不味かったらどうしようかと……」
「ん? なんて?」
「何でも無いです! あー、美味しいなー!」
なんか誤魔化せらた気がする。
まあいいか。何だか新鮮な気持ち。
紅茶は良くハンスと飲むけど、弟子と一緒飲む紅茶、弟子と一緒に過ごすこの時間。何だ特別な気分。こんな平和な時間が一生続けばいいのに……。
そう思っていた。
「!」
私は飲んでいた紅茶を机に置き、立ち上がる。
何か来る!
「え?どうしたんですか?」
「やばい。これは」
私はハンスの襟を掴み、後ろに投げる。
これから起こる未来が見えたからだ。
私たちのいる部屋が半分爆発する未来が。
「"核炎爆撃"!」
窓の外から呪文の詠唱が聞こえた瞬間。部屋が半分吹き飛んだ。
(これは……。核炎魔術!)
つまり敵は4属性を習得した魔術師、かなりの実力者だ。
「あら? 避けられた? 殺したと思ったのに」
そう言ってそいつは、吹き飛ばされて吹き抜けになった部屋の天井からゆっくりと降りてきた。
黒いドレスを見に纏い、高いヒールを履き、背中に蝙蝠のような大きな翼が生え、頭に山羊のような角が生えている。
間違いなく魔族だ。
「誰だか知らないけど。とりあえず、"跪け"」
先手必勝。私は彼女に命令する。魔族である限り『魔王特権』には逆らえないはず。
しかし、
「無礼な。私に命令? あなたが跪きなさい!」
効いてない。まさかこんな短期間で『魔王特権』が効かないやつか二度も現れるなんて。
「あ、あなた! 一体何者なんですか!?」
「あら。あなたこの前鬼熊と戦ってた奴隷。生きてたのね」
鬼熊?
まさか。
「あの熊はあんたの差金な訳?」
「ふっ。そうよ。あいつは私の忠実なる下僕だった。あいつに命令してあそこを通る奴を皆殺しにしたの。私の究極技法、『魔王特権』でね!」
なるほど。合点がいった。
何で鬼熊に命令が効かなかったのかずっと疑問だった。なんてことはない、すでに命令された後だったから。
先に命令した方の命令が優先されたってわけね。
「『魔王特権』は、魔王にしか与えられない技法、あんた、何者なの?」
すると彼女は不敵に笑い、高らかに宣言する。
「我が名はクロエ・ロジーナ! 魔王バルバトス第一の姫! 唯一にして、正当なる王位継承者!」
「ま、魔王の娘!?」
マルクスは驚愕の声を漏らす。
私も驚いた。
まさかあの魔王に娘がいたなんて……。そんな話一度も聞いたことがない。
「なるほどねぇ。じゃあ今日は父親を殺した私への復讐に来たってわけ?」
「ええ、その通り。父の無念をここで晴らして魔王軍を復活させる」
魔王軍の復活。また面倒なことを。
そんなことを考えながら、私は腰に差した『聖剣アスカロン』に触れる。
こう言う事態を想定していつも携帯している。
いざとなれば、『万象聖斬』を決めればおそらく倒せる。
ただし、あれを発動させるには少し時間が要る。私一人ならどうとでもなるが……。
今私の後ろにはマルクスがいる。この子はまだ前線に立たせるほどの実力を持っていない。
この子を守りながらだと少々きつい。
「せ、先生」
マルクスは不安そうに私を見つている。
「ふふ。さぁ! 殺し合いましょう!」
対して彼女はやる気満々だ。
両手に核炎属性の魔力を貯め悠々と歩みを進める。
でも何か妙だ。彼女に何処か違和感を覚える。
いや、そんなこと言っていられる状況じゃない。
なんにせよ、彼女が臨戦体制であることは変わらない。
「大丈夫。絶対に守るから」
必ず守る。未来の英雄を! 私は覚悟を決め、聖剣を抜く。
「ふふ。見せてあげるわ。魔王の血を引く私の、
あっ。」
「「え?」」
「ぷぎゃ!」
「「あ」」
こけた。
魔王の娘を名乗る彼女は私に近づこうとして、さっき自分で壊した天井の瓦礫に躓きその場で盛大に転んだ。
多分慣れてない高いヒールを履いて、足取りが悪かったんだろう。
あまりの衝撃の光景に私たちはただただ呆然とするしかなかった。
「あ、あの、大丈夫、ですか?」
私はとりあえず安否確認をする。あまりの状況に敬語が出てしまった。
…………返事が返ってこない……。うつ伏せの状態から微動だにしない。
「ま、まさか」
私は恐る恐る近づく。
「せ、先生! 危ないですよ!」
そーっと聖剣で突っついて体をひっくり返してみる。
「……気絶している」
どうやら当たりどころが悪かったらしい。転んだ拍子に頭を打ってそのまま気絶してしまったようだ。
「な、な、何なのこの状況ぉおおおっ!!!!」
私はいきなりの急展開に頭がついていけず、叫んでしまった。
「い、い、一体何なの!? 何しに来たのこいつ!? 勝手に家爆発させて、勝手に気絶しちゃったんだけど!? いや! これはトラップなの? 魔族の常套手段なの? 油断させておいて後ろからドカンするってこと!? いや、この状況全て幻覚で実は私たちはすでに術中に落ちてるってこと!? マルクス今すぐ私を殴りなさい!」
「お、落ち着いてください! 先生! 現実を見てください!」
混乱する私をマルクスは宥めようとする。
「一旦状況を整理しましょう。
彼女は魔王の娘を名乗り、あなたに復讐しようと戦いを挑んだ。しかし慣れないヒールを履いていたのと、足場が悪かったことで転んでしまった。しかも当たりどころも悪く、気絶してしまった……」
整理しても意味不明じゃない。
「……と、とりあえず、拘束しましょうか」
「で、ですね」
私たちは彼女が起きる前にガチガチに拘束した。




