第二十話 最終決戦 その2
〜幕間〜
「バルバロスゥウ!!」
私は必死に奴に魔術を放ち続けた。奴には当たることはない。当たったとしても殺すことはできない。
それでも……。例え無駄だとわかっていても諦めるわけにはいかない。
そうでなくっちゃマイに顔向けできない!
「これだけの量と質の魔術を連発し、まだ魔力が尽きぬとは……。さすが、俺の娘と言ったところかな?」
「え?」
私は攻撃をやめてしまった。まさかこいつからそんな言葉が出るとは思わなかったから……。
「い……いつから……。」
「最初は気づかなかった。娘の顔なぞ一度も見たことなかったからな。だが、この実力と、私と似た魔力の感覚。それで気づいた。」
こいつは……初めて会った娘に対して掛ける言葉がそれなのか?
「じゃあ、あんたに聞きたい。あんたにとって私って何? 私の母は何?」
聞いてしまった。聞かずにはいられなかった……。
「ふん……。そうだな……。お前の母は、俺の生涯で最も愛した女だった……。」
え? まさか……そんな……。
「とでも言えば満足かぁ? 」
バルバロスは、そう言って私にいやらしい笑みを向ける。
「だが残念。貴様の母の顔なぞ覚えていないし、そもそも人間の奴隷なぞ腐るほど抱いている。お前の母はその中の孕み袋の1人に過ぎず、お前の存在もそこから生まれた家畜に過ぎない。」
ああ。これがこいつの本心だ……。こいつは性根が腐っている。答えなんて分かっていた。そもそも、大事にしている妻と娘を放置するわけがない。
分かっていた……。なのに……。
私の中から、どうしようもない怒りと悲しみが込み上げてくる。
「バルバロスゥウウウ!」
私は目に涙を浮かべながら叫ぶ。こんな奴に心が乱されてると考えると、悔しくて、余計に涙が込み上げてくる。
私の今抱えている怒り。その全てを次の一撃に注ぎ込んだ。
「死ね! 氷河……!」
「氷河圧砕。」
だが、あまりに信じられないことが起きる。
私が放とうとした魔術、この戦いで初めて使う魔術なのに、バルバロスは私より先に魔術を詠唱した。
巨大な氷塊の一撃。それはかつて炎帝に最初のダメージを与えた魔術だ。
「うぁああ!」
あまりの予想外の攻撃に、私はまともに喰らってしまった。全身が凍りつく感覚と、有り余る質量による衝撃。想像を絶する痛みだ。
「ぐぁああ……!」
私はなんとか、凍えた体を起こしながら、回復魔術で体のダメージを癒す。そして、思考する。何が起きたのかを。
(どういうこと!? 確かにあいつは『魔導王』で魔術の模倣ができるけど、あの魔術はあいつの前で初めて使う魔術よ。一体どうやって……。)
「どうした? でかい声を出した割には……たいしたことないなぁ。」
バルバロスが私を挑発する。そのニタニタとした笑い方、心底腹が立つ。
「まあ、このままではあまりに不公平すぎる。特別に種明かしをしてやろう。今俺が行ったことはひどく単純だ。お前の魔術を予知して、模倣した。ただそれだけだ。」
予知して、模倣? それってつまり……!
「流石に察したか? その通り。これは『魔導王』と、『未来視』を組み合わせた技。お前がどれだけ、俺が見たことのない魔術を生み出そうとも、それを予知し、それ以上の質力で模倣し放つ。わかるか? 魔術戦で、お前に勝ち目はない!」
そんな無茶苦茶な……。あまりに無法すぎる。
「くっ! 幻想……!」
「幻想召喚。」
私の次の動きを予知し、バルバロスは私より早く、魔術を出す。
幻想召喚は、自分の想像の召喚獣を呼び出せる。奴が召喚したのは、漆黒の鱗を持つ、巨大な龍だった。
「デザインについては俺の趣向に合わんのでな、変更させてもらったぞ。」
「くっ。幻想召喚!」
諦めるわけには行かない。私も負けじと、キューちゃんを召喚する。
「あいつを倒して! キューちゃん!」
いつものように、キューちゃんは黒龍に向かって拳を叩き込む。 しかし、黒龍は微動だにしない。力に差がありすぎる。
「はぁー。つまらぬな。食いちぎれ。」
バルバロスがそう命じると、黒龍がキューちゃんの頭に食らいつき、そのまま頭を引きちぎった。許容値以上のダメージを受けて、キューちゃんの姿はみるみるうちに崩れ去っていく。
「ああ……。」
勝てない……。あまりに、力の差がありすぎる。その事実に、私は膝をついてしまった……。
「終わりか……。もう少し楽しめると思ったが……。所詮人間の血が入った雑種と言うわけか……。黒龍よ。踏み潰せ。」
黒龍が、ゆっくりと前足を上げる。私を潰すために。戦意を折られた私は避けることができず、ただただ見つめることしかできなかった。
(ここまでなのかしら……。)
私は目を閉じ、最後の時を待った。
でも……。
「諦めないでください!」
その言葉が聞こえて、私はそっと目を開けた。そこには、黒龍の首を両断する、マルクスの姿があった。
「インフェスティオに比べれば、たいしたことはありませんね。」
マルクスは剣を振りながら、そう言った。
その手には、かつてマイが握っていた聖剣が握られていた。
「大丈夫ですか? クロエ?」
「マルクス……ごめん……私……。」
私は心が折れてしまった……。最後まで一緒に戦うと言ったのに……。
「はっ。忌々しい聖剣を持ち出してきたか……。だが、それがどうした? そんな剣一本では、俺は倒せんぞ。」
どれだけ攻撃しても、突破口が見つからない……。こんなの……勝てるわけがない……。
しかし、マルクスは諦めていなかった。
「いいえ。あります。やつを倒す方法が……!」
マルクスはそう言い放った。彼の目はまだ諦めてはいなかった。
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「はぁ? この俺を倒す? どうやって。」
奴は無敵だ。全ての魔術を支配する『魔導王』、あらゆる攻撃を予知する『未来視』、そして、決して死なない『不老不死』。そのどれもがやつを無敵たらしめる最強の技法だ。
「だが、その全てが技法に頼った力だ。」
「……その通りだ。技法は当人を表す、最もわかりやすい力。この世界で最も優先される力だ。その有利不利は覆らない。ああ、すまない。技法を持たない、劣等のお前には関係のない話だったな。」
魔王の言い分はムカつくが正しい。技法はこの世界で最も優先される力だ。強力な技法を持つものがこの世界で頂点に立つ。
だが、その技法が無くなれば、どうなるか。
「ふぅー。」
僕は胸に手を当てながら大きく深呼吸する。そして、自分の中に眠る力をもう一度確かめる。
技法が使えない体。この体質に僕はどれだけ苦しめられてきたか……。この体を何度呪い続けたかわからない。
だけど、僕は変わった。技法が無くても頼ってくれる人々、信じてくれる人々、……そして守りたいと思える人ができた。もう僕は、ただ1人悲しみ続けたあの頃とは違う。
呪い続けたかこの体に、僕はもう一度向き合う。
「僕に力を……。『技法否定』。」
僕は呟く。かつてハンス様が教えてくれた名前を。僕の中に眠る、技法の名前を。
「『技法否定』? 知らんな。そんな技法で一体何ができるんだ?」
バルバロスは依然として余裕の態度を崩さない。
「さぁ……。これから嫌でもわかりますよ……。」
僕は聖剣を握り直し、悠々と歩みを進める。
(なんだ? ただ歩いているだけか? それとも何かの作戦か? まあ、どちらでも構わん。例えお前が何を考えようと、俺の『未来視』が全て……。は?)
バルバロスは途中で思考を止めた。妙なことが起きたからだ。あらゆる攻撃を予知できる『未来視』。にもかかわらず、次の僕の攻撃の映像が見えない。
バルバロスは何が起こっているのか分からず、完全に動きが止まった。
「どうしました? 早く避けないと……。」
僕は彼の様子を見て、一気に距離を詰めその懐に入る。
「その腕、もらいますよ。」
僕は、無防備だった彼の左腕を切断。左腕は二の腕あたりから綺麗に無くなった。
「うがぁああ!」
あまりの痛みに、思考が停止していたバルバロスも正気に戻り、後ろに飛び退く。
「なんだぁああ!? 何がどうなってる!?」
状況を理解できないバルバロスは、混乱と痛みの中絶叫する。
「ありえない! 何で『未来視』が発動しない? しかもこの痛み……。傷が一向に再生しない……。これは……まさか!」
さっきまで、切断されようと、爆破されようとその傷は瞬時に回復していたはずなのに……何故か発動しない。
「当然です。それが……、それこそが僕の技法の能力ですから。」
僕の中に眠る技法、その名前は『技法否定』。あらゆる技法を無効化できる力。これのせいで僕は一生技法の持てない体になった。でもそれは、この力が使いこなせれば、相手の技法も打ち消せるということ。
僕は今までこの力から目を逸らし続けた。でも、もう逃げない。もう迷わない。
僕は、僕の中のすべての力を持って、魔王を倒す。
「あなたの無敵の力、その全てが僕は否定します。あなたは僕の攻撃を予測できませんし、その不死性も無意味です。」
無敵の力を手に入れた魔王。その命についに指がかかる。
「マルクス……。」
クロエが僕を見つめる。その瞳にはさっきまでと違い希望が見える。
「さあ! 打ち勝ちましょう! クロエ!」
僕はもう一度魔王に対峙する。
「ああああ! 調子に乗るなよ! ガキどもぉおお!」
魔王は、手を前にかざし、魔術を発動する。
「重力超過!」
それは先程クロエから食らった重力操作の魔術。『魔導王』の力で模倣したものだ。
しかし……。
「うぐぅああ……!」
その重さは僕が以前食らったものとは桁違いだ。あまりの重さに、僕は地面に倒れ込み、立ち上がることができない。まるで地面に、磔にされているような。身体がびくともしない。
「はははは! 技法なんざ使わなくても! お前程度余裕で殺せるんだよ!」
そうだ、こいつの無敵さは技法だけじゃない。その桁違いの魔力量も脅威だ。
「そして! この一撃を持って全てを終わらせる!」
バルバロスは空中に飛び、腕を大きく広げ、頭上を見上げる。
「見せてやる……。かつて勇者が放った最強の一撃。それ以上の火力を!」
バルバロスの頭上、魔力が集まっていく。『魔導王』によって手に入れたあらゆる属性を操る力、その全ての属性を一点に集める。それはまるで、かつて先生が見せてくれた、鬼熊に放った一撃のような……。
「太陽に影が落ち、世界は再び暗闇に包まれる!」
いや違う。
集まった魔力が漆黒に染まっていく。その姿はあまりに禍々しく、あまりに邪悪なエネルギー。ここからでも身震いするほどの恐ろしい力……。
「暗影を統べる、我が名のもとに。この絶望を解き放つ!」
頭上に集まった魔力を手のひらに集約する。その魔力は無理やり小さくしているため、今にも炸裂しそうだ。まるで心臓の鼓動のように、ドクドクと脈打っている。
もしあの圧縮された魔力が一気に解き放たれたら、全てを破壊し、死滅させる力に変わる。
「覚悟はいいか? 小僧!」
まずい。何とか回避しなくては。しかし、重力があまりに重く、身動きが取れない。このままではあの一撃をまともに食らってしまう。
どうやっても避けられない。ここまでなのかと、諦めかけた……。
その時。
「重力超過。」
僕の体が、急に軽くなった。僕が顔を上げると、僕とバルバロスの間を割って入るように誰かが立っていた。
「ごめん。心配かけたね、マルクス。」
クロエが、魔王バルバロスの前に立ち塞がっていた。
「マルクス……。大丈夫。私が絶対守るから。」
その表情に迷いはなく、真っ直ぐと敵を見つめている。




