第二十二話 最終決戦 その4
「マルクスー! ここで決めるわよ!」
大声で叫ぶ。あたり一体に響き渡るくらいに。
「ああ! 畳みかけるぞ!」
僕もその言葉に答え、剣を握り直す。
魔王討伐、ここに最終局面に。
(俺は……負けるのか……?)
降り注ぐ猛攻の中、バルバロスは思考していた。
片腕を切り落とされ、自分の最強の技を防がれ、挙句腹部に致命傷を負った。
(こんな小僧どもに……おれは……。)
そこに生じた勝機を僕たちは見逃さない。僕は一気に間合いを詰め、連撃を叩き込む。聖剣の斬撃をまともに受ければただでは済まない。それは左腕が物語っている。当然バルバロスは避けるしかないのだが、僕の動きは予知することができないので、目視で捉えて避けるしかない。加えてクロエは絶えず魔術を飛ばしてくる。こちらの攻撃は予知して避けることができるものの、僕の攻撃と絶妙に合わせてくるため、クロエの魔術に集中しすぎると、僕の攻撃を避けきれない。
(また負けるのか……。人間なんかに……。俺は……。)
まさに絶体絶命の状況。着実に、戦況は傾きつつあった。
しかし……。
「否! 断じて! 認めぬ! もう二度と、敗北などあり得ないぃいい!!」
バルバロスはまだ諦めていなかった。バルバロスは攻撃を加えようとする僕の足元に魔力弾を飛ばす。それはもはや魔術とも呼べないただのエネルギーの塊。僕の体制を少し崩す程度の威力しかない。
しかし、それで十分だった。バルバロスは、そこに生じた隙をつき一気に僕から距離を取る。
そして発動する。この戦況をひっくり返す切り札を。
「『魔王特権』、矯正封印を解除! 発動しろ! 究極技法、『狂魔帝王』!」
その宣言と共に、バルバロスの体から禍々しい魔力が溢れ出す。さっきまでのバルバロスとは桁違いの魔力量に、僕らは怯んだ。
「な、なんなの!? こいついったいどこにこんな魔力……!」
大量の魔力の放出と同時に、バルバロスの体が急激に変異していく。
「これだけは……使いたくなかった……。この形態になると、俺でも制御が効かず、本能のままに暴れ回る。そして俺の体力と、魔力が底を尽きるまでその進撃は止まらない。まさに生きる災害と化す……。」
体が先程の数倍の大きさになり、体中の筋肉が膨張していく。頭に生えていた山羊のような角はより大きく、より複雑な形となる。顔の輪郭ももはや人間とは呼べない。下顎から牙が伸び、口が大きく裂ける。
「だが……もう構わない! ここで貴様らを倒せれば! 俺は……。俺はぁあああ!!」
放出された魔力が止まり、体の変異も止まる。現れた姿はこの世のものとは思えないほど恐ろしい姿。他のどんな生物にも例えることのできない。まさに冥府の魔王そのものだった。
「さあ……。かかってこい! 英雄どもぉおお!!」
究極技法、『狂魔帝王』。それは本来持つ魔王の特性を全て解放した技法。
古来より魔王の称号は、この世界のすべての魔族を凌駕し、支配するものに与えられるものだった。その見た目は恐ろしく、醜悪なものになる。
しかし。ある時期より、魔族たちの知能が向上したことでその醜悪さや、理性の効かない体を疎ましいと考えた。
そして、魔王たちは、この力を制御する力を生み出していった。それが『魔王特権』のもう一つの権能。力を抑制すること。この技法により、魔王は美しい体を手に入れることに成功した。
もし、その力を行使すれば、世界を滅ぼす力を手に入れると言われている。
「うぉおおお!!」
僕は、一気にバルバロスとの間合いを詰める。例え姿形が変わろうともやることはひとつだ。ただ攻撃を当て続けるだけ。
筋肉が膨張したことにより、先の負傷による出血は完全に止まっている。しかし、相変わらず、左腕は再生していない。僕の攻撃が有効なのは変わらない。
「ぐがぁああ!!」
バルバロスは雄叫びを上げながら間合いを詰める僕に拳を叩き込もうとする。それを僕は左に避け、剣を振り上げる。
「残った右腕、貰い受ける!」
完全に伸び切った右腕に向かって、剣を振り下ろした。
しかし……。
「はぁ!?」
硬い。刃がまったく通らない。この感覚は、かつて戦ったインフェスティオの鱗に近い……。
(いや……! この硬度はその比じゃない!)
まるで硬い岩盤に剣を突き立てたような。振り下ろした衝撃が自分の腕に返ってくる。
「はっ! 切れるわけがない! 『狂魔帝王』を発動した俺の体は、竜の鱗をも凌駕する! そんな鈍じゃあかすり傷もつけられねぇんだよ!」
バルバロスは右腕を大きく振って、僕の体を弾き返す。体勢の崩れた僕に、追撃の拳が飛んでくる。
「させない!」
クロエがすかさず、僕の前に障壁を展開し拳を防ぐ。
「ちっ! 娘! まずお前からだ!」
バルバロスは素早く反転。標的をクロエに変え、突撃する。
「やれるもんならやってみなさいよ!」
クロエは自分の前に障壁を展開する。これはバルバロスがどんな手段を使っても壊せない。
だからバルバロスは大胆な手段に出る。
バルバロスがクロエの障壁の直前で、床板を踏み締める。その衝撃でクロエの足元板が大きく迫り上がり、クロエを空中に吹き飛ばす。障壁の守備範囲から外れてしまう。
「な!」
あまりの予想外の攻撃にクロエも対応しきれなかった。
バルバロスはその隙を狙っていた。そのままバルバロスは大きく跳躍。障壁を飛び越え、空中にいるクロエの元に到達する。
(あっ。だめだ……。)
クロエはその瞬間死を悟る。バルバロスの無慈悲な拳がクロエの腹部に直撃。口から大量の血を吐き出しながら、そのまま後方に吹っ飛んでいく。
「まず1人……。」
「クロエぇええええ!!!!」
クロエがやられる姿を見て僕は冷静さを失った。彼女を助けるために、バルバロスに向かって突進する。バルバロスもまた、僕の姿を見て突進する。剣と拳、二つの一撃がぶつかり合う。
「しゃらくせえ!」
しかし、バルバロスの拳のあまりの硬さに、僕の一撃はまったく刃が絶たない。押し合いの末、僕の一撃は弾かれる。攻撃が弾かれたことで僕の両腕が上に上がり、全身を晒してしまう。次に来る攻撃をまともに受けることになる。
「終わりだ小僧!」
そう言ったバルバロスは、この戦いを終わらせる最大の攻撃を叩き込む。
拳と蹴り、持てる攻撃手段の全てを使った連撃が俺の全身を襲う。
腹部、手足、頭。体中の全てに攻撃を加える。その一撃一撃が、必殺の拳。僕の体は次第にぐちゃぐちゃになっていく。あまりの猛攻に最早声を上げることすらできない。
「これで! とどめだ!」
バルバロスは最後に、渾身のボディブローを放ち、僕も後方吹き飛ばされる。全身の骨を砕かれ、最早立ち上がることすらできなかった。
「はははは! やったぞ! 俺の勝利だぁあああ!」
バルバロスは、自分を追い詰めた英雄が力無く倒れ、歓喜の雄叫びを上げる。最早この空間に、その声に反応するものはいなかった。
「見たか! 勇者マイ! 貴様の育てた弟子は俺がボロ雑巾にしてやった! お前のやってきたことは全て無駄だったんだよ!」
バルバロスは叫ぶ。この場にいない、口も聞けない死者に対して。
「さぁ! 次は何だ? まだこの体は暴れ足りないぞ! この体の気が済むまで、命を蹂躙し続ける! この国を破壊し尽くす! ああ、目に浮かぶぞ! お前が絶望する様が!」
バルバロスは屋根や、壁が吹き飛び、外を一望できるようになった王宮の外を見ながら叫ぶ。
「やっぱり……そうなんですね……。」
その発言を聞いて、瓦礫の中から僕は立ち上がった。
その姿にバルバロスは驚愕の表情を浮かべる。
「まだ……立ち上がるのか……?」
当然だ。さっきの連撃で僕の体は完全に壊れた。視界がすでに霞んでいるし、手足の感覚も不確かなものになってる。
だが……。正直自分でも不思議なのだが……。こんな状態でも聖剣を握る握力だけは緩んでいない。あいつへの闘志だけはまだ消えてはいない。僕はフラフラと歩みを進める。
「はっ。そんな状況で何が出来る? 全て無駄だということがわかってるだろ? お前は勇者のようにはなれないんだよ!」
「そう……そのセリフ。」
僕はずっと引っかかっていた彼の言動を指摘する。
「はぁ?」
「あなた……それだけの力を手に入れて、奥の手まで出して……。それでもなお、先生の幻影に怯えてるんですね。」
彼の行動は全て先生に起因する。生き残った原動力も、復讐の計画も、戦闘モデルも。全て先生が中心にいる。どれだけ強い力を手に入れても、彼の頭から先生が離れない。
「それほど怖いんですよね? 死んだ人に向かって罵倒するほどに……。」
「黙れ……。」
「何がそんなに怖いんですか? 彼女はもうここにはいませんよ?」
「黙れと言っている……。」
「意思を受け継ぐ僕たちは先生には遠く及ばない……。それはあなたがよく知っているはずなのに……どうしてですか……?」
「黙れぇええええ!!」
プライドを酷くき続けられ、バルバロスは怒りのまま僕に突進する。この戦いを終わらせるために、因縁に決着をつけるために。
しかし……。彼は途中で動きを止めた。
「おい……待て……。」
バルバロスは、僕の姿を見て後退りする。
「何だ……何の冗談だ……。」
その表情には明らかに恐怖の色が見える。
それほど、彼は恐ろしかった。
「どうしました? 僕はもう瀕死ですよ? 早くトドメを刺したらどうですか? それとも……この構えに見覚えが?」
僕は構えを取る。柄を腰のあたりで持ち、刃先を地面と水平にする。左足は前に、右足を後ろに踏み締め、体を斜めに保つ。
バルバロスはこの構えを知っている。忘れるわけがない。これはかつて自分を倒した一撃、万象聖斬の構えなのだから。
「あ……ありえない! お前にその技は使えない! その技は核炎魔術の習得が大前提だ! お前にそんな才能は無い!」
バルバロスは叫ぶ。恐怖を押し殺すために。そんなものはハッタリだと。自分に言い聞かせる。
「……ええ。そうですね……。確かに僕は核炎魔術が使えない。だから先生のようにこの技を放つことができない。」
僕は魔術の才能も無いし、魔術を補助する技法も持っていない。僕ひとりでは、決して使えない技だ。
そう……。僕ひとりでは。
「でも……いるじゃないですか。勇者マイすら凌ぐ、当代最強の魔術師が!」
「"私は……炎……。"」
詠唱が聞こえる。今にも途切れそうな弱々しい声。でも確かに詠唱を唱える者がいる。
「ま、まさか!」
バルバロスは、後ろを振り向く。
「"私は……水……!"」
致命傷を受け、最早体を起こすこともできない。そんな状態で、腕を上げてクロエは詠唱をしていた。
「やめろぉおおお!! その詠唱を唱えるなぁああ!!」
バルバロスは、必死にクロエの元に駆け寄る。彼女の声を完全に消すために。しかし、クロエの障壁がそれを拒む。
「"私は……風!"」
「やめろぉおおおおおお!!!!!」
バルバロスは手当たり次第に攻撃を加える。さっき俺に放った攻撃よりさらに早く、さらに多くの手数の連撃。最早後がない。何が何でも止めなくてはならなかった。
だが、いくら攻撃を叩き込もうと、決して障壁は破れなかった。
「"私は土! 森羅万象、我が手にあり!"」
クロエは右手を前にかざす。僕の持つ聖剣に、魔力が流れ込む。
「あ……あああ……。」
「残念、時間……切れ……ね……。」
その言葉を最後に、クロエは力尽きた。
(ありがとう……クロエ……。)
ここからは僕が引き継ぐ。
「さぁ。覚悟しろ。魔王バルバロス!」
僕はもう一度、剣を握る力を込め直し、足を踏み締める。そして、目標の魔王をもう一度睨みつける。
「いやだ……。」
バルバロスは後退りする。かつて受けた圧倒的な一撃を想像したから。
「"この一太刀を持って、数多の敵を討ち滅ぼさん!"」
「いやだぁああ!!」
バルバロスは羽を大きく広げ、空へ飛び立つ。この場から逃走するために。
だが、もう遅い。
「万象聖斬!」
下から上に、聖剣を思いっきり切り上げる。斬撃は光の束になり前方に放出。背を向け、逃走を図ろうとするバルバロスを容赦なく直撃した。
「ぐぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!! この……俺が……こんなところで……。」
バルバロスの肉体は霧散していき、跡形もなく吹き飛んだ。
魔王討伐、ここに完全決着である。




