第四話 万象聖斬
「急がないと!全員死んじゃう」
私は走っていた。奴らが向かったとされるルートを通りながら。
あの道を縄張りとしている鬼熊はこの森に君臨する魔物だ。
かつて、あのあたりの森は人間の領土だった。
高い城壁と潤沢な兵器を所持した難攻不落の砦。
しかしその砦を魔王軍が送った鬼熊一頭が昼夜問わず暴れ回り、そこにいた建物、人、動物、全てを喰らい尽くしていった。
そして鬼熊はそれだけでは収まらず、ついには魔王軍すらも食い荒らしていった。
もはや誰にも制御ができず、いつしかこの森は人間も、魔族も寄り付かず、鬼熊から隠れられる小さな生き物しか住みつかなくなった。
「もう! 逃げるルートくらい事前に調べときなさいよ! これで全員死んでたら任務遂行できないじゃない!」
私は全力で走る。悪態をつきながら。
すると突然足音が聞こえてくる。
1つや2つではない。ざっと十数は聞こえる。
ふと茂みの向こうを見ると見窄らしい格好をし、首輪をつけた男女がは走っている。
よく見ると全員血まみれだ。中には重症の人もいる。
私はすぐに彼らの元に走った。
「ちょっと。貴方たち……」
「うわぁ!」「だ、誰!」「もう嫌! 助けて!」
私の顔を見るなり、みんな狼狽始める。
「落ち着いて。私は勇者マイ。貴方たちを助けに来たの。怪我人がいるなら、私が治すわ」
私が勇者と聞いた途端、緊張が緩んだのかみんなその場に座り込んでしまった。
余程疲れていたのだろう。
見たところ何かに襲われてみんなで逃げてきたらしい。状況から考えて恐らく鬼熊。
でもあれに襲われて生き残ったのは奇跡ね。
「とりあえず移動しましょ。貴方が捕まってた洞窟で王国の兵と合流する予定なの。みんなついて……」
「勇者様!」
私の言葉を遮って一人の男が叫ぶ。
「私はジャンと言います!
私たちはある奴隷の少年に助けられました。今も……あの熊の化け物と戦っているはずです。
どうか……どうか……あいつを救ってあげてください!」
ジャンと名乗るその男は土下座しながら私に頼み込む。
嘘でしょ? まさかたった一人で鬼熊の相手をしているなんて。いやでも、いくらなんでももう生きているとは思えないし……。
「わ、私たちからもお願いします!」「あいつを救ってくれ! 勇者様!」「勇者様! どうか!」
皆口々に懇願してくる。
弱った。今から行っても無駄だろうに……。私はそう考えたが。
「……わかりました。貴方たちはここで待っていなさい」
私は彼らの願いを承諾した。
ここまで言われては断るのも忍びない。
「遮断結界。これで貴方たちはひとまず安全です。重症の人はこれを飲んでください」
遮断結界は気配遮断の結界魔術。これで野生の動物や魔物には認識されない。そして私お手製の上位回復薬を置いていった。これがあれば腕くらいなら再生する。
やることを終え、私は再び走った。その一人残った奴隷を助けるために。
だが、私はほぼ諦めていた。
いくらなんでも鬼熊相手にただの奴隷が太刀打ちできるわけない。もうとっくに死んでいるはず。
私は諦めながらその場所に向かった。これは優しさではなく動いたわけではなく、彼らの頼みを断りきれない私の甘さだ。
(はぁー。私って本当に……え?)
馬車の瓦礫が転がっている襲われた現場に辿り着いた時、私は目を疑った。
なんと奴隷の少年はまだ生きていた。
今なお剣を握りしめ鬼熊の攻撃を避けていた。
本当は逃げ出したいのだろう。手足は少し震えている。
にもかかわらずその目にまだ闘志が宿っている。皆を逃すために戦おうとする意志を感じる。
力があり、勇者と呼ばれる私は依頼に対してやる気がなく、正義感なんてひとかけらもないのに。非力で、無力な彼は誰かのために戦っている。
(ああ、彼は……)
鬼熊の前足が彼を薙ぎ払う。
その一撃は彼に直撃した。
私はそれを見て全力で走った。彼の元に行くために。
(彼こそ……!)
絶対に彼を殺させてはいけない!
そして私は彼の前に立ち、トドメの一撃を止める。
「よく頑張ったわね! 小さな英雄!」
私は鬼熊と対峙する。
噂通りの巨体。前に立つとそれなりの迫力ね。
だけど……。
「"お座り"」
私には『魔王特権』がある。
これがある限り、魔物は私に逆らえない。
鬼熊はすぐに腕を引っ込め、その場に座り込む。
私は剣を治め、後ろを振り向く。状況が飲み込めないのか、少年は困惑の表情をみせる。
「安心してもう大丈夫。傷は私が治すから。大回復」
私は回復魔術で彼の傷を癒す。彼の全身の傷がみるみるうちに癒えていく。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫気にしないで。それよりあなた……」
すごいわね。と私は彼に賞賛の言葉をかけようとした。
しかしそこで私の言葉は詰まってしまう。
なぜなら刹那、頭の中によぎったから。
彼のはるか未来の映像が。
(嘘。これって)
その頭によぎったそれを見て私は動きがとまってしまった。
この静止が影響で私は不覚をとった。
「っ! 危ない! 避けて!」
彼の叫びと同時に鬼熊の前足が私のこめかみに届いた。
そしてその一撃で私の頭は胴体を離れ、宙を舞った。
絶対に逆らえない『魔王特権』。にもかかわらずこの鬼熊はその命令を無視し私に攻撃を加えた。
「ああ。あああ……」
少年は私の頭のない体を見て嗚咽を漏らす。
無理もない。先程助けに来た人間が目の前で死んでしまったのだから。
まあでも、
「あちゃー。完全に油断したわね」
この程度で、私は死なないんだけどね。
先ほど吹き飛ばされた私の頭はみるみるうちに再生し、数秒後には傷ひとつなく頭が生え変わる。
少年も鬼熊等しく混乱していた。間違いなく吹っ飛んだ頭がまだあり、ピンピンしているこの状況に。
「全く。行儀の悪い子ね。言うことも聞けないなんて……」
そう言って私は手のひらを前に突き出す。
「はっ!」
私の一声で、手のひらから衝撃派が放たれる。
属性の付与されない。純粋な魔力を相手にぶつける技。
鬼熊はそれを受け、後方に吹っ飛んでいった。
「え……? いや……、なん、で?」
少年は状況に頭がついていけないようで口をぱくぱくさせたいる。
「落ち着いて。大丈夫。私は絶対に死なないから」
これは全て私の究極技法の権能。
その名も、『不老不死』。その権能は決して老いず、決して死なないこと。
たとえ頭を吹き飛ばされても、心臓を貫かれようとも。
「とはいえ、『魔王特権』が効かなかったことはマジで想定外ね。こんなことは初めて」
魔物であればこの技法は確実に効くはずだ。
なのに命令を無視した。何かの技法か、もしくは……。
改めて私は鬼熊に向き直る。すでに吹き飛ばされた鬼熊は立ち上がり、鬼の形相で私に突進してくる。
「しょうがない。時間はかけてられないから。
大技、打ちましょうか」
私は剣を構え直す。
柄を腰のあたりで持ち、刃先を地面と水平にする。
左足は前に、右足を後ろに踏み締め、体を斜めに保つ。
「核炎魔術」
核炎魔術とは、4属性のどれにも該当しない属性の魔術。
ただし、以前の影属性のような特殊属性とは違う。
炎、水、風、土、4つの属性を全て習得したもののみ使える。
それら全て組み合わせた属性、その名も高等属性。
「"私は炎、私は水"」
私は口にするのはこれから放つ大技のための詠唱。
この技には長い詠唱を唱える必要がある。
当然、鬼熊はそれを待たない。すぐにでも私に飛びつき、前足で薙ぎ払おうとする。
しかし、前足の攻撃は届く寸前、私は紙一重でその攻撃を躱す。
「"私は風、私は土"」
攻撃気にすることなく、詠唱を唱え続ける私に、鬼熊は苛立ち攻撃は苛烈さを増していく。
それでもなお、攻撃は一切当たることはない。
何故、私に攻撃が当たらないのか。
その理由は、相手の数秒先の動きを見ているからだ。
名前は『未来視』。
私の持つ最後の究極技法。
その権能は、少し先の未来を見ること。
「"森羅万象、我が手にあり!"」
構えた剣に魔力が溜まっていく。
すでに剣先への魔力の充填は完了。
あとは放つだけだ。
「"この一太刀を持って、数多の敵を討ち滅ぼさん!"」
両手に力を入れ、敵を見据える。
鬼熊はこの時点で自分がどうなるか予想ができたらしい。
突然攻撃をやめ、背を向け逃げ出そうとしている。
だがもう遅い。
「"万象聖斬"!」
構えた剣を上に思いっきり切り上げる。
瞬間、斬撃は光の束となり正面に放出。その光は鬼熊に直撃する。
"万象聖斬"。 私が持つ最強の大技。
かつて、魔王を一撃で葬った私の奥の手。
4属性全てを組み合わせた核炎魔術を『聖剣アスカロン』に籠める。そこに『聖剣アスカロン』が持つ聖なる魔力がを加えることで、全てを浄化する光の斬撃が放たれる。
斬撃を放った部分は地面が抉れ、木々を薙ぎ倒し、更地に変える。直撃した鬼熊も、跡形もなく消滅した。
『魔導王』、『不老不死』、『未来視』、そして"万象聖斬"。これらを持って私は1ヶ月で魔王軍を壊滅させた。
「ふぅ。これで終わりね」
ひと段落し、私は伸びをする。
任務完了、ようやく家に帰れる。
と、その前に彼の手当てを終わらせないと。
私は振り返り、彼に声をかける。
「ごめんねー。戦闘中だったから応急処置だけになってたね。本格的に治療を……あれ?」
気絶してる。
白目を剥きながら、口を半開きにして。
どうやら、さっきの万象聖斬の余波が彼に直撃し、死闘の疲労感と、緊張で耐えられなかったようだ。
(やば。彼を守るの、すっかり忘れてた)
まあなんにせよ、死んでないようでよかった。
彼は無力であるにも関わらず、みんなを守ろうと必死に戦った。その命を誰かのために使おうとした。紛れもない英雄だ。
私とはまるで反対ね。
私は成り行きで勇者と呼ばれ、転生した理由も自分勝手で、仕事に対する姿勢は不真面目、力だけはあるが本当は私に勇者など名乗る資格はない。
「彼なら……」
私は彼を担ぎながら私は小さく呟く。
「彼なら、私の夢が叶うかもしれない」
〜幕間〜
「あら。負けちゃったのね」
鬼熊の戦いを見て私は呟いた。
「勇者マイ、相当な実力者ね。お父様が負けるのも頷ける」
でもこれならきっと。ようやく私の願いも叶うわね。




