第二話 接敵
「この辺りね」
そう言って私はハンスから貰った調査書に目を通す。
ここはグローリア王国の王都より西にある森。「まどろみの森」だ。
『ディアボロ』はどうやらこの森の洞窟にアジトを作ったらしい。この辺りは魔物が多いから人けが少ない。魔物を倒せる武闘派の奴隷商人が身を隠すなら最適というわけだ。
「さーて。ちゃっちゃと終わらせて家に帰ろ……」
聞こえた。
近くの茂みの中に数匹の気配。これは……人間じゃない。すぐに飛び掛かろうと様子を伺っている。
「はぁー。面倒な」
そう呟いた次の瞬間、黒い影が茂みから一斉に飛びかかってきた。
その正体はこの辺りに数多く棲息している魔物。二足歩行で大きさはそこまでではないが、複数の群を形成し獲物を数で追い詰める。
小鬼だ。
全部で5匹、それを確認し私はこう叫んだ。
「"お座り"!」
その言葉と同時に私めがけて飛びかかってきた小鬼たちは全員その場に、犬のように座り込む。
この状況を理解できないのか、小鬼どもから恐怖と混乱が伝わってくる。
「悪いわね。あんたたちは私に逆らえない。私のスキル、『魔王特権』がある限りね」
『魔王特権』
私が所有する究極技法のひとつ。魔王を倒したことで手に入れた、魔王にのみ与えられる技法。
その権能は魔物に対する絶対命令権。
「安心しなさい。今日はあんたたちの討伐に来たんじゃない。
ちょっと人探しをしてるの。この辺りに奴隷商人のアジトがあるらしいんだけど、"教えてくれない?"」
無論、小鬼は知能の低い魔物だから人語を喋れなし、理解もできない。
けどこの技法に知能は関係ない。
言葉ではなく本能に直接訴えかける命令。
小鬼たちは一斉に立ち上がり、歩き始めた。
「ありがとう。そっちなのね」
思ってたより早く見つかりそう。
そうして私はゴブリンに導かれるまま森を進み、洞窟に着いた。
洞窟の入り口には見張りがいる。
目に見えるだけで全部で9人。そのうち剣持ちが4人、クロスボウを持ってるのが5人。
加えて鎧もしっかり装着している。
ただの洞窟にこの見張りの量。どうやら間違いないらしい。
「ありがとうね。
じゃ、回れ右して解散!」
パン!と私が手を鳴らした瞬間、ゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「さあ、行きましょうか」
そう言って私は正面から堂々と敵のアジトに乗り込む。
「ちょっとすみませーん。ここって『ディアボロ』とか言う奴隷商のアジトですか?」
私はフランクに男たちに話しかけてみた。当然男たちの反応は訝しげである。
「あ?なんだてめぇ。女がこんなところになんのようだよ」
「まさかてめぇ、ボスが言ってた勇者ってやつか?
はっはは! マジかよ! どんな屈強な女かと思ったらこんな姉ちゃんだったとはな。
笑っちまうぜ!」
男たちは私を見て全員笑い始めた。完全に舐められている。
「どうだ?姉ちゃん、どうせこの数相手に戦ったって勝ち目はねぇんだ。だったら俺と二人っきりで楽しいことしねえか」
そう言って私の肩に手を回した瞬間。
男の顔面に一発、殴り飛ばしてやった。
「ぶぎゃ!」
男は後方の森に情けない声を発しながら吹っ飛んでいった。多分死んでない……と思う。
「はぁー。私はね、会話が成り立たないバカと話すのが嫌いなの。なのでとっとと終わらせましょう」
私は無造作に歩き出す。まるで散歩するかのように無防備に。
対する奴隷商人たちは大の男を殴り飛ばした私を見てただものじゃないことを悟り、持っていた武器を構えている。
しかし誰も向かってこない。全く構えをとらない私に攻め入る隙を見つけられないようだ。
「こ、このクソ女ぁぁ!」
ついに男の1人が痺れを切らして突進。
持っている剣を振り下ろそうとする。
私はそれを難なく避け、腹部に向かって拳を放ち技を繰り出す。
「炎上熱拳」
放った拳は男が身につけていた鎧を溶かしながら腹部に貫通。
男は一声を発する間もなく気絶し、その腹部には焼けこげた跡が残っている。
炎上熱拳は通常の炎属性の魔術に拳を加えた体術。攻撃力の高い炎属性の魔術に拳の重さが乗ることで相手の重装甲を貫通する威力を出せる。
続け様に男たち3人同時にが剣を振り下ろしてくる。
一人では倒せないことを理解したようだが、結果は変わらない。私は全ての剣を避け腹部に拳を一撃加え男たちをのしていく。
「おっと」
突然後方から矢が飛んでくる。
死角から放たれた矢を振り向かず回避する。
「嘘だろ〜!?」
男は驚嘆の声を上げる。
とはいえまだ諦めないようだ。今度は5人の男がクロスボウを一斉に構える。
だが、その矢が射られる前に私は次の魔術の準備をする。拳を前にまっすぐ突き出し、指鉄砲の形を作る。
「水泡射出」
人差し指の先から高速で放たれるの水の弾丸。連続で五発、その全てが相手の眉間に命中。
威力は抑えたので貫通はしなかったが、一撃で脳を揺らし、脳震盪を起こさせた。
「ふぅー。これで全部かしらね?」
私は辺りを見渡す。
最初にぶっ飛ばした男が1人、腹部に一発入れて気絶させた男が4人、水泡射出を当てた男が5人、最初に見た数と一致する。
しかし、
「もうさっさと出てきたら? 居るのはわかってるのよ。お仲間はみんなやられちゃったわよー」
そう私が言うと、1人男が森の中から出てきた。
真っ黒なローブを身にまとい、先端に大きな赤い魔石がはめ込まれた三尺ほどの杖を所持している不気味な男。
「魔術師ね。それもかなりの使い手」
男から高い魔力を感じる。魔術師は元来用心深いもの。それが私の呼びかけに答えて、前に出てきたってことはそれだけの自信と実力を備えていると言うことだ。
「初めまして勇者殿。
私はメネク。『暗影のメネク』と呼ばれていました。これでも元は宮廷魔術師の1人だったんですよ」
宮廷魔術師。国王直属の魔術師で有事の際は国王を守るための戦闘要員として扱われる。選りすぐりの魔術師しかなれないためそれに見合った富と名声を約束される。
「『暗影のメネク』。その名前知ってるわ」
『暗影のメネク』。人の命を使った魔術実験を行なって逮捕された宮廷魔術師。
その実験内容も残酷なものだったとか。確か投獄されてた監獄から脱獄したって聞いたけど、まさかこんなところにいるなんて。
「おや。覚えてもらえるとは光栄だ。私もあなたに是非会いたいと思っていた。
そしてその名に違わぬ実力。炎と水、まさか2属性の魔術を使いこなすとは」
「あら? いつから私が2属性しか使えないと言ったのかしら?」
魔術は基本的に4つの属性に区分される。炎、水、土、風。魔術師は基本的にひとつの属性の魔術しか取得できない。
しかし、魔術師の中には複数の属性に適性を持つ者もいれば、4つ全ての属性を操る者もいる。
その一人が私だ。
「なるほど……。勇者と言われるだけの素質はあると言うことですね……。ところで聞きたいのですが、何故腰に差してる剣を使わないのです?」
そう言われて私は腰に帯刀している剣に目をやる。
『聖剣アスカロン』
私がこの世界に来て渡された王国に代々伝わる聖剣、握りと鍔は黄金で加工され、鍔には大きな青い宝玉が嵌め込まれている。刀身白銀に輝きあらゆるものを両断できる。
「今回の任務は貴方達の捕縛だもの。聖剣なんか使えば一瞬でみんな消し炭にしちゃうわ」
それを聞き彼はこう答えた。
「その奢りが貴方の首を絞めることになる!」
そう言って彼は杖を上に掲げこう唱える。
「幻影捕縛!」
その詠唱と共に私の足元から黒い縄が伸び、私の手足を拘束した。縄の根本は私の影から伸びていた。
「どうですか。身動きが取れないでしょう? これが我が一族に伝わる『影魔術』。4つの属性のどれにも当てはまらない『特殊属性』ですよ!」
先程魔術は基本的に4つの属性に区分されると言ったが、その中には例外がある。4つのなかのどの属性にも見られない特徴を持った『特殊属性』と呼ばれる属性。
彼の魔術は影を媒介にした魔術、影を自由に操り攻撃や拘束を行う。影とはこの世界に実体が存在する限り必ず着いてくるもの。彼にとってあらゆる場所から攻撃が可能なのでしょうね。
「どうですか? 幻影捕縛が発動した時点であなたはもう脱出できない。
そこに最大の一撃を叩き込む!」
彼は杖に魔力を集約させていく。それと同時に彼の周りにある影が杖に集まっていき、直径1メートルほどの大きな黒い球体となっていく。
「暗影魔球。全てを飲み込む漆黒の球体。これに当たれば貴方とて跡形も残らないでしょう!」
確かに。あの球体は凄まじい引力を持っている。触れたものを全て引き摺り込み、忽ちスクラップになってしまうだろう。だが逃げたくても拘束されていて逃げることができない。並の魔術師なら詰んでいるでしょうね。
「すごい魔術ね。『影魔術』、聞いたことはなかったけど、その域に至るまでかなりの研鑽を積んだんでしょうね」
「はっ。今更ご機嫌取りですか? 私はね貴方のように肩書きだけでちやほやされるような人間が大嫌いなんですよ。そう言う人間はその化けの皮を剥ぎ消し炭にしてやりたい!
さあ、貴方を倒して最強が私であることを証明して……」
「暗影魔球」
そう唱えて私は自分の前に巨大な黒い球体を作り出した。それは先程彼が作り出したものと同じもの、否、その数倍大きな漆黒の球体を。
「は?」
何が起こったか理解できないらしく、間の抜けた声を出す。
それはそうだろう。たった今自分が見せた大技をいきなり模倣されたのだから。
この球体を作り出したことで私を拘束していた影は消滅、辺り一体の影という影、それどころか周りの木々や石も吸収しさらに大きくなっていく。
「なるほどね。影以外も吸収させればさらに大きなものになると。実に面白い魔術ね」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁ!」
あ。正気に戻った。
「あ、あ、あ、ありえない! 暗影魔球は私の一族にのみ伝わる門外不出の秘伝魔術だ! 何故お前がそれを使える!?」
さっきまでの落ち着きようはどこへやら。顔を真っ赤にし叫び散らかしながら私に問い詰める。
「確かに貴方の魔術は秘伝の魔術なんでしょうね。だけど、見せた相手が悪かったわね。
私の持つ究極技法、『魔導王』が貴方の魔術を模倣したの」
私が持っている2つ目のスキル、『魔導王』。その権能は全属性魔術習得、魔力の無制限回復。
そして、相手の使った魔術のコピー。
例え秘伝の魔術であろうと、習得困難な高等魔術であろうとも。
私が実際に見て、名前を知った魔術であれば一瞬で模倣できる。
「そ、そんなバカな。そんな出鱈目な技法が……」
そうこうし話しているうちに私の暗影魔球は私たちの頭上で直径6メートルほどに膨れ上がる。もうすでに彼の手にあった小さな球体は吸収されてしまった。
「そろそろ止めないとこの辺一体更地になっちゃうわね。じゃあ、決着をつけましょうか!」
そう言って私は手を上に上げる。さながら暗影魔球を持ち上げているような構図だ。
そして私はボールを投げるように腕を前へ振り下ろす。暗影魔球は手に追従して前に前方に落ちていく。
眼前の彼に向かって。
防ぐ手段も、逃げる手段も、最早ない。それは彼が一番わかっていた。
「う、うわああああ!」
全てを飲み込みながら暗影魔球に彼は眼前に広がる黒い景色にただただ絶叫するしかなかった。
「はい、そこまで」
暗影魔球が彼の体に触れる瞬間、私は魔術を解除して、暗影魔球を焼失させた。
「何度も言うように今回は貴方達の捕縛が目的なの。だから殺さないわよ……って、もう聞こえちゃいないか」
すでに男は気絶していた。
眼前に広がる漆黒の絶望に耐えきれず、涙を流しながら白目を剥き、仰向けに倒れている。
「さて、これで全部ね。あとは洞窟内を探して奴隷を助けるだけね」
そう言って私は倒した敵を縛り上げて洞窟の中に足を踏み入れた。
〜幕間〜
なんで……。なんでこんなことになってしまったんだ。
「うわあああ!! 助けてくれぇー!」
そんな声を上げながら誰かが泣き叫んでいる。奴隷商人のボスか、或いは同じ奴隷の誰か。誰かはわからない。わかるのはのは誰かの叫び声と、
―――グォオオオオオオ!!
目の前の巨大な熊の化け物の咆哮だけだ。
「ああ、なんでこんなことに」
僕はただこの絶望的な現実に立ちすくむことしかできなかった。




