第十六話 何を託された
〜幕間〜
「くそ! やってくれたなぁ! あの女!」
これからとどめを刺そうって時に……。自害しやがった!
しかもあの女……散り際にふざけたことをぉ……。
俺が何もなしえないだと? ふざけやがって!
「いいだろう……。だったら全て奪い尽くす。貴様の命以外の全てを俺が奪い、犯してやる!」
俺は通信用の水晶を取り出す。これから成すことの下準備をするために。
「俺だ。勇者は殺したが、2人逃した。……ああ。奴らの家にいるはずだ。見つけて捕えろ。……期待しいるぞ。マルコ。」
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先生のおかげで逃げられた僕たちは現在、王宮の間にて、マルコ陛下の前にいた。王国軍によって拘束された状態で。
「よくもまぁ。おめおめと戻ってこれたものだな。咎人ども。」
「これはどう言うこと!? 何で私たちが拘束されなきゃならないのよ!」
僕たちは手足に枷をつけられていた。枷には魔術封じの術式が付与されていて、魔術が使えなくなっている。
「はっ。しらを切るか。英雄を語る国賊ども。」
マルコ陛下は僕たちを責め立てる。
「もう調べはついてる。貴様たちが我が国の王にして、私の父、カイン・エルメイアを殺したのであろう?」
カイン・エルメイア? 殺した? 僕たちが?
「な……何を言って……。」
「とぼけるな! ご病気の父上の寝室に忍び込み暗殺した。そうなのだろう? それだけに飽き足らず、貴様らを処罰しようとした勇者マイまで手にかけて……。貴様らには死罪がお似合いだ!」
勇者殺し? 何を言っているんだ……。
「はぁ!? 私たちがマイを殺した! ふざけないでよ!」
「だまれ。」
「うぐっ!」
反論しようとしたマイの頭を誰かが無理やり押さえつけた。
それは、僕たちが知っている人物だった。
「レイブン……さん。」
レイブン・クレファス。ハンス様の右腕にして、近衛隊長。そんなレイブンさんが何故ここにいるのか。
「お前たちの罪状はすでに確定している。我が主……いや、元主のハンスと結託して、国王暗殺を企てたのだろう?」
「レイブンは私にハンスの計画を教えてくれたのだ。お主のような国家に尽くす忠臣を持てて私は嬉しいぞ。」
「恐縮です。マルコ陛下。」
そうか。僕たちはマルコ陛下が何を企んでいるのか理解した。
「なんて奴らなの? これ全部あんたたちがやったんでしょ? 父親を殺して、自分が王位に就くために! 邪魔な弟を蹴落として、不安要素のマイも……。 え? 待って、じゃああなたたち……。」
「連れて行け。地下牢に縛りつけろ。」
僕たちは鎖で引っ張られながら地下牢に連れてかれた。
「卑怯者! それでも人間なの!? 魔王と結託するなんて!」
勇者への討伐命令、ハンス様の監禁、国王暗殺、魔王復活、そして勇者の死。これらすべてが仕組まれたことだった。
思惑を理解した僕たちを見て、マルコ陛下は不気味に笑う。
「誰も信じないさ。罪人の言葉など。ああ。『聖剣 アスカロン』は返してもらう。これは真の指導者にこそ相応しい。」
そう言ってマルコ陛下は『聖剣 アスカロン』を自らの腰に差す。
理不尽だ。何もかも仕組まれた罠だった。いつもならなりふり構わず暴れ回っただろう。
だけど、僕はこのやり取りで一言も反論できなかった。先生を失ったショックで何の気力も湧かなかった……。
僕たちはされるがまま、地下牢に閉じ込められた。
「マルクス……。これからどうしよう……。」
さっきは悪態を吐いてたクロエが力無く俺に問う。彼女も先生を失ったショックから立ち直ってはいなかった。そして立て続けのこの仕打ち。僕たちの心はもう限界を迎えていた。
「……。どうしましょうか……。」
クロエの問いに僕は答えられない。一体どうすればいいのか。
「マルクス……。クロエ……。」
突然部屋の奥から声が聞こえた。僕たちは声のした方に視線を向けた。
僕たちに声をかけた人物は、ハンス様だった。どうやら同じ牢に入れられたらしい。
「ハンス様……。」
「お前ら……。マイはどうした?」
マイ。その名前を聞き、僕たちは再び目に涙を浮かべた。
「泣いてちゃわからない! マイはどうした!」
「……殺されました……。復活した魔王バルバロスに……。」
「なっ。」
僕たちはこれまで何があったのか全て話した。罠に嵌められたこと。魔王が復活したこと。マルコ陛下が魔王と手を組んでいること。……そして先生が死んだこと。
「そうか……。死んだのか……。」
ハンス様はそれを聞いて歯を食いしばりながら天井を見上げる。
「何で……。くっそ。」
小さく何かを呟いている。溢れ出しそうな先生への思いを必死に押し込んでいるように見える。
しばらくして、顔を下げ話し始める。
「……ああ。話はわかった。彼女が体を張って2人を逃したってことが。で? お前らはここで何してるんだ?」
ハンス様が僕たちを睨みつける。声色もいつもより重い。
「何でこんなところでウジウジいじけてるんだ? マイは、お前らに反撃のチャンスを与えるために逃したんじゃねえのかよ! それでも英雄なのか? なぁ? 『不動の剣聖』、『創造の魔術師』!」
ハンス様が声をあげて僕たちを怒鳴る。戦う意志のない僕たちへの純粋な怒りだ。
「もう……無理です……。」
僕はハンス様の言葉につい、呟いてしまった。
「は? 無理だと……?」
ハンス様は僕の方に近づき、胸ぐらを掴む。
「おい。何のためにマイが体を張ったと思ってるんだ! 魔王に対抗する力があるから自分の命を犠牲にして逃したんだろ? それを無理だと? じゃあ彼女は何のために死んだんだ!」
「無理なんです!」
僕はハンス様の言葉についに我慢ができなくなった。
「あいつは先生の力を全て奪ったんですよ!? 今、魔王バルバロスはこの世界で最強の存在になったんです。僕たちは先生の足元にも及ばないのに……! その先生が勝てなかった存在にどうしたら勝てるって言うんですか!?」
僕は、ここまで胸の内に溜まっていた思いを全てぶちまけた。魔王に対する恐怖。先生を失ったことへの絶望。そして……。
「何も……できなかったんだ……。本当は先生を助けて、魔王と戦うべきだったのに……。僕は……! 昔と何も変わらない! 無力な奴隷の子供なんです!」
僕は無力だ。先生を助けられなかったと言う事実が、これまでの僕の全てを否定したように感じた。
技法が無くても大英雄になると言う夢は、ただの絵空事だったと突きつけられた。
そう思うと、僕は剣を握ることができなくなった。
僕は……無力だ……。
「……。」
ハンス様は僕の言葉を聞き、手を離した。
その後、しばらく黙っていたが……。
「マイはさ……。死ぬことがわかってたらしいんだ……。」
ハンス様は話し始めた。先生について。
「そう。あの日はあいつの誕生日だった。俺は彼女におめでとうって、言いに行ったけだったけど……。自分が死ぬ未来を見たって話聞いたらつい怒鳴って出て行ってしまった。まさか……あれが最後の会話になるとも知らずに……。」
ハンス様は話しながら、拳を強く握り締め、顔を俯かせる。
「でもさ……。これだけは言える。あの時、マイはこれから自分が死んだとしても、その先の未来について何の心配もないって本気で思ってたんだ。」
ハンス様は再び顔を上げる。
「マイは、自分の意思を叶えられる、この世界を救える英雄を2人を残したと、そう考えてたんだ。」
そして、僕たちをもう一度見つめる。
「マルクス。クロエ。失ったものは大きい。自分が無力だと思い知らされただろう。でもな。お前らは何を託された?」
何を……託された……。
「それをもう一度思い出してみろ。それを思い出せれば。お前達の力になる。」
思い……出す……。
「私は……。」
クロエは口にする。彼女が託されたものについて。
「私は……。マルクス、あんたを頼むって言われた。あんたを支えてやれって。ごめん……。マイがいなくなってそれをすっかり忘れてた……。」
クロエは僕の元に近づき、そっと手を握る。
「だけど……もう逃げない。私があなたを一番近くで支える。だから……。」
強く、強く。僕の手を掴む。
「だから、もう一度戦おう?」
その手はとても温かく。僕の心に絡みついた闇を晴らしてくれた。
そして思い出した。僕が託されたもの。
「英雄譚……。」
「え?」
「そうだ……。僕は先生の小説の主人公になってほしいと頼まれた。僕が英雄になることで、先生は小説を完成させられると……。」
あの日。平原の木の下。先生に言われた言葉。
僕に生きる価値を与えてくれた言葉。
「先生は言った、僕に英雄の資格があると……。先生は言った、僕が英雄になる姿を見たと……。」
僕は無力だ。奴隷のまま何も変わってない。
だけど……。
「こんな僕に先生は英雄になれると、私が保証すると、自信を持って言ってくれた。だったら! 僕はその思いに応えたい! 僕が僕自身の手で先生の英雄譚を完成させる!」
それが、僕が先生から託されたもの。僕の戦う力だ。
「……答えは決まったな。2人とも。」
もう迷うことはない。信じてくれた人に応えるために。
僕たちはもう一度立ち上がった。




