第二十三話 物語の終わり
「終わった……。」
ついに、魔王バルバロスを倒した。僕たちは成し遂げたんだ。
「……クロエ。」
そうだ。クロエの元に行かなくては。全て終わったと言わなくては。僕はクロエの元に駆け寄ろうとした。
だが、それは叶わなかった。
「あれ……?」
僕は聖剣を落とし、膝がから崩れ落ちた。もう一度立ちあがろうにも体が言うことを聞かない。それはそうだ。すでにバルバロスから受けた連打によって僕の全身の骨はすでに粉々に砕けていた。肋骨に関しては何本か内臓に刺さっているようで、呼吸もままならない。本来ならあの時立ち上がることもできなかった。
それはクロエも同様だ。あの時腹部に喰らった一撃は、彼女の内臓を破裂させ、回復魔術でも修復不可能な状態であった。そんな状態で、魔力消費量の高い万象聖斬の詠唱と、障壁の展開を同時に行なった。彼女の肉体と精神の負担は計り知れないものとなった。クロエに最早意識は無かった。
(ああ……。ここまでか……。)
薄れ行く意識の中、僕は思考する。
(まあ、大したものだろう。一介の奴隷だった僕が魔王を倒したんだ……。十分な功績だ。そうでしょう……。先生。)
そして僕は瞼をそっと閉じ、最期の時を迎えた……。
……何も見えない。……何も感じない。いや……。少し暖かいかな? 一体僕はどうしたんだろう……。
「……とうとう来ちゃったか。」
誰かが僕に語りかける。とても懐かしい声。とても安心する声だ。
「よくやったね2人とも。期待以上の活躍だったよ。」
僕はそっと目を開ける。どうやら僕は地面に寝ていたらしい。あたりは真っ白な光に包まれている。目の前に僕と同じように寝ているクロエがいる。声は僕の頭上からする。体を起こしたいが、動かない。
「でもね……。まだあなたたちがこっちに来るのは許容できないね。あなたたちはこれからもっと広い世界を見て欲しい。マルクス、あなたに託した小説、まだ完成していないでしょ? もう一度現世に戻してあげる。」
彼女がそう言うと、暖かい風が吹き、次第に視界がぼやけていった。おそらくこの場所から出ようとしているのだろう。ここがあの世であるというなら現世に戻ろうとしているんだ。
「行かないで……。」
再び分断されそうな意識の中、僕は声を絞り出す。
「僕たちを置いていかないで……。」
もしもう一度現世に戻ったら、もう彼女には会えない。そんなのは嫌だ。もう離れたくない。僕たちはずっと願ってきた。
「……ごめんね……。それはできない。もう私の物語は終わっているんだ。これから先は君たちの物語。私が舞台に上がることはもうないんだよ。」
彼女はそっと僕たちの頬を撫でた。暖かく優しい手のひら。僕はその温もりをずっと感じていたかった。
「ここから目覚めて、広い世界をたくさん見てきなさい。その物語をいつか私に聞かせてね。いつでもここで待ってるから。じゃあね。私の可愛い弟子たち。」
その言葉を最後に僕の意識は深く沈み、再び眠りについた。
……気がつくと僕は崩壊した王宮の間で横になっていた。目の前にはクロエが寝ている。どうやら容体は安定しているみたい。僕の体も不思議と回復している。僕たちは助かったのだ。でも、何故か心に残った切なさが消えない。寝ている間に何か夢を見たような気がするが、覚えていない。唯一覚えているのは頬に残った暖かさだけだ。僕は頬の暖かさと、そこに伝う一筋の涙を手で触れた。
「よくやってくれた2人とも。」
魔王討伐から一週間が経過して、僕たちはハンス様の執務室に呼ばれた。あの後、王宮の間に倒れていた僕たちをハンス様が救出していくれた。すぐに治療を行おうとしたけど、不思議と致命的な怪我が全て治っていて特に処置するところがなかったらしい。
「いえ。色々と運が重ならなければ勝てない、危うい戦いでした。」
先生の行動、ハンス様の協力、2人で成し遂げた技。1つでも欠けていたら勝てなかった。
「ちょっと謙遜すぎよ。私たちは見事成し遂げだんだから。もっと胸を張らなくちゃ。」
そう言ってクロエは僕の背中を叩く。
「ああ。クロエの言う通りだ。魔王を倒した英雄たるもの堂々としていないとな。」
そう言うものなのだろうか。
「さて……。本題だ。お前らはこれからどうするんだ?」
体の調子が戻ったら真っ先に聞かれると思った質問だ。今僕たちはこの国で最も強い大英雄となった。当然一国を統べることとなったハンス様には、今後の僕たちの動向は気になるだろう。
でも僕たちはもうどうするか決まっている。
「2人で話し合って、この国を出て旅に出ようと思います。」
僕はクロエの手をそっと握りながら答えた。クロエもその気持ちに応えてくれるように握り返してくれた。
「まだ見たことない世界を2人で見てみたいんです。それに、もう王国のしがらみに囚われるのは嫌ですから。」
僕たちは先生を見てきた。あの人も結構自由な人だったが、それでも王国の住民である以上自由に動けない面も多々あった。僕たちはそう言ったものから解放されたい。そう思った。
「……そっか。わかった。好きにしなさい。」
意外だった。もっと引き留められると思ったけど。
「引き留めないの?」
「正直、一国の王としては君達をこのまま手放したくない。魔王の脅威が完全に無くなったとはいえ、魔族の動きはまだあるし、また新たな脅威が現れないとも限らない。」
ハンス様は立ち上がり窓の外を見る。そこには城下町の風景が広がっている。
「でもね。俺たちは長い間勇者に頼り続けた生活を送ってきた。いい加減その依存から俺たちも抜け出さなくてはならないと思ってね。君たちのような人域を越えた大英雄がいなくても新たな脅威からこの国を守れる。そんな強い国を作りたい。」
そう言って再びハンス様は僕たちを見つめる。
「だから君たちのことは好きにさせようと思ったんだ。もちろんいつでも帰ってきてもいい。いつだってこの国は君達を歓迎するからね。」
「ハンス様……。」
僕たちは目に涙が浮かぶ。元々居場所なんてなかった僕たちが、いつでも帰ってきてもいいなんて言われる場所ができるなんて。昔の自分達じゃ想像もできないだろうな。
「……ありがとうございます。じゃあ。この剣はお返ししますね。」
そう言って僕は腰に差した聖剣を手渡そうとする。
「いやいや。それは君が持っていてくれ。餞別だ。」
「ええ!? でも、これはグローリア王国に伝わる宝剣ですよね? 僕なんかが持っていては……。」
「僕なんか、じゃないだろ? 王国を救った英雄の1人だ。君にこそ相応しいよ。」
「ハンス様……。」
本当に大胆な人だ。
「さて。じゃあお別れだな。また会おう。クロエ、マルクス。」
そう言ってハンス様は両手を前に出す。握手のためだろう。
「普通一人一人に片手ずつじゃないですか?」
「はっははは! まあ気にするな。こう言うのは気持ちの問題だからな!」
「ふふ。そうね。」
僕たちはハンス様と握手を交わし。執務室を出た。
「こ、これは……。」
僕たちが王宮を出て、王都を出ようとすると、王都中の人々が僕たちを見送るために集まっていた。
「マルクス様ー!」 「クロエさん! どうかお元気で!」「マルクスお兄ちゃん! クロエお姉ちゃん!」
みんな僕たちの姿を見て手を振ってくれている。一体何でこんなに見送りの人がいるんだ?
「何でみんな知ってるんですか?」
「それは、ハンス様が触れ回るように言ったからですよ。」
「レイブンさん!」
群衆の中からレイブンさんが出てきた。
どうやらハンス様が事前に根回しをしたらしい。あの人は本当に仕事が早い。
「王都の人々はみんなあなたたちに感謝しています。最後くらい挨拶したいですから。」
レイブンさん。最後の最後にとても嬉しいサプライズだ。
「坊主! 本当に行くんだな。」
「ジャンさん! はい。僕たちなりに自由な旅がしたくなって。」
「そうか……。立派な嫁さんもできて、本当にデカくなったな。」
ジャンさんが涙ぐんでいる。まだ嫁と言うわけじゃないんだけど……。
「……いや、しみったれたのは無しだ。2人とも元気でな!」
「「……はい!」」
僕たちはそう言って王都を後にした。随分と色々な人たちと関わり、色々な人たちを助けた。そのつながりを今日改めて実感した。
僕たちは出発する。今日まで先生と暮らしていた館を後にして。
「マルクスー。準備できた?」
クロエがそう言って声をかけてくれた。
「うん。今行くよ。」
ずっと暮らしてきた家、今ではもう家主がいなくなり誰も生活することの無くなった家。
「思えば本当に色々あった……。」
リビングではよくハンス様とよくお茶した。その一角はクロエが初めて来た時吹き飛ばしてちょっと新しい。庭では三人でピクニックをした。思い出の詰まった場所だ。
そんな家から僕たちは旅立つ。
「行ってきます……。」
そう言って僕は家から出る。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。」
もう迷いはない。もはや先生もいないこの家から離れて僕たちは自由に生きる。そう決めたのだから。
「さぁ。行こうクロエ。とりあえずどこに行こっか?」
「そうねぇ。暖かくって、海の見える街に行きたいわね。でも、あなたと一緒ならどこでもいいわよ。」
そう言ってクロエは僕の手を掴む。これ先の何者にも縛られない自由な旅に心を躍らせながら、僕たちは歩み始めた。
〜幕間〜
「うーん。やっと書けた。」
僕はそっと机の前で伸びをする。たった今やり残した執筆活動が終わったのだ。
「パパー! お仕事終わった?」
「エマ。うん。終わったよ。」
そう言ってエマが私の部屋に入ってくる。
「それ、パパとママが出るお話だよね?」
「そうだよ。まあ、半分はパパの先生が主人公の物語だけどね。先生が亡くなってパパが引き継いだんだ。」
「私パパの話す物語大好き! パパも、ママも、パパの先生もすごくかっこいい!」
「そっか……。そう言ってくれるとパパも嬉しいよ。」
僕はそっとエマの頭を撫でる。先生から引き継いだ英雄譚。僕が先生と出会い、魔王を倒すまでが書かれた物語。ようやく完成した。長く先生から言われていた約束を果たす時が来た。
「うぇーーーん!!!」
突然リビングの方から泣き声が聞こえる。
「マルクスー! ごめんハルトのオムツかえてくれない? 今ちょっと手が離せないのよ。」
そうクロエが呼んでいる。
「ママが呼んでる。お手伝いしに行こっか。」
「うん! お手伝いする!」
そう言ってエマは弟のハルトの元に走って行った。
僕は執筆が終わった原稿を机に置いて部屋を出ようとする。
「ああ。いけないこの一文を添えないと。」
そう言って僕は最後の一文を書き記し部屋を出て行った。
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この物語は最強の勇者、その弟子である僕が英雄になるまでの物語。奴隷だった僕が魔王を倒す英雄にまでなった物語だ。僕がここまでに成長できたのはある偉大な勇者の存在が重要だ。彼女こそ真の英雄であり、決して忘れてはいけない存在だ。ここまで付き合ってくれてありがとう。少々長くなってしまったけど、君の心に、僕たちの物語が少しでも残ってくれたらうれしい。




