第十七話 逆転
「よし! そうと決まれば早速行動だな!」
ハンス様がいつもの調子を取り戻した。明るく、みんなを引っ張ってくれる声だ。
「でも……決意を新たにしたところで私たちが捕まってるって言う現状は変わらないのよね。」
クロエはそう言いながら自分の枷を見つめる。今僕たちの腕には魔術封じの枷がついている。これじゃあクロエは魔術が使えない。
でもこの程度なら僕なら……。
「いや……。大丈だよ。このくらいなら……。」
僕は腕力だけで鎖を引きちぎった。
「な!?」
「あー。相変わらずね。その腕力は……若干引くわね……。」
ハンス様は驚愕の表情のまま固まってしまい、さっきまで僕を支えると言ってくれたクロエからは僕から距離を置かれた。
悲しい。
「ま、まあ。これで拘束の心配はありません。あとはこの檻を無理やりこじ開ければ……。」
「あー。オホン。その必要はないぞ。」
表情が戻ったハンス様は僕に言った。
「え? 必要がないって……?」
「なあ? そうだよな。レイブン?」
ハンス様がそう声をかけると地下牢の扉が開いた。
そこには……。
「随分と時間がかかりましたね。ハンス様。」
ハンス様を裏切ったレイブンさんが立っていた。
「レ、レイブンさん!?」
「あんた! どの面下げて!」
「落ち着け2人とも。」
混乱する僕たちをハンス様は静止する。
「レイブンは最初からこっち側だ。」
「はぁー。大変でしたよ……。」
〜幕間〜
「どういうことだ! ハンス様が拘束された!?」
これが。私が帰ってきて早々に、最初に聞いた部下からの報告だった。マルコ陛下の命で、私は魔族の討伐任務を行っていた。前回の大群の残党がまだ残っていると言われていたが、実際は大した数ではなかったため、早急に任務を終わらせて帰ってきた。そして、帰ってきた途端この報告を受けた。
罪状は、ハンス様が父であるカイン国王を暗殺したと言う話らしい。ばかばかしい。ハンス様がそんなことするはずない。
これはおそらく、ハンス様を陥れるための計画。我々近衛兵を任務と称してハンス様から遠ざけ、その隙にハンス様を拘束すると言う計画だったんだ。しかも、マイ様たちも、遠征に出たと言うではないか。ハンス様の近しい人を全員いない状況。拘束は簡単だっただろう。
「とにかく。ハンス様に会う。私は地下牢に行く。」
私はすぐにハンス様が拘束されてる地下牢に向かった。
「ハンス様!」
私は地下牢に着き、真っ先にハンス様の名前を呼んだ。
「レイ……ブン……。」
そして見つけた。全身傷だらけで、手足に枷をはめられたハンス様が。
おそらく捕まる時に抵抗した傷だろう。何と痛ましい姿だ。
「くっ……。申し訳ありません。私が側を離れたばっかりに……。」
いや……、謝罪も、後悔も後だ。今はハンス様の身を第一に考えなくては。
「すぐに拘束を解かせます。マルコ陛下の元に行って身の潔白を……。」
「待て。」
ハンス様が私の言葉を遮る。
「マイは……。マイはどうした?」
「マイ様ですか? 彼女なら遠征に向かったと聞いてます。私が帰ってくる数日前に。」
肝心な時にいないのは腹立たしいが、彼女なら問題なく帰ってくるだろう。だから私は彼女については何の心配もしていなかった。
「そうか……。」
しかしハンス様は違った。彼女の話を聞いた後、拳をなん度も地面に叩きつけた。まるで恐れてたことが現実になったような……。そんな表情だった。
「お、落ち着いてください。彼女なら大丈夫です。それより今はあなたのことです。今すぐここを出て……。」
ハンス様は私の言葉を聞くと、手を止め、大きく深呼吸した。
「いや……、いい。俺はこのまま地下牢にいる。」
「え?」
私はハンス様が言っていることがわからなかった。
そしてさらにハンス様はもっと理解できないことを言い始めた。
「レイブン。俺を裏切れ。」
一瞬、私の思考は停止した。
「は? 今何と? 裏切る? 私が?」
「ああ。そう言った。」
ハンス様ははっきりとそう言った。その言葉を理解した瞬間。私は怒りが込み上げてきた。
「何を言ってるんですか! あなたを裏切る? 私が己の身可愛さに、そんなことすると思ってるんですか!? あなたが窮地に陥っているのであれば私は共に戦います! もしあなたが敗北し、処刑されたとしても、私は隣であなたと共に命を差し出す。その覚悟を常に持っています! それを裏切れなどと……!」
「ははは……。お前は本当に、俺の忠臣だな。」
ハンス様は私の言葉に力無く笑う。その笑顔はいつものように明るい笑顔ではなかった。
「ハンス様……。」
「だがそうじゃない。言い方が悪かったな。俺を裏切って、兄上の計画の妨害をしろと言うことだ。」
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「レイブン様が、マルコ陛下の妨害?」
僕たちは地下牢にてハンス様の考えを聞いていた。
「今、王宮のほとんどが、私が父上を殺し、兄上がそれを断罪すると思い込んでる。証拠は何一つ無いのに。」
それは、僕がずっと引っ掛かっていたことだ。
王宮での話を聞く限り、国王陛下は確かに殺されたのは事実だ。しかし、そこにハンス様が犯人であると言う証拠が何一つ無い。
にも関わらず皆当たり前のようにハンス様が犯人であると思い込んでいる。まるで誰かに思考を操作しれているように。
「俺も捕まる時これは何かの間違いだと必死に訴えたが、みんなまるで俺の声が聞こえないみたいに無反応だったんだ。その時気づいた。これは技法のせいだと。」
技法……。確かに、王宮と言う様々な人々がいる場所で全員の思考を操ると言う芸当は、私たちの知らない技法があるとしか考えられない。
「そして、俺はこの状況でもっとも疑わしい人物を神眼で見た。我が兄上だ。」
マルコ陛下……。確かに、マルコ陛下なら辻褄が合う。しかし……。
「しかし、マルコ陛下にそんな技法は持っていないはずでは?」
「ああ。俺もそう思ってた。でも、その考えは間違ってた。」
え? 間違っていた?
「兄上は持っていた。人心を惑わし、自分を偽る技法を。名前は『心奥隠蔽』。しかも究極技法だ。」
あ、究極技法!? あまりに予想外の話に僕は驚愕した。
「この技法は所有者の言葉を無条件で信じてしまう技法だ。例えそれがどんなに根拠の無い発言だったとしても。兄上はこれを使って自分の本心を隠し、王宮の人々を惑わした。俺の神眼でも目を凝らさなければ見えないほど兄上の本心は隠されていた……。」
「し、しかし! マルコ陛下が究極技法を持っていると言う記録はどこにも……。」
「いや、おそらく元々持っていたものではない。あれは恐らく誰かに譲渡された力だ。」
譲渡された技法。生来持って生まれたものではなく後付けで与えられた力……。
「そんなことが可能なんですか?」
「不可能ではないらしい。これはマイから聞いた話だが、技法を譲渡するという前例は今までにいくつかあったらしい。『魔王特権』はその最たる例だと。」
確かに、先生の持っていた『魔王特権』は先生がもともと持っていた技法ではなく、魔王を倒したことで、魔王から奪った力だと聞いた。
「それ以外にも例はあるらしいが、その前例すべては、魔王から受け取ったものらしい。」
一連の話が、少しずつつながり始める。
「俺が兄上の本心がよくわからなくなったのは最近だ。兄上は手に入れたあの技法を使い、自分の本心を隠して、周りに虚偽を流布し続けた。そうやって誰にもバレずに暗躍した。兄上に技法を渡した魔王のために……。」
魔王のため……。とても信じられない話だ。
「『心奥隠蔽』、魔王の存在、その魔王と協力した勇者殺害。これらを踏まえ得ればここ数年に起こった事件が全て繋がることになる。」
「ここ数年の事件?」
「兄上の暗躍は少なくとも、3年前には実行されてる。」
ハンス様が言うには、きっかけはあの奴隷商人の件。あの時、奴隷商人に情報を流した者がいたが、結局見つからなかったらしい。あれがマルコ陛下だとするなら、奴隷商人にわざと鬼熊のいる小道を通るように仕向け、追いかけてきたマイ様を鬼熊に殺させようとした。
「だが、そこでマイは死ななかった。だから今度は大人数の傭兵を家に差し向け、襲撃した。」
僕たちが最終試験を受ける前の事件だ。だが、あの件は先生どころか、僕たち2人が簡単に倒してしまった。暗殺計画は悉く頓挫している。
「勇者の暗殺に悉く失敗した兄上だが、ここで新たな任務を貰う。魔族の大軍勢の手助けだ。」
あの事件でマルクス陛下は、最後まで王国軍を市民の避難に向かわせることを反対し続けた。それが、市民の犠牲者を増やすための狙いがあるとするなら、その犠牲者全てが魔王への供物ということになる……。
「だが、これも大した成果をあげられなかった。兄上はひどく焦っただろう。だから強引な手段に出た。」
それが、今回の事件だと言う。王宮全員を惑わし、邪魔な弟を捕らえ、邪魔な勇者たちを魔王の前に誘き寄せ、供物にする。そして自分は王位を簒奪する。
「全て、兄上と魔王が仕組んだ計画だったんだ。」
己の本心を隠し続け、表面上は将来有望な後継者としてふるまい続けた、第一王子。その裏で国家の転覆を企んでいた。もしその話が本当だとするなら悪夢そのものだ……。
「い、いったいどうすれば……。」
「俺やお前が術中に落ちてないのは、恐らくある程度の実力者なら抵抗することができるんだろう。だが、王宮の人々はそうは行かない。彼らをまず解放する必要があった。そのためにレイブンを裏切らせた。」
「やっと……。やっと手に入る……。」
王宮の間、マルコ陛下は1人悦に浸っていた。
「私の計画を悉く邪魔した忌々しい勇者はすでにいない。人心を操ることで邪魔な弟、ハンスを蹴落とすこともできた。今や私に敵はいない。魔王と言う後ろ盾と、そしてこの究極技法、『心奥隠蔽』。この2つがあれば私は無敵だ……。ふふふ……。はっははは!」
マルコ陛下は自分の勝利を確信し、高笑いする。
しかし……。
「それは無理ですよ。兄上。」
突然王宮の間の扉が開いた。ハンス様が勢いよく部屋に入る。
「なっ! ハンス!? なぜ貴様がここにいる!」
「地下牢から普通に出してくれましたよ。私の忠臣が。」
そう言ってハンス様はレイブンさんの方を見る。
「レ、レイブン……。貴様! 裏切ると言うのか! この卑怯者!」
「なんとでも言ってください。私の忠義はハンス様だけのものです。あなたが勝手に誤解しただけですよ。」
レイブンさんは言い切った。例え誰かを騙し、卑怯と罵られようとも、自分の主の願いを叶える。この人の忠誠心は筋金入りだ。
「マルコ・エルメイア! さっきはよくもこけにしてくれたわね!」
続いて僕たちも王宮の間に入る。
「先生から託された聖剣、返してもらいます!」
「お、お前たちまで……。」
今まで築き上げたものが崩れ去ろうとしていることに、マルコ陛下は青ざめ始める。
しかし、この騒ぎを聞きつけたのか、王宮の間に続々と人が集まっていく。
忽ち僕たちは城の兵士に取り囲まれた。
「おお! よく来たなお前たち。その者どもを捕えろ。"そいつらは王国に剣を向ける逆賊である!"」
マルコ陛下が、『心奥隠蔽』使い兵士たちを操ろうとする。
「さあどうする? 逆賊ども。お前たちは罪のない王国の兵を手にかけることができるか?」
何も知らない兵士を操り、自分たちに罪悪感を感じさせ、戦意を喪失させる。かなりゲスなやり方だ。
マルコ陛下が命令を下した瞬間、兵士が一斉に持ってた槍を向ける。
しかし、その槍は全てマルコ陛下に向けられていた。
「は? え? お前たち……何をしている……?」
突然の状況にマルコ陛下は混乱する。
「兄上……あなたがこのような卑劣な手段に出ることはわかっていた。だから俺たちも先手を打った。」
ハンス様が前に出る。
「兄上のその技法。一見無敵に見えるが、1つ弱点がある。それはその技法の正体を知ること。」
ハンス様は、『神眼』で見た時、『心奥隠蔽』の弱点を知っていた。この技法の正体を知ることで洗脳を解除することができる。そこでレイブンさんにわざと裏切らせ、ハンス様に代わって王宮内を自由に動けるようにした。そして王宮の人々にハンス様が見たものを伝えた。マルコ陛下にバレぬように少しづつ。
「すでにこの王宮全員があなたの犯行を知っている。魔王と協力していることも、自分の王位欲しさに市民を売ったことも、父上を殺したことも、勇者を……マイを殺すことに助力したことも!」
ハンス様は言い放つ。自分の兄が何をしてきたのかを。
今ここに、血塗られた手で王位を簒奪した王子の逆転劇が始まる。




