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第六話 英雄の資格

 とある平原に立っている一本の木。

 その下で少年は小さく座り込んでいた。


 「僕には無理だ。あの人の弟子なんてなれるわけがない……」


 ここは私の住む森から数キロ離れた平原。彼は館を出てからここまで歩き続けた。


 少年はとにかく遠くへ行きたかった。

 

 勝手に話を進める私から逃げたいという気持ちと、助けてもらい、憧れていた私から勝手に逃げてしまったという罪悪感が心の中に留まっていて、とても館にいられなかった。


 「とりあえず、ここまでくればあの人も簡単には追ってこないだろう。このままもう少し休んで、それから……」


「見つけた」


 そう、少年は声をかけられた。

 驚いて少年が後ろを振り向くと、撒いたと思っていた私がそこに立っていた。


「うわぁああ! なんで!?」


「ふん。舐めないで。このくらいの追跡、私にかかればお手のものよ」


 そう言って私は少年に近づこうとすると。


「もう放っておいてください!」


 少年は怒鳴る。心の底からの拒絶だった。


「もう良い加減にしてください! 僕にはあなたの弟子になる資格がないんです! 才能も無い。技法(スキル)も無い。身体能力も高くない。こんな僕が英雄になるなんて、あなたの弟子になるなんてなれるわけないんです!」


 少年は怒鳴り続ける。今まで自分が考えていた思いがここで吹き出したのだろう。


 私はそれにも気づかなかった。気づこうとしなかったんだ……。

 

「……私がね。あなたを英雄にしたい一番の理由はね」

 

 言わなければ。

 ハンスに言われた通り、彼に対しての本心を。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「え? 小説?」


「そう。それも王道の英雄譚。すごい力を持った主人公が悪役を倒して、世界を救う。そんな英雄譚が描きたいの」


「……書けば良いじゃないですか。あなたを題材にして。今の話はまさに、あなたがやったことそのままでしょう?」


 少年は問いかける。

 だけど私は首を横に振る。


「無理なの。どうしても私じゃ書けない。私の思い描く主人公、そのいちばん大切な要素は誰かを助けたい、英雄になりたいって言う強い想いだと思ってる。私には……、それが無い」


 私には英雄としての資格がない。


 この夢は生前から持ってた願いだ。

 だけど結局書けなかった。私が恋焦がれている英雄像、漠然としたイメージができてもその人が何を感じて、何をするのか私には想像ができなかった。

 それはきっと私の人間性とかけ離れた人種だからだと思う。

 

 私は生前裕福な家庭に生まれた。何不自由無く生活できた。

 けど両親は私に愛情を注いではくれなかった。

 誰かの愛し方を教えてくれなかった。

 

 だから私は誰かを気遣うという感情が極端に欠如している。


 そんな状態で私は大人になった。なまじ頭がよかったから、国内トップの大学を出て、企業を立ち上げ、大手まで育てた。

 

 何1つ躓かず順調に過ごした。

 

 でも心の中にどうしても消えない虚無感がずっとあった。

 欲しいものはすべて手に入れたはずなのに。何も満たされなかった。その空虚さに耐えられなくなり私は全てを投げ出して命を絶った。

 

 その結果この世界に来た。

 それでも私の人間性は変わらない。

 

 世界を救う偉業も、魔王を倒す栄誉も、全て求められたからやっただけだ。

 

 そこになんの正義感も、使命感も無い。

 だから私は英雄の資格がないし、英雄譚も書けない。


「だけど、君は違う。

 君は英雄になりたいと言う自分自身の夢を抱え、それに向かって歩む信念を持ってる。誰になんと言われようとも、自分で諦めたと思い込んでも、土壇場でその思いに従い、体を張れる勇気がある。それは私には無いもの。あなたにしか無いものなの」


 あの時、あなたと敵の間には絶望的な戦力差があった。逃げてもよかった。でもあなたは逃げなかった。それこそ私が求めてる英雄の資格に必要なもの。


「もっと自信を持ちなさい。あなたは決して無価値な存在じゃ無い。私が保証する」


「っ!」


 気づくと少年は涙を流していた。

 目元を真っ赤にして。


「ち、ちょっと」


「ぼ、僕はずっと無価値な人間だと言われ続けました。だ、誰にも必要とされず、自分はそう言う人間なのだと。

 でも、あ、あなたに初めて、価値があるって言われて、僕は、僕は……。」


 そう言って肩を振るわせながら泣き崩れてしまった。


 私はそんな彼をそっと抱き寄せた。

 なぜこうしたかは自分でもわからない。でもそうしなければと、この時は思った。


「っ! あ、ありがとうございます……。僕に価値を見つけてくれて。ありがとうございますぅ!」


 それから少年はひとしきり泣いた。私の腕の中で。私はそれを静かに見守った。





「よし! じゃあ帰ろうか」

「はい……」


 ひとしきり泣いて、落ち着いた彼は私と一緒に帰ることを承諾してくれた。


「じゃあ行こう少年……、あ、すっかり聞き忘れてたけど、君名前はなんて言うの?」


「あ、僕に名前はありません。両親がつけてくれなかったので……」


 彼はまた悲しそうな顔をする。


「……そっか。よし! じゃあ私がつけよう!」


「え!?」


 いつまでも君とか少年なんて呼べないしね。


「そうねー。……あ! 『マルクス』なんてどう?」


 『マルクス』は私が昔読んだ小説の主人公の名前だ。思えば私の英雄像は彼からきているのかもしれない。


「マルクスは私の英雄像と最もあった人物の名前。君ならその名前に相応しい英雄になるよ」


「っ!」


 また泣きそうになってる。でも彼は今度は涙を堪えた。


「勇者マイ、今日この日から私はマルクスを名乗り、そしてあなたの弟子になることを誓います。あなたの下で教えを受け、そして将来あなたの理想とする英雄になって見せます!」


 まっすぐに私を見つめ、声高らかに言い放ったこの宣言。

 これが、彼が英雄を志す最初の一歩になる。








「さて! じゃあみっちり特訓していくからね!」


「あの、()()、質問していいですか?」


 あれからマルクスは私を先生と呼ぶようになった。正直悪い気はしない。むしろ嬉しい。


「何かな? マルクス君」


「確かに僕は英雄になることを誓い、あなたの修行を受ける覚悟をしました。ただ……、僕が技法(スキル)を使えないと言う事実は変わりません」


 そう、彼は技法(スキル)が使えない。

 

 この世界において技法(スキル)とは絶対の存在。

 強力な技法(スキル)を習得していれば身分問わず高位の役職に就くことができるが、逆に強力な技法(スキル)を持っていなければ、どれほど高名な血族でも、すぐに蹴落とされる。

 特に戦闘においては強力な技法(スキル)を持っているだけで大きな武器になる。


技法(スキル)無しで英雄になる、僕にはそのビジョンがうかばないんです……」


 そう言うと彼はまた暗い顔をする。


 そんなマルクスを私は両頬に手を当て、その俯いた顔をぐいっと上げる。


「ふぇ!?」


 いきなりのことで彼は変な声を上げる。


「英雄を志そうとする子がそんな顔しない」


「で、でも……」


「確かに、魔術師は強力な技法(スキル)が必須になる」

 

 例えば私の『魔導王(ソロモン)』には全属性習得可能、魔力無限回復、そして魔術の瞬間模倣の効果がある。これは魔術戦においてこれ以上ないアドバンテージを産む。

 

技法(スキル)は魔術と密接に関わっている。

 

「でも、剣士にとってはそうとは限らない」


「え?」


「剣士や武闘家など、己の御体を必要とする戦士はそれ以上に必要なものがあるの。それは……」


「それは?」

 

「それは、()()よ!」

 

「……は?」


 マルクスが私を馬鹿にしたような目で見つめてくる。こいつは一体何を言っているんだ? そう訴えかけている。


「いや、まあ必要なのは筋肉だけじゃないんだけど……。まあ、要するに必要なのは、もっと根本的な、その人の身体能力ってこと」


「身体能力……」


 そう、この世界の人々は技法(スキル)至上主義が当たり前すぎて、全ての物事が技法(スキル)で完結すると勘違いしている。

 

 故に、根本的な基礎体力を疎かにしてしまう。


「私は魔術戦以外に肉弾戦もよくするじゃない?」


「ああ、あの全てを拳だけで沈めるやつですね」


 それだけ聞くと私、会話の出来ない狂戦士みたいね……。


「だけど私はその時身体能力上昇系の技法(スキル)を一切使ってないわ」


「え!? そうなんですか?」


 あれらは私の純粋な身体能力から来てる。


 まあ、身体能力上昇の技法(スキル)を持っていない、わけではない。

 

 足を早くする『瞬足』、腕力を上げる『剛腕』、五感を高める『ハイセンス』など幾つか有用なものもある。


「でも、どうして?」


「必要ないからよ。身体能力強化の技法(スキル)は色々あるけど、どれも一時的な効果のみ。継続して戦い続けるには結局本人の体力次第。だから基礎的な鍛錬が戦士には必要不可欠なの」


 ところが、この世界の戦士はそこを疎かにする。

 強い技法(スキル)を持っていることに胡座をかき、鍛錬を疎かにする。

 

 もちろんその技法(スキル)は鍛錬で身につけたものもあるだろうが、習得が目的となりそこで成長を止めてしまうのだ。


技法(スキル)は使用するだけで体力を使う。連続使用するのはそれだけで大変。だから肉弾戦で技法(スキル)を使うのははっきり言ってコスパが悪い!」


 体の動きと技法(スキル)の使用で二重に体力を消費していくわけだからね。


「な、なるほど」


「その他に、戦士に必要なのは技術や経験。それらを身につけるのに特別な技法(スキル)は一切いらない。必要なのは鍛錬を続けること!」


 かなり脳筋な説明になってしまったが、実際戦士にはこれが必要だ。

 複雑なものは必要なく、ただ単純に努力を積み重ねること。

 それが戦士には大切なことだ。


「なるほど! なんだか僕でも強くなれる気がしてきました!」


「そうでしょう! そうでしょう! と言うわけで今から基礎訓練を開始します!」


「はい! なんでもやりますよ!」


「気合十分ね! じゃああの向こうに見える山、あそこの頂上まで走って、そのまま下山します!」


「はい! ……え? 山って、あの山ですか?」


 彼は私の指さす方向を見る。その山の名前は『アンジスフ山』この国で最も大きい山。

 その標高は3()7()7()6()m()


「うん! まあ、ちょっと大変だけどあのくらい余裕で出来ないとね!」


「えええええええ!!!!!」


 さあ、今日から特訓スタートだ。

 

 これより先、彼は多くの人を助け、今まで誰もなし得なかった偉業を成す最強の英雄となる。

 けどそれはもう少し先の話。


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