第三話 ぼくは…
「くっそ! なんのよ!」
私はさっき倒した奴隷商人たちが根城としていた洞窟の中で悪態をつく。
ようやく仕事が終わると思って意気揚々と洞窟の中に入ったのに、奴隷商人どころか捕まってた奴隷すらいない。
「くっそ! 逃げられた!
……でも、にしては対応が早すぎる。金品も一緒になくなっているところを見ると私が来るっていう情報を知ってて、襲撃する前には逃げたのね。外の奴らは捨て駒ってわけ」
じゃあ、わざわざ戦わなくてもよかったじゃない! 返しなさいよあの時間!
「はあー。仕方ない、なんとか手掛かりを探してもう一度追跡を……ん?」
私はふと机の上に置いてあった地図が目に入った。
この辺りの地形が記されたものだ。あいつらが置いていったものだろう。
しかも逃走経路が書いてある!
「嘘でしょ! あいつらバカなのかしら。金品は残さず持っていくくせに一番大事なものを置いていったわ! これがあればあいつらを追跡できるじゃない! やったー!」
私は大いに喜んだ。これならすぐにでも追跡できる。
そう思っていた。
「さぁて!あいつらが通ったルートは……
は?」
私はその逃走経路に驚愕した。彼らが通ろうとしている道はこの森で絶対に近づいてはいけない危険地帯、この森の頂点に君臨する魔物、
鬼熊の縄張りだったのだから。
「あいつら筋金入りの馬鹿なのかしら……」
私は今度こそ心の底から呆れ返った。
〜幕間〜
僕たちは勇者が来ると言われ、逃げるため、馬車に無理やり詰め込まれた。
このまま馬車で逃げ、港に出るらしい。そんな馬車の中で、
「なにぃ!? 地図を置いてきちまった!?」
ボスの怒号が響いている。
「す、すいやせんボス。金目のもの詰めてたらついうっかり」
「馬鹿野郎! あれには俺たちの逃走経路が描かれてるだろうが! うまく逃げることができたのに追いつかれるじゃねえか!」
そう叫びながらボスは部下を殴る。
どうやら逃走経路が描かれた地図を置いてきたらしい。これじゃあせっかく用意した作戦も意味がない。
「ちっ! 仕方ねえ。おい。馬車を止めろ」
そう言って御者に馬車を止めさせた。
「ど、どうするんですか?」
「決まってるだろ。こうするんだ」
そう言ってボスは懐から銃を取り出した。魔力を込めることで球を打つ小型の拳銃だ。
バン!
と、ボスは部下の頭を拳銃で撃ち抜いた。
「ちっ。使えねえやつだおめえは。おい! こいつを外に捨てろ」
そう言って他の部下に命じて死体を外に放り投げた。
その後ボスは僕たちに語りかけてきた。
「さて、見ての通り現状はすこぶる悪い。このままじゃあ勇者に追いつかれちまう。一刻も早くこの森を抜け予定の港につかなきゃならねえ。
と言うわけで荷物をできるだけここに捨てていく。あの使えねえクズ一人じゃ足りねぇ。俺も本当はこんなことしたくねぇんだが、背に腹はかえられねぇ。質の低い奴隷を何人か殺してここに捨てていく」
そう言って僕たちに拳銃を突きつけてくる。みんな怯えている。こんなところで死ぬなんて。
いや、だったら。
「僕を、僕を最初に殺してくれ」
そう僕がボスに言った。
「お! おい! 坊主!」
ジャンさんが僕を止めようとしてくれた。この人は本当にいい人だ。
だからこそ死なせるわけにはいかない。他のみんなもそうだ。
「ほう。なかなか度胸があるなガキ。正直テメェが一番この中で質が悪かったんだ。こっちとしても助かるぜ」
そう言ってボスは拳銃を僕の方に向ける。
これでいい、ボスの言うようにこの中で僕は一番価値がない。僕が最初に死ぬのが自然だ。
(これでいい、これでいい……はずだ)
そう思いながら僕は引き金にかかる指を見つめながら最後の瞬間を待った。
しかし、
「うわああああ!」
突然御者が叫び声を上げた。
「何事だ!」
ボスが立ち上がり外を確認しようとした瞬間。
いきなり馬車が空中に浮かび上がった。
中にいた僕らは訳も分からず馬車の中で上下左右に転げ回った。
(な! 何が起こってるんだ!)
そう考えた直後、僕の顔面に積荷が激突。
僕の意識はそこで分断された……。
「役立たず」
僕はそう言われ続けた。
「お前は本当に役立たずね! 役に立つ技法もない。体だって丈夫じゃない。一体あんたはなんのために生まれてきたんだろうね」
そう僕の母さんに言われた。
わかっている……。そんなことは僕だってわかっている。これでも努力したんだ。寝る間も惜しんで鍛錬して、体を鍛えて。
それでも技法の1つも習得できなかった。役立たずだと、自分が一番わかっている。とっとと死んだ方が世の中のためだとわかっている。奴隷として売られても当然だとわかってる。
だけど……、それでもどうしてもこの思いだけは捨てられなかった……。僕は……。
気がつくと僕は地面に仰向けで倒れていた。全身が痛いが、なんとか無事みたいだ。
(一体……、何が起きたんだ? 他のみんなは無事だろうか?)
そんなことを考えていると。
「うわあああ!やめてくれー!」
誰かの叫び声が聞こえる。
おそらくボスの声だ。僕はなんとか体を起こし、叫び声のした方に目を向ける。
しかし僕は再び気絶しそうになった。当然だ。
なんせ目の前に体高5メートルは下らない、馬鹿でかい大熊がいたのだから。
(な! なんなんだあれ!)
まるで丸太のように太くて強靭な手足、鋭く光る眼光は真っ赤に染まり、額には鋭く、太い一本の角が生えている。体中に無数の傷は歴戦の猛獣であることを物語っている。
その姿を見て僕はあまりの恐ろしさにその場で動けなかった。
「くそ! 来るな!」
ボスは必死に叫ぶ。
どうやら足が折れているらしい。尻餅をついた状態でなんとか後ろに下がろうとしている。
大熊に拳銃を向けて引き金を引いているが、打ち尽くしたのか弾が出ない。
それでも引き金を引き続けている姿はとても哀れだった。
「くそ! くそ! こんなところで死んでたまるか! 絶対に生き残って……あ」
ボスが言葉が止まる。
数秒後の自分がどうなるのか、予想できてしまったからだ。
大熊は大きく口を開けてゆっくりとボスに近づく。焦る必要はない。相手は手負で何もできないのだから。
「い、い、いやだあああああっ!!」
ボスは涙を流しながら抵抗したがその行為虚しく、大熊のまるでギロチンのような鋭い牙に食い殺されてしまった。
(に、逃げなきゃ! 殺される!)
僕は体を起こしなんとかその場から逃げようとする。
今あいつはボスを食べることに夢中だ。今ならまだ逃げ切れる。
そう思って走り出そうとした瞬間、大熊の向こう側の景色が目に入った。
ボロボロになっていてわかりにくいが、恐らく僕たちが乗っていた馬車の残骸だ。
問題なのはその下、人影がある。誰かが瓦礫の下にいる。
(あれは……。ジャンさんだ!)
ジャンさんが瓦礫の下でもがいている。瓦礫から抜け出せないんだ。
なんとかして助けないと! でもどうやって……。
そんなことを考えながら、ふと大熊に目をやると、既にボスを食べ終わったのか、視線は別に向いていた。
僕ではない。視線は僕の対角線、ジャンさんの方角だ!
(やばい! 標的をジャンさんに切り替えた!)
助ける? だめだ。たとえ今から走って向かったとしても僕がつく前にジャンさんは死んでしまう。間に合わない……。
僕が手をこまねいているその時。
ジャンさんと目が合った。
僕に向かって必死に何か訴えかけている。
助けを求めてる?
でも無理だ。僕にはどうしようもできない……。
だが、よく口元を見てみると全く別の意味だった。
逃げろ。
確かにそう言っている。
彼はこんな状況でも僕の身を心配してくれているんだ。
それなのに僕は、さっきまで自分が犠牲になればいいなんて思って癖に……。
「う……うわぁあああっっ!!!!」
気づいた時には僕は絶叫を上げながら近くにあった棒切れを熊に向かって投げていた。
大熊がゆっくりとこちらに振り向く。
口からは血と唾液が混ざった液体が滴り落ちている。眼光は鋭く、目を合わせただけで気絶しそうだ。
(怖い! 怖い! 怖い!)
足が震える。奥歯がガタガタと音を立てている。しっかり踏ん張っていないと腰が抜けそうだ。
(逃げたい! 逃げたい! 逃げたい!)
今すぐ背を向けて逃げろ。僕の本能がそう訴えかけてくる。
だけど、それでも僕は……!
「かかってこい!」
近くにあった奴隷商人が持ってたであろう剣を拾い、僕は精一杯の啖呵を切った。
大熊の標的は完全に僕に向けられた。もう後戻りはできない。
大熊は僕に向かって突進。
僕はそれを横に飛び退きギリギリで回避する。
突進した先の木々が薙ぎ倒されていく。当たれば即死は免れない。
「何やってんだ! 坊主! お前じゃ相手になるわけねえだろうが!」
ジャンさんが叫ぶ。
どうやらなんとか瓦礫から抜け出せたらしい。
あれなら逃げられるだろう。僕は思いっきり息を吸い込む。
「ジャンさん! なんとかして僕が時間を稼ぎます!その隙にみんなを連れて逃げてください!」
僕は力一杯叫ぶ。
対峙する覚悟が出来て初めて気付いた。まだ何人か生きている人がいる。
息を潜めてやり過ごしていた人や、怪我をして動けない人が。
「みんなを連れてアジトに一度戻ってください! あそこには勇者がいるはずです!」
魔王を一人で倒した勇者だ。きっと僕たちを救ってくれる。
「し、しかし、お前は」
「いいから言ってください! 何分持つかわかりません!」
いや、そもそも時間稼ぎにすらならないかもしれない。
でも、僕はそれでも諦めない。才能も力も何1つないとわかっていても捨てられなかったある思い。
僕は……。
「僕は英雄になりたいんです! 困っている人を助け、悪を倒す。そんな英雄に! だから僕はみんなを守って、この場を必ず生き残ります!」
「っ! くっ! 死ぬんじゃねぇぞ! 坊主!」
そう言ってジャンさんは走り出した。近くにいる奴隷たちに声をかけながら。
「急げ! みんな! アジトまで走るんだ! 怪我人は手を貸してやれ! 坊主が、いやあの勇気ある英雄が体を張って俺たちを逃がしてくれたんだ! 絶対に、無駄にするな!」
ジャンさんの声にみんな最後の力を振り絞り駆け出した。怪我人も担がれ一緒に避難していく。これでみんなはとりあえず大丈夫だ。
(さて)
突進した大熊はゆっくりとこちらを振り向き再び突進してくる。これをもう一度横へ飛び回避する。
(いける! 確かに突進は威力が高く、範囲も広いけど、動き自体は単調だ。走り回って、的を絞らせず、直前で横に飛べれば避け切れる!)
再び反転し熊が突進してくる。
大丈夫。いける。そう自信を持ち始めた。
だがその自信があっけなく打ち砕かれる。
大熊は僕の動きを先読みし、僕の横を通過する手前で急ブレーキをかけた。
(な!)
そのまま大熊は右前足を大きく振り上げ、左に飛んだ僕を正確に捉え前足で薙ぎ払った。
前足の攻撃が直撃した僕は受け身や防御などできるはずもなくそのまま吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
口の中にが血の味がする。全身の骨が折れているのか仰向けの状態から起き上がることができない。
あれだけの一撃を受けたはずなのに痛みどころか体の感覚すらない。
大熊はゆっくりと、一歩ずつ近づいてくる。かろうじてやつの足音だけ聞こえる。
だめだ。もう逃げられない。声も出せない。
結局僕は足止めすらできなかった。
あれだけ大見得切っといて結局このザマだ。恐らくみんなはまだアジトについていないだろう。たった数分では足止めの意味がない。
既に大熊は僕の目の前まで来ていた。前足を上に上げ僕を叩き潰そうとしている。これで終わりだ。僕は目を瞑り最後の時を待つ。
「ああ……。結局僕は……英雄になんてなれなかったんだ……」
そして大熊の前足が僕に振り下ろされた。
しかし、
「そんなことはないわよ。あなたは立派に役目をまっとうした」
そんな声が聞こえた。
ゆっくり目を開けるとそこには一人の女性が立っていた。
翠緑の長い髪を髪をたなびかせ、威風堂々とした立ち姿。両手には黄金に輝く剣が握られ、そしてあろうことが先程僕に振り下ろされようとしていた大熊の一撃を剣一本で受け止めていた。
ああ、彼女は。
「よく頑張ったわね。小さな英雄!」
彼女こそ僕がなりたい英雄そのものだ。




