第十八話 王の素質
「すでにこの王宮全員があなたの犯行を知っている。魔王と協力していることも、自分の王位欲しさに市民を売ったことも、父上を殺したことも、勇者を……マイを殺すことに助力したことも!」
ハンス様は言い放つ。自分の兄が何をしてきたのかを。
今ここに、血塗られた手で王位を簒奪した王子の逆転劇が始まる。
「……お前が……。」
マルコ陛下は体を小刻みに震えさせながら何かを呟いている。
「……ひとつ、聞かせてください。何故こんなことをしたんですか? 何もしなくても、父が王位を退けば自動的に兄上が王になれたのに……。何故なのですか。」
ハンス様は神眼を使えは簡単に本心を見ることができる。でも、ハンス様は敢えて問いた。自分の兄の本心を、兄の口から聞きたかったから。
「お前が……。」
ハンス様の問いに答えるようにマルコ陛下の声が次第に大きくなる。
「お前が……! お前がずっと憎かったんだ!」
吐き捨てた。それはとても実の弟に向ける言葉とは思えなかった。
「そのままでいれば王位を継げた? 笑わせるな! 優秀な人材を集め、王国のあらごとを解決する。その手腕、その人望。次第に家臣の中にも囁く者たちが現れ始めた。次の王は弟に継がせるべきと……。弟の方が優秀だと……。挙げ句の果てには父上まで弟に目をかけ始めた……。冗談じゃない! 僕は! カイン・エルメイアの長男、マルコ・エルメイアだ! 僕のプライドにかけて、弟に王位を奪われるなど……そんなことはあってはならない!」
あまりに身勝手な主張。マルコ陛下はこの場で全てぶちまけた。
「それが……あなたの本心なのですね……。」
ハンス様はマルコ陛下の話を聞いて静かに俯いている。
「ハンス。お前なんかに僕の計画を邪魔させはしない……。」
ハンス様は腰に差した『聖剣 アスカロン』を引き抜く。先生が引き抜いた時、その刀身はまばゆい輝きを放っていた。しかし、今はその輝きが酷くくすんでいた。
聖剣は所有者を選ぶ。血に汚れたマルコ陛下には相応しくなかったのだろう……。
「ここで……殺してやるぅううう!」
マルコ陛下が、剣を大きく振り上げハンス様に突撃する。
「ハンス様!」
王国の兵士や、レイブン様がハンス様を守ろうと動いた。
しかし。
「もういい。」
マルコ陛下が剣を振り下ろすより早く、レイブン様たちがハンス様を庇うより早く。
ハンス様は剣を抜き、マルコ陛下の右腕に斬撃を放った。
「え?」
一瞬何が起こったのか理解できなかったマルコ陛下は、自分の腕を見た。先程まであった右腕、それが無くなっていることに。
「う、うわぁあああ! 痛い! 痛い! 熱いぃいい!」
マルコ陛下は必死に右腕を抑えのたうち回る。右腕は二の腕のあたりから切断されていた。そんなことをすれば傷口から大量出血を起こす。
しかし、傷口から一滴も血が出ていない。傷口の打面が黒く焼けこげている。
「切断と同時に燃やしました。出血で死ぬことはありませんのでご安心ください。」
酷く暗い声。普段明るいハンス様からは想像もできないような無慈悲で、冷徹な声だった。
「その聖剣はあなたには相応しくないですからね。処刑には邪魔です。」
処刑。その言葉を聞き、マルコ陛下はすくみ上がる。
「しょ、処刑? ま、待て! ハ、ハンス? 実の兄を手にかけようと言うのか?」
マルコ陛下は右腕を抑えながら後退りする。
「ええ。あなたはもう王ではないので、必然的に私が次の王になる。王として国を脅かす存在は、断罪しなくては。」
ハンス様が剣を振り上げる。狙うは首。一太刀で終わらせる。
「残念です……。兄上……。」
僕はその姿にとても危機感を感じた。もしここでハンス様が自分の兄を手に掛けたら、何かが変わってしまう気がする。あの優しく、みんなを引っ張ってくれるハンス様がいなくなってしまう気がする。
そう考えたのは、僕だけではなかった。
「ハンス様! お止めください! 斬首なら私がやります!」
しかし、レイブンさんの静止も虚しく、ハンス様は止めようとしない。
「さよなら……兄上。」
そして無慈悲な剣が、マルコ陛下の首に振り下ろされた……。
〜幕間〜
俺は、今から兄を殺す。この男は自分の国を売った。自分の地位を守るために。その後どうなるかも考えもせずに。
こいつは殺さなくてはならない。例え実の兄だとしても……。例え兄を殺して、俺の中で何かが壊れようとも……。
これはけじめだ。今まで逃げ続けた王位。この国を背負う覚悟ができなかった俺への。
こうするしかない。これが正しい。そう思い俺は剣を振り下ろそうとする。
「ああ。どうしてだろう。こんな時に思い出すのが、君のことなんてね。」
あれは18年前か。当時の俺は18歳だった。その頃の俺は必死に愚かな自分を作り上げ、周りの目をごまかしながら過ごしていた。おれの神眼は生まれ持ったものではなく、10歳の時食事に毒を盛られ、死にかけた時に覚醒した。否が応にも見える人の心の中。そのどろどろとした思惑に疲れた俺は愚か者を演じる事で周りからの興味を無くさせた。兄に比べ弟は出来が悪い。こんなのに構っていても、なんの旨味もないと。
そんな俺に父は。
「お前は兄に比べ、優れている点が何1つない。お前が王族としてできることは、有力な貴族に婿入りし、血の繋がりを深めることだけだ。」
そう言った。俺にとっては願ったり叶ったりだ。どこかの貴族の令嬢に嫁いで、権力争いに巻き込まれず、暗殺に怯えることもない。それが俺の幸せな未来だ。
そんな時、父上が目をつけたのは勇者マイだった。彼女をなんとしても王家に取り入れてたい。とはいえ、得体の知れない異世界人に大事な長男をやるのは嫌なので、どうでもいい俺が選ばれた。
あの日は魔王を討伐したマイを讃えるパーティーが行われていた。そこで父は勇者の心を射止めろと俺に命じた。
正直気乗りしなかったが、父の命令に逆らえる訳もなく彼女に言い寄ることとなった。
パーティーの最中、彼女は会場にはいなかった。
どこに行ったのかと探していると、バルコニーで、1人夜空を見上げていた。
「はぁー。貴族連中との会話クソだる。」
大きなため息をつきながら手すりに寄りかかっていた。黒いドレスを見に纏い、翠緑の髪を綺麗に纏めている。その姿は大貴族の令嬢と遜色ないのに。言動と態度でその風格が一気に損なわれてる。
正直話しかけたくなかったが、俺は意を決して彼女に話しかけた。
「こんばんわ。勇者マイ。こんなところにお一人とは。どうですか? もしよければ、私とご一緒していただけませんか?」
いつも通り。取り繕った言動で相手に媚を売る。
いつも通り。簡単な作業のはずだった。
しかし……。
「キモ。」
彼女から帰ってきた言葉がこれだった……。
「え?」
キモ? 誰が? 俺が? 俺の人生至上、女性から一度も言われた事のない言葉で、俺は酷く混乱した。
「キ、キ、キ、キモい!? 具体的に?! どこがですかぁぁあ!??」
あまりの状況にまともに喋れていなかった。
そんな俺に彼女はこう切り返した。
「全部よ。」
キッパリと彼女は言い切った。
「ぜ、全部?」
「そう。その張り付いたような笑顔も、取り繕った言葉も、着飾った態度も。全てが気色悪いわ。何1つ、本心が無いじゃない。」
彼女は全て見透かしていた。俺の全てが演技だと言うことに。
正直腹が立った。お前に何がわかるんだと。好きでこんなことやってるんじゃないと。そう思った。
ただ、それ以上に、俺は嬉しくなった。
初めて、俺の外見ではなく、内面を見ようとしてくれたのだから。
「はっはは。そうですが……。わかりました。じゃあ演技はやめて本心で話します。ですので隣、よろしいですか?」
「……好きにしなさいよ。」
そう言って僕は、彼女の隣の手すりに寄りかかった。
「どうしてこんなところに? これはあなたのためのパーティーなのに。」
「……疲れるのよ。貴族連中の相手するのは。あいつら私を味方に引き入れるのに必死で、歯の浮くようなセリフしか言わない。そんな奴らと会話なんかしたくないわ。」
はっきりと、彼女はそう言った。普通有力貴族との交流は喜ぶものなのに。彼女には地位も、富も、興味がないのだろう。
「そうですが……。実は俺もなんです。俺の周りには多くの人々が集まってくる。でもその多くが、俺を貶めようと考えるものか、俺に取り入って甘い汁を吸いたいと思うものばかり。そんな奴らとの会話は心底うんざりする。」
損得勘定抜きにした関係を築きたい。でもそれを望むには僕の周りには陰謀が渦巻き過ぎている。
「加えて。この目です。」
僕は自分の両目を指差す。
「僕の究極技法の『神眼』は、見た相手の全ての情報を見ることができます。相手の思考すらも。そんな力を持っていれば、いやでも相手の思惑が見えてしまう。表面上は信頼できそうだとしても、内側は真っ黒なんてよくある話です。」
この時、自分の力について話す気は無かった。この力について話したのは幼馴染のレイブンのみで、それ以外のに話したことはなかったのに……。
「究極技法……。どうりで。妙な気配がすると思ったのよね。」
どうやら彼女もなんとなく気づいていたようだ。
「まあ、だから僕はうつけものとして振る舞うようになりました。そんなことしてたら、父上から見限られてしまって。役に立たないのならせめて勇者の心を繋ぎ止めろと。」
いよいよ喋るところまで喋ってしまった。もうここまで語ってしまったら彼女を堕とすことなどもう不可能だろう。
「へぇー、そうなんだ。」
「ああ、すみません。語り過ぎました。まぁとにかく。俺も貴族社会が苦手な落ちこぼれ王子なんです。」
俺が話を終えると、しばらく沈黙が続いた。
語り過ぎて少し引かれてしまったかと思ったが、しばらくして、マイは話し始めた。
「あなたは、王にならないの?」
突然。マイはこんな事を言い始めた。
「え? 俺が、王に? いやいやいや、そんなことあり得ませんよ。」
予想外な発言にまたも俺は焦った。
「まだまだ父上はご健在ですし、兄も元気です。俺が日の目を見ることはありません。……そもそも、俺は王の器ではないでしょう……。」
「そう? 私は結構向いてると思うけどね。」
そう言ってマイはバルコニーから見える夜景を見つめる。ここらは城下町の明かりがチラチラと見える。
「この国の貴族たちは、民の気持ちを理解しようとするものが少ない。誰もが自分さえ良ければいいと思ってる。それは自分たちが生まれた頃から裕福な生活を送っていたから。弱いものの気持ちを理解できないのよ。」
その目はどこか寂しげで、何かを諦めたような目だった。
「でも、あなたは違う。生まれつき過酷な立場に立たされて、日陰で生きるものの気持ちをよくわかってる。何よりその目。その目を悍ましいものと思ってるんでしょうけど。見方によっては相手の本質を見抜く大きな武器になる。それは統治者にとって大きなアドバンテージよ。」
彼女は俺の瞳をまっすぐ見つめながら話す。その視線に俺は釘付けになってしまった。
そんな俺を見て、彼女はクスッと笑う。
「あなたの治める国ならちょっと見てみたいかもね。」
俺の治める国……。そんなこと一度も考えたことがなかった。いや、諦めていたんだ。自分にはそんな資格は無いと。けど俺は……。
「あら? 誰か呼んでるみたいね。」
そう言ってマイは会場の方に視線を送った。
俺もつられて視線を移すと、レイブンが必死に会場を駆け回ってる姿があった。
「あなたの連れ?」
「ええ。俺の、唯一信頼できる友人です。」
子供の頃から一緒にいるレイブン。こんな俺のそばでずっと支えてくれる大事な友人だ。
「……そう。じゃあまずは彼のような人を集めるところから始めなさい。あなたは多くの人の先頭に立つことで真価を発揮するわ。」
人を集めるか……。俺は今まで人を避けていて、仲間を作るなど考えもしなかった。でも、マイの話を聞いて考えが変わった。信頼できないやつを周りから避けるのではなく、信頼できるやつを周りに集める。そうすれば何か変わるかもしれないと。
「そうですね……。やってみます。」
「ええ。じゃ。私は帰るわね。」
そう言って彼女はバルコニーの手すりに足を掛けた。
「ええ!? もう!? と言うか、ここから帰るんですか!?」
「ええ。もうあいつらと話すのはうんざり。でも最後にあなたと話ができて良かったわ。私もっと話したいなら私の館に来なさい。それじゃあね。坊や。」
そう言って、彼女はバルコニーから飛び降り、夜の闇に消えていった。
(勇者マイ……か……。)
これが、彼女と俺の最初の出会いだ。
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「ハンス様!」
「わかっているよ。」
ハンス様の剣はマルコ陛下の首元直前で止まっていた。
最初から首を切る気はなかったんだ。
「兄を殺し、血に染まったものじゃ、民の気持ちはわからない。そうだろう……。マイ……。」
とはいえ、その場にいる誰もが首を切ろうしたと思っていた。当然、殺され掛けたマルコ陛下も例外ではなかった。
「あ……あ……。」
何か呟きながら、白目を剥いて気絶していた。
「兄上を捕え、地下牢にぶち込め! この者の処遇については後日改めて審議する!」
ハンス様は部下に命じ、マルコ陛下を連れて行かせた。
「ハンス様!」
レイブンさんがハンス様に駆け寄る。
「レイブン……。やったな。 これでお前は次期国王の側近確定。出世レースの大判狂わせだな。」
いつものように、茶化すような明るい声でレイブンさんをからかう。ただ、いつもより無理をしているようにも聞こえる。
「……。ええ。私は人を見る目だけは確かですから。」
ハンス様の台詞にレイブン様は笑って返した。
この2人ならきっとこの先も大丈夫だろう。
「いろいろあったが2人とも。よくやってくれた。これで国のゴタゴタは片付いた。」
「いえ。僕たちは何も……。」
今回は全部ハンス様が行った事だ。僕たちはただついて行っただけに過ぎない。
「いや……。まあ、そうだな……。本当の戦いはこれからだもんな……。」
そう。僕たちにはまだやるべきことが残ってる。
魔王との決戦が。
「おや? どう言う状況かな? これは。」
突然。玉座の間の扉が勢いよく開く。その扉が開いた瞬間。僕たちの背筋に凄まじい悪寒が走った。
この悪寒は身に覚えがある。僕たちは扉の方を振り向く。
「ま、魔王バルバロス……!」
やつが、直々に王宮に乗り込んできた。




