第十九話 最終決戦 その1
「ま、魔王バルバロス……!」
魔王が、直々に、王宮に乗り込んできた。
「やあ。諸君。この魔王バルバロスがわざわざ王都まで来てやったぞ。」
最悪だ。まさか、王宮にまでやってくるなんて……。
「ま、魔王よ!」
さっきまで白目を剥いて気絶していたマルコ陛下が目を覚まし、魔王の前に跪く。
「どうかお助けください! ご言い付け通り2人を王宮に留めておきました。私はあなた様に忠誠を誓っております。だからどうか!」
「兄上……あなたと言う人は……。」
もはや救いようがない。わざわざ魔王を自分の国に迎えるとは。どれほど愚かなのだろう。
「マルコよ……。貴様は俺に忠誠を誓うと言ったな?」
「はい! 私の忠誠はあなた様のものです!」
「そうか。では聞かせてくれ。お前はその忠誠に見合う働きを1つでもしたか?」
「へ?」
バルバロスは跪くマルコ陛下を見つめながら言う。その目はとても自分の部下に向けるような目ではなかった。軽蔑し、蔑んだ、冷たい視線だ。
「なあ? マルコよ。俺はお前に様々な任務を与えたな? その1つでも、まともな成果を上げたか?」
「そ……それは……。」
「俺は、俺の願いを遂行できない部下が嫌いだ。それでもお前を手元に置いてやったのは、その地位を利用できるからだ。」
勇者が属する国の第一王子。その権力は絶大で、利用するのに最適な人材だ。
だが、マルコ陛下はたった今その地位すら追われた。
「貴様にはその価値すら無くなった。だと言うのに、助けてくれだと? 図々しいにも程がある。」
「い、いや……。僕はまだ……。」
「黙れ。最早お前に助ける理由は無い。と言うわけで、貸したその力、返してもらおう。」
そう言いながら、バルバロスひ手のひらを前にかざす。
すると、マルコ陛下の体から魔力が流れ出し、バルバロスに集まっていく。
「あああ! やめてください! その力が無ければ僕はぁあああ!」
「元々貴様の力では無いだろう。わざわざ『心奥隠蔽』を貸してやったと言うのに。力を分け与えてもまともに仕事もこなせない愚か者め。」
貸した力を完全に吸い取られたマルコ陛下は力無くその場に倒れ込む。その顔に正気はなく。老人のような顔立ちとなってしまった。
「たしかに返してもらった。そして、ゴミは早めに処理するに限る。」
再び魔王が手のひらを前にかざす。今度は力を吸収するのではなく、魔力を放出するために。
「死ね。爆ぜよ。」
無慈悲な攻撃がマルコ陛下に向かって放たれる。
誰もマルコ陛下を助けるものはいない。この末路は彼の自業自得。そうでなくても、魔王の一撃を止めようと思う勇気ある猛者はいない。
そう。たった1人を除いて……。
「溶岩防壁!」
ハンス様が、間に入り剣を地面に突き立てる。すると、前方に岩石の壁が展開。バルバロスの攻撃を間一髪で防いだ。
「ほう。なかなかやる。」
予想外の乱入者に、バルバロスは驚く。
「貴様は何者だ?」
「グローリア王国第二王子、ハンス・エルメイアだ。」
「なるほど。どうやら兄より優秀そうだ。」
ハンス様をまるで品定めするかのように見つめる。
「どうだ? 兄に代わって、貴様が我が部下になると言うのは。そうすれば属国としてこの国を見逃してやってもいいぞ。」
バルバロスは提案する。グローリア王国が助かる方法を。
しかし。
「断る。俺はすでにこの国の王だ。民を守る義務がある。己の身可愛さに、お前のような危険な魔王と俺は手を組むわけには行かない。」
ハンス様は正面から、堂々と否定した。その姿には、一国を統べる王の風格が備わっていた。
「……そうか。兄より賢いと思ったが、どうやら兄以上の愚か者らしい。お前は、この戦力差を前にして勝てると思っているのか?」
バルバロスは体から大量の魔力を放出する。その圧倒的な覇気に周りの兵士は立つことすらできない。
しかし、ハンス様はその覇気を受けてなお、堂々と立っている。そしてバルバロスに向かって言い放つ。
「ああ。勝てると思ってるさ。ただし、戦うのは俺ではないがね。」
瞬間。バルバロスは背後に凄まじい殺気を感じ取った。
当然だ。そこには今まさに、僕が剣を振り翳そうとしているのだから。
「ちっ!」
バルバロスは咄嗟に両手で防御する。魔力で強化されているのか、僕の剣は腕を切断することなく止められた。
しかし。
「はぁあああ!」
僕は防御した腕ごと、剣を無理やり振り抜き、バルバロスの体を吹き飛ばした。
予想外の腕力にバルバロスは踏ん張りきれず、後方に吹き飛ばされる。
そこに。
「核炎爆撃!」
クロエが追撃の攻撃を加える。魔王の体は爆炎に飲み込まれる。
「私たちがあんたの相手よ!」
「あの時の続きをしましょう。魔王バルバロス!」
僕たちは宣言する。
ここに魔王討伐、最後の戦いの幕が開ける。
「「「うぉおおお!」」」
王国の兵士たちから歓声が上がる。あれだけ圧倒的な力を見せた魔王を吹き飛ばしたのだから。
「流石だな! お前たち!」
ハンス様も賞賛の声を上げる。
しかし。
「いいえ。戦いは始まったばかりです。」
爆炎の中、バルバロスから悠々と姿を現す。無傷の状態で。
「まじかよ……。マイの力を取り込んだってのは本当なのか……。」
「ここに居ては危険です。兵士たちを集めて王宮にいる人の避難、できれば王都全員の避難をお願いします!」
相手は魔王。その被害は想像できない。できるだけ多くの人をここから遠ざけたい。
「おい。俺がそれを許すと思ってるのか?」
以前より傷の再生が早い。すでに先生の力を使いこなしている。
「ここにいる全員逃すわけ……。」
魔王は最後まで言うことができなかった。
突然、自分の体が急激に重くなったからだ。
「うぐっ! これは……!」
「重力超過!」
クロエが重力操作魔術を放つ。あまりの重さにバルバロスは膝をつく。
「さあ! 今のうちに!」
「ああ。頼んだぞ! 全員撤退! 城に残ったものを連れてここから脱出しろ!」
ハンス様が迅速な指示を飛ばし、兵士たちはすぐに行動する。
なんとか……彼らが逃げるまでの時間を稼がないと……。
〜幕間〜
魔王の力。改めて目の当たりにすると腰が抜けそうになる。跪いて許しを乞いたくなる。この力に屈した、兄上の気持ちが今ならわかる気がする。
だが、俺が膝をつくわけにはいかない。王国のみんなのため、まだ諦めず立ち向かおうとする2人のために、そしてその命を持って2人を助けた彼女のために。俺は、俺のできることをやらなくては!
「ハンス様!」
レイブンが最後まで残っている俺の元に走ってきた。
「早くお逃げください! 巻き込まれますよ!」
「ああわかってる。だが、あの人を見捨ててはいけない。」
俺は最早虫の息となった兄上の元に行く。
「そのようなものに構ってる暇はありません! この末路はこの男の自業自得です!」
「わかってる。だが、それでもこの人はこの国の国民の1人だ。王として見捨てるわけにはいかない。」
なにより、もうたった1人しかいない俺の肉親だ。俺には置いていくことができなかった。俺は兄の肩を担ぎ立ち上がった。
「まったく。あなたと言う人は……。」
レイブンも文句を言いながら一緒に担いでくれた。
本当にいい部下を持ったな俺は。
「あ! そうだ。すまん! 兄上を担いで先に行っててくれ!」
「はぁ!? ちょっと! この期に及んで何する気ですか!」
俺は兄上をレイブンに預けあれを取りに行った。かつて勇者マイを召喚した時、旅立つ時に渡された。あの剣を。
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「小賢しい!」
バルバロスは魔力を一気に放出し、重力魔術を相殺する。
「ちっ! だったら……! 氷結刺殺!」
無数の氷の槍がバルバロスを襲う。
だが、その攻撃を全てバルバロスは見切る。
「まだ理解していないのか? 俺には『未来視』がある。これがある限りお前たちの攻撃は当たらない!」
未来予測からの攻撃の回避。どれだけの物量で押しても攻撃は当たらない。
「……知ってるわよ。」
それでも、手段が無い訳ではない。それを教えてくれたのは、他ならぬバルバロス自身だ。
「予知の隙をつく、でしたよね?」
クロエが攻撃を放った対角線。すでに俺はそこに回り込み攻撃を加えようとしていた。バルバロスが『未来視』を発動した直後、予知の少し先を狙って攻撃を加える。『未来視』が持つ、能力の死角を突いた攻撃。
恐らくこれが当たろうとも、『不老不死』ですぐに再生される。それでも僕たちは攻撃し続ける。突破口が見つかるまで。
僕は渾身の一撃を無防備なバルバロスの首目掛けて放つ。
だが……。
「くだらない……。」
その行為は無惨に散った。
僕の完璧な隙をついた一撃を、バルバロスはキャッチした。
「な!」
刀身を握り、剣を完全に受け止めた。完璧な死角、完璧なタイミングの攻撃だったはずなのに。
「お前たちのようなガキにはわかるまい。勇者に倒された後、俺がどれだけの屈辱を味わい、どれだけ奴を殺すことを考え続けたか!」
バルバロスは剣を握る力を強めていく。その力は柄を握っている僕にも伝わってくる。
「あいつを倒すにはどうすればいいか、常に考え続けた。そしてついに見つけたこの力の弱点を、俺が考慮しないと本気で思ったか? この程度で、俺に傷がつけられると本気で思ったか!?」
バルバロスの力が最高潮に達する。ついに剣はその力に耐えきれず、刀身が砕け散った。
「ああ……!」
唯一の武器である剣を握りつぶされ、僕は動揺した。
その隙を見逃す魔王ではなかった。
「死ね!」
バルバロスはすかさず、僕の腹に蹴りを加える。防御が遅れてまともに喰らってしまい、僕は大きく吹き飛ばされる。
「マルクス!」
「予知の隙をついた死角からの攻撃。これが無敵の『未来視』を突破する唯一の策だが、逆に言えば予知の隙をついて、死角から攻撃すると敵に教えているのと同じだ。事前にその弱点を知っていれば、防ぐことは十分可能だ。」
浅はかだった。魔王が自分で言った弱点を対策していないと、思い込んでいた……。
「バルバロスぅうう!」
クロエが魔術を放つ。なんとか僕から注意を逸らそうとしている。
やつの蹴りは殺すためではなく、僕を痛ぶるために放った攻撃だっため、そこまでのダメージではない。
だが……、剣を折られた。剣士にとって剣を折られることは敗北に等しい。クロエが戦っているのに僕は立ち上がれない。もう一度戦うと誓った僕の闘志が、崩れかけていた……。
「マルクスー!」
だが、そこに誰かが僕の名前を呼んだ。クロエではない。振り返るとそこには……。
「ハンス様!?」
ハンス様が、まだそこにいた。もう周りに兵士はおらず、彼1人しかいない。
「まだ諦めるな! 剣ならある! とっておきのが!」
そう言って彼は持っていた、鞘に収まっている剣を僕の方に向かって投げた。
僕はそれを掴む。その剣は……。
「『聖剣 アスカロン』……。」
かつて、先生が旅立ちの日に渡された、グローリア王国に伝わる伝説の剣。その斬撃は闇を切り裂き、魔を打ち滅ぼすと言う。
「それはお前がマイから託されたんだろ? だったらお前が使うべきだ!」
ハンス様は大きく息を吸う。そして、高らかと宣言する。
「さあ英雄マルクスよ! その力を王国のために使い、見事魔王を打ち果たしてみせよ!」
その言葉はかつてカイン国王が先生に言った言葉。先生の魔王討伐の始まりを宣言する言葉だ。
「……! はい!」
もう二度と膝はつかない。二度と闘志を絶やさない。先生から、ハンス様から受け継いだこの聖剣を持って魔王を討ち果たす!
僕は聖剣を引き抜く。その刀身は、かつて先生が見せてくれた物と同じように、まばゆい光を放っていた。




