第二十一話 最終決戦 その3
「マルクス……。大丈夫。私が絶対守るから。」
その表情に迷いはなく、真っ直ぐと敵を見つめている。
「はっ。重力操作を重ねて、相殺させたか……。娘。今更お前に何ができる?」
2人は対面する。血を分けた親子同士が。
「まさか……。止めようとしてるのではあるまいな?」
「そうね……。たしかに、その魔術はあまりにも強力すぎる。現存する魔術じゃ、防げるものはないわね。」
圧倒的な魔力量。恐らく僕たちが経験した中で最大級の魔術。今の僕たちにはあれを防ぐ手段はない。
「でもね……。無いなら作ればいい。私は、『創造の魔術師 クロエ』! 当代最強の魔術師にして、勇者マイの弟子! その程度の魔術、突破できるに決まってるでしょ!」
クロエは宣言する。正面からあの攻撃を受けきると。
絶望的なこの状況でも、決して怯むことはなかった。
「そうか……。だったら、やってみろ!」
手のひらに貯めた魔力の塊が放たれる。
「死ね! 晦冥光芒!」
黒い魔力の塊が、僕たちの目の前に飛来した。
その瞬間。押し込められた魔力が一気に解放され、僕たちは暗闇に包まれた。
〜幕間〜
「急げ! 出来るだけここから離れるんだ!」
マルクスとクロエが、魔王バルバロスと戦っている中、俺たちは何とか王宮の人々を全員外に出し、王都にいる人々の非難にあたっていた。
「報告します! 東地区の避難が完了したとのこと!」
「報告します! 西地区の人員が不足しているそうです!」
「わかった! 東地区の兵の一部を西地区にまわせ!」
かなり急な出来事ゆえ、王都の人々は怯えているが、国王軍と、一般兵が協力体制を取ってくれたおかげで、ある程度迅速に避難が進行している。
この調子でいけば王都の人々の避難が無事完了する。
そう思ったその時……。
ドーン!
とてつもない爆発音が王都中に響き渡る。爆心地は当然、王宮だった。
「な、何だあれは……。」
俺は、王宮の方角を見た。恐らく王都にいる全ての人が目撃したであろう。
王宮から広がる巨大なドーム状の黒炎が。
炎で包まれているのはちょうど玉座の間のあたり。そのあたり一帯を全て飲み込み、激しく燃え上がっている。王宮からかなり離れていても、熱気が伝わってくる。にもかかわらず、恐怖で鳥肌が立つ。そのこの世のものとは思えない、漆黒の業火は人々全員の心に影を落とした。
「マルクス……。クロエ……。」
俺は、ただただ2人を信じることしかできなかった……。
~幕間~
「はっははは! 素晴らしい!」
黒炎が上がる上空。俺はその破壊力に歓喜していた。
「あらゆるものを飲み込む漆黒の炎! 何人もこの業火を防ぐことはできない!」
俺の笑いを止めなかった。当然だ。圧倒的な自信に一瞬の綻びを生んだやつらを灰燼と化したのだから。
黒炎は次第に収まっていく。圧縮した魔力を全て解放しきれば、次第にその炎は小さくなっていく。
「どれ……黒焦げの死体でも確認するか……。最も、跡形が残っていればの話だがな。」
奴らの死体を見るために俺は、降下した。さっきまで玉座の間であった場所は屋根が吹き飛び、煙が立ち込めている。空からでは確認できない。とはいえ、もはやこの状況での生存は不可能。俺はそう思っていた。
しかし。
「あ?」
刹那。背中から腹部に違和感を感じる。俺は視線をそっと落とした。そこには、腹から突き出た剣先が見えた。
「な、ぐはっあ! な……にが!」
身体中に激痛が走る。たかだか剣が刺さった程度で、もはや痛みを感じることはない。
それが出来るのはこの世界に1人しかいない。
「とったぞ! 魔王バルバロス!」
その背後にはさっき殺したはずの、忌々しい勇者の弟子が剣を突き立てていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(入った! 致命傷だ!)
聖剣を背後から突き立て、僕は確かな手応えを感じていた。さらに僕はダメ押しを加える。
「炎を纏え!」
突き立てた剣に炎を纏わせ、バルバロスの内側から熱する。
「ぐがぁああああ!!」
あまりの激痛にバルバロスは絶叫する。
「このまま、脳天まで切り開く!」
僕は突き立てた剣を上に持ち上げ無理やり切り裂こうとする。
「がぁああ! や、やめろぉおおお!」
バルバロスが苦し紛れに背中に黒炎を纏う。その熱気に僕は剣を引き抜き後ろに引かずにはいられなかった。
(くそ! あと少しだったのに! ……だが。)
僕を引き剥がしたバルバロスはそのまま地面に墜落する。もはやまともに受け身も取れない。
「ぐがぁああ! ま……まずい! 早く回復を……!」
バルバロスは傷口に回復魔術をかける。しかし、聖剣の浄化の力で、傷の治りは極端に遅くなっている。加えて「技法否定」の力で不老不死も発動しない。
「どういうことだ……。なぜあいつが生き残る!?」
バルバロスは苦悶の表情のまま、顔を上げる。黒炎は完全に消え、残った煙も少しずつ晴れてきていた。
「な……何だと……。」
バルバロスは驚愕した。煙の中から出てきたものに。
それは、障壁魔術を展開し、無傷であの攻撃を防いだクロエの姿だった。
「あ……ありえない! あれを防ぐ障壁魔術などこの世界に存在しない!」
「ええ。そうね。だから言ったでしょ? 創ったんだって。」
クロエは、あの攻撃を完全に防ぐ魔術を『魔導王』で作り上げた。これにより僕はあの黒炎の中生き残り、さらに煙の中に潜み、やつの背後をとることに成功できた。
「は……ははは。さすがだなぁ、我が娘よ。だが忘れていないか? どれほど強力な魔術であろうとも、その全てが俺の力になることを!」
バルバロスは、クロエが作った障壁魔術を『魔導王』で模倣しようとする。世界最強の障壁魔術を。
しかし……。
「な、何故だ……。なぜ発動しない!?」
いくら魔力を集中させても、バルバロスは障壁を展開出来ない。
「はぁー。やっぱり、あんたは『魔導王』の力を勘違いしてるみたいね。」
「勘違い……だと?」
「ええ。『魔導王』は無条件で魔術を模倣できるわけじゃない。しっかりとしたルールがある。その1、相手の魔術を見ること。その2その魔術の詠唱を聞くこと。これが条件。」
「あ、当たり前だ……。そのくらい……の……こと……。は!」
バルバロスは何かに気づいたようだ。
「あら? 気づいた?」
「だが……まさかそんな……。」
「そう。私は一度も詠唱をしていない。だからあなたは『魔導王』を発動できないのよ。」
詠唱を必要としない魔術。世界初の無詠唱魔術の誕生である。
〜幕間〜
「はぁ!? 無詠唱魔術!?」
きっかけは、マイとの修業中の時。私が『魔導王』を覚醒させた少し後だった。
「そう。あなたなら出来るかなと思ってね。」
マイはいきなり信じられないようなことを言い出した。
「いやいや! ありえない! そんなこと出来るわけないじゃない!」
無詠唱魔術。それは空想上の力。本来魔獣とは、詠唱を挟むことで発動までに若干のタイムロスが生じる。いかに詠唱を早く終わらせ、魔術を相手より先に放つ。魔術戦において、重要なことのひとつだ。
しかし、無詠唱魔術ならそのタイムロスを全て省き、魔術を放てる。魔術戦においてこれほどのアドバンテージはない。間違いなく最強の魔術だ。
しかし、それは不可能な力だ。
この世界において魔術とは、世界の断りを変えられるほどの力を持ったもの。熟練した魔術は、もはや神のみわざに等しいことができる。だが、どんな魔術師にも絶対に覆せない法則がある。それは、魔術を発動する時必ず詠唱を行わなくてはいけないということだ。
詠唱とはまだ形を持たない魔力の塊に意味を持たせ、形を作るための行程。口に出して唱えることで初めてただのエネルギーの塊だったものが何かしらの効果を発揮する。詠唱は魔術を発動するうえで絶対に必要な行為だ。
だから無詠唱魔術などというのは御伽話の中でしか出てこないもの。それは、筆を持たずに、キャンバスに絵を描けと言っているようなものだ。
「ええ。そうね。確かに無詠唱魔術は誰もできない御伽話の産物。私だって無理。でも、あなたなら出来るでしょ? その力を使えば。」
『魔導王』。この世に存在しない、空想の魔術を作り出す技法。あらゆる不可能を可能に出来る力。
でも……。
「……無理よ。私の『魔導王』はそこまで万能じゃない……。」
そう。一見何でも出来と思えるこの力はにも限界がある。それは、術者ができると想像できるものしか、具現化されないことだ。
「私には……無詠唱魔術なんて御伽話を実現できるビジョンが思い浮かばない……。」
私には不可能。その思いが私を俯かせる。
でも、マイはそんなあたしの頬を両手で掴み、ぐいっと上に上げる。
「は、はにふふの!(なにするの!)」
頬を抑えられて上手く喋れなかった。
「まったく。うちの弟子たちはどうしてこうネガティブなのかしら。」
マイは私の頬から手を離す。
「いい。あなたの才能は私なんかよりはるかに上。あなたには不可能なんてないの。あなたが願えば何でもできる。唯一足りないのは、あなた自身を信じること。」
「私を……信じる……。」
「そう! 信じなさい。あなたは当代一の魔術師。クロエ・ロジーナでしょ!」
マイはそう簡単に言った。でも実際はそんな簡単な話じゃなかった。何度も何度も試行錯誤を繰り返して、何度も何度も何度も失敗した。正直途中で諦めかけた。こんなことやるだけ無駄だって。
でも……。諦めるたびにマイの言葉が頭に浮かぶ。
自分を信じる。そんなことはあの村から追い出された時に捨ててしまった。
でも、こんな私でも信じてくれる人がいる。守りたいと、そばで支えたいと思える人がいる。だったら、マイが、ハンス様が、……マルクスが。信じてくれた私を私は信じる。私が最強であると、ここに証明する!
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「名もなき魔術。私はそう呼んでる。ああ。この名前に魔術的意味はないから、覚えても意味ないわよー。」
クロエは障壁越しに、バルバロスを煽る。
「くそが……。無詠唱魔術だと!? ありえない……!」
「はっ! どうしたの? さっきまで散々イキってじゃない? 魔術戦で勝ち目はない、だっけ? 今この状況で、もう一度行ってみなさいよ!」
クロエは、今までの憂さ晴らしをするかのように、瀕死のバルバロスを罵倒し続ける。完全に形勢は逆転していた。
だが、クロエの内心はそこまで余裕ではなかった。
(あーぶな! 何とか防ぎ切ったー! 初お披露目があんな極大魔術とかきいてないんだけど!?)
クロエは緊張で今にも膝が笑いそうなところを必死で耐えていた。さらに……。
(しかもちょっと油断したら意識が飛びそう……。ただでさえ無詠唱魔術は、魔力を大幅に使うのに……。これだけの強度を維持するのは相当ね……。)
『魔導王』には、魔力の無限回復効果がある。しかし、その回復すら追いつかないほどの消費量。
(もっと効率化出来れば、楽に使えたんでしょうけど。今はこれが精一杯だし、無詠唱で使えるのは障壁魔術しかない……。)
この魔術はまだ発展途上の未完成な力だった。
(でも、今はこれでいい……。あいつに勝てるなら……どれだけ不格好でも……。)
クロエは大きく息を吸い込む。
「マルクスー! ここで決めるわよ!」
大声で叫ぶ。あたり一体に響き渡るくらいに。
「ああ! 畳みかけるぞ!」
僕もその言葉に答え、剣を握り直す。
魔王討伐、ここに、最終局面に突入する。




