第十五話 不穏な依頼
……はい。後は……任せてください。
ある日、僕たち3人は王宮に呼ばれていた。ハンス様の兄、マルコ・エルメイア陛下の召集を受けて。
「先日の魔族の大量襲撃の件はご苦労であった。お前たちのおかげで多くの市民が犠牲にならずに済んだ。礼を言う。」
すでにあの一件から半年が経とうとしているのに今更感謝の言葉とは。
「今更あんたにそんなこと言われても嬉しくないの。特に用が無いなら帰っていいかしら?」
「せ、先生。」
先生は明らかに不機嫌そうにしている。こう言った物怖じしないところは、流石ではあるが、ヒヤヒヤするところでもある。
「いや、感謝の言葉が遅れてしまったことはすまない。こちらとしても忙しくてね。今日は君たちに依頼を頼みたかったんだ。」
依頼? マルコ陛下から?
「あんたからなんて珍しいわね。……ハンスはどうしたの? 依頼ならいつもあいつから来るじゃない。」
確かに、こう言った依頼はいつもハンス様が家に来て伝えるのに。そもそも今日はハンス様のお姿を見ていない。
「ああ。やつなら今遠征に出ていて不在なのだ。火急の知らせだった故、私から頼むことにした。」
「ふーん。まあ良いけど。」
先生はあの日依頼、ハンス様と会っていない。あの時、僕たちが来る前に何を話していたかは分からない。でも、2人の間で何かあったのは確かだ。
「で。依頼の内容は?」
「ああ。実はかつての魔王の側近。アルガルドが再び不穏な動きを見せているらしい。」
アルガルドとは、魔王バルバロスの側近で魔王軍の参謀として知られる人物だ。先生が魔王軍を討伐した時一度戦ったらしいが、とどめを指す前に行方をくらましてしまい、討伐することができなかった。魔王討伐後も捜索が行われていたが、結局見つけることはできなかった。それが今になって動き出したようだ。
「どうやら、先の魔族の大軍が押し寄せて来た一件も、奴が手引きしたらしい。」
「はぁ? あんた、馬鹿なの?」
先生がマルコ陛下の言葉を遮り、急に罵倒し始めた。
「せ、先生!?」
「そんなことあるわけ無いじゃない。」
先生が全然止まらない。相当不機嫌みたいだ。
「あるわけ無いとは、どう言う意味だ?」
「あー陛下。私から説明させていただいてもよろしいですか?」
この状況はまずいと察したクロエが話に割って入った。
「ふむ。聞こうではないか。クロエ殿。」
「はい。先の戦いの魔族たちですが。彼らには私たちの『魔王特権』が効きませんでした。本来『魔王特権』は魔族を無条件で服従させることができる、魔王のみが習得できる技法です。それが効かなかったと言うことは、彼らは『魔王特権』で命令されてグローリア王国に侵攻したと考えられます。そして私の知る限り、アルガルドは、『魔王特権』を習得していません。」
この事件を引き起こすには『魔王特権』の技法が必要不可欠。当然それを持たない者は容疑者から外される。
「ふむ。なるほど。流石王宮でも一目置かれる『創造の魔術師』だ。そしてその魔王軍についての知識。それは魔王の娘ゆえかな?」
「……。」
今のは明らかに悪意を込めた一言だった。
「おい。クソガキ。言葉は慎みなさい。私の弟子に向かっての無礼は許さない。」
先生の怒りが頂点に達している。次に何か言ったら暴れ出しかねない勢いだ。
「……いや、失礼。別に悪意があったわけではない。許してくれクロエ殿。」
「いえ。滅相もございません。」
クロエは頭を下げた。それを見て先生も矛を収める。
「とはいえその意見は最もだ。確かにアルガルドは『魔王特権』を持っていない。では何故この事件の容疑者となったのか。それは、どうやらやつは魔王の復活を目論んでいるらしい。」
「なっ!」
魔王の復活!? そんなことが可能なのか!?
「ありえないわ。魔王は跡形も無く私が殺した。復活は不可能よ。」
「ああ。我々もそう見ている。だが、アルガルドが『魔王特権』を持っていないとなると、あながち嘘とも言えまい。」
確かに。真偽はどうあれ、魔王復活の可能性が少しでもあるなら早めに対処しなくてはいけない。
「と言うわけで、お前たちにアルガルド討伐を依頼したい。どうか、頼まれてくれ。」
こうして僕たちはアルガルド討伐に向かうこととなった。
「はぁー。めんどくさいわねー。」
目的地に向かう途中の馬車の中。先生は大きなため息を吐く。
「アルガルドとは、どんな人物なのですか? 先生戦ったことあるんですよね?」
「え? あー。覚えてないわね。確か呪いとか毒とかなんか陰気臭い魔術を使って戦ってた気がするわねー。」
随分とざっくりとした認識だ。大丈夫なんだろうか?
「アルガルドは、魔王軍随一の呪術使いよ。呪術で相手の力を削いで、自分の有利な状況を作る。そして最後に呪いで相手の命を奪う。そんな戦い方をする魔術師よ。」
説明する気のない先生に代わって、クロエが捕捉してくれた。
「うーん。聞いた感じ厄介そうですね。」
「そうね。私やマイのように正面切って魔術を使うタイプじゃなくて、手練手管で相手を少しずつ追い詰めるって言う戦い方だからね。」
正攻法ではなく、邪道で戦う魔術師。今まで戦ったことのない相手だ。
「まあ。大丈夫よ。どんな戦い方だろうと魔術の力量はクロエが遥かに上だし、マルクスの筋肉なら呪いくらい吹き飛ばせるわ。」
呪いって、そんな風邪みたいなものなのだろうか。
「……もし、魔王がもう一度復活したら、先生はもう一度勝てますか?」
「……。」
僕たちは気になっていた。先生の実力は本物で、魔王を倒したと言う事実は本当だ。でも具体的にどれほどの差があって、どのように勝ったのか僕たちは知らなかった。
「魔王が復活したら? ……うーん、どうだろう。五分五分かしらねー。」
意外だった。先生なら自信を持って勝てると言うと思っていたのに。
「あの時は初見で万象聖斬を決めることができたの。だから相手の手の内を全部見る前に一撃で倒すことができた。だから正直魔王どれほど強かったのか、実際はよくわかっていないの。もしかすると、まだ私の知らない力を奴は持っていたのかも。」
先生が知らない魔王の力……。僕たちには想像もしえない力だ。
「ま。結局、私がなんとかするんだけどね。私勇者だし。」
先生はそう言った。相変わらず楽観的だが、そう言ってくれて僕は少し安心した。
「それにさ。あんたたちなら余裕で魔王くらい倒せるわよ。もう私よりよっぽど強いんだから。」
先生はなんの迷いもなくそう言ってくれた。けど、僕たちはまだまだ未熟だ。先生を越えるような実力はまだ無い。
「そんなことは……。」
「……。まっ。今はアルガルドをどうにかしないと。そろそろ着くわね。あいつが根城にしてる遺跡が。」
アルカン遺跡。かつて世界最大の国として栄えたアルカン王国の遺跡だ。数百年前に王朝が滅び、建造物はそのまま放棄されている。かつては遺跡の地下に、宝が眠っているとされ、多くのトレジャーハンターが訪れたが、もう取り尽くされてしまったのか今では誰も訪れない寂しい遺跡となった。
「事前にいろいろ調べたけど……、本当に誰もいないのね。」
クロエはここに来る前、アルカン遺跡についていろいろ調べていた。事前に知識を得れば後で役に立つかもと考えて。
「かつて栄華を極め、誰もが憧れた経済都市も、時が経つにつれて風化していき、今では誰にも見向きもされない……。永遠なんてものはないことがわかるわね。」
「先生?」
「いや、今は関係ないわね。クロエ、儀式とか行うとしたら、どこが最適かしら?」
「えっと、そうね……。この都市の南にある寺院、その地下に儀式部屋があるらしいの。そこなら打ってつけなんじゃない?」
儀式部屋。アルガルドが何かするには確かに打ってつけだ。
「よし。じゃあとりあえずそこに行ってみましょうか。」
僕たちはひとまず、寺院に向かうことにした。
南にある寺院。確かに他の建物に比べ、大きく、厳かな雰囲気が漂った建造物だ。中は暗く、カビ臭い匂いがする。とても人が住めるような状態ではなかった。
「うーん。妙ね。」
先生が何か思うことがあるのか、釈然としない様子だ。
「どうしたんですか?」
「いや、ここに来てずっと思ってたんだけど、全然魔力を感じないのよね。」
先生いわく、何かしらの儀式をしているのであればあたりに濃い魔力が充満しておるとのこと。しかし、この街に入ってそんな気配は一切せず、寺院についても感じることができないらしい。
「事前の情報がハズレだったんでしょうか?」
「……、とりあえず行ってみましょう。あ。その前に2人ともこれ。」
僕たちは先生から木札のような物をもらった。
「何ですかこれ?」
「まあ、お守りだと思って持っておいて。何かあった時に役に立つと思うから。」
そして僕たちは寺院に入り、例の地下室へ向かった。
中は暗く、どのような様子なのか見えなかった。
「光よ。」
先生が手のひらから光の玉を出してくれた。何も見えなかった部屋が少しずつ見えてくる。床には大きな魔法陣が描かれていて、壁の本棚には様々な魔導書が。
そして魔法陣の中心に人影が座っていた。
「「「!」」」
全く気配を感じなかった。先生が手元にある光を飛ばして真ん中にいる人影を照らす。よく見るとそれは座り込んだ状態の死体だった。すでに肌の色は茶色く変色し、骨が浮かび上がっているほど痩せこけている。服装はぼろぼろであるが、黒いローブのようなものを纏っている。
「これって?」
「多分、アルガルドね。」
アルガルドは黒いローブを身に纏った魔族だったらしい。おそらく何かの儀式の最中に命を落としてしまったようだ。
「でも、なんで?」
「とりあえず、周りの棚を見てまわりましょう。」
僕たちはそれぞれ、部屋の中を散策した。部屋の壁には松明が置いてあったので、それに火をつけ、部屋全体に灯りを灯した。部屋には無数の本棚と魔導書、そしてさっきはわからなかったが、机と椅子が置いてあり、その隣には木偶人形が立てかけてあった。
(なんだろう……。この人形。)
僕は木偶人形を調べてみたが、魔術的な仕掛けのない、ただの木偶人形だった。
一方クロエは本棚の魔導書を調べていた。
(ここの魔導書、ある分野に偏ってるわね……。)
一冊一冊手に取り内容を確認する。
(所々破れてて読めないけど……。召喚魔術、憑依魔術、死者蘇生の秘術……。どれも死者を呼び出すための魔術……。普通に考えれば、魔王の復活のためのものだけど……。部屋の様子を見る限り、とても成功したとは思えない。)
クロエはこの得体の知れない状況に、頭を悩ませていた。
そして先生は、死体の後ろにあった机の上を調べていた。
(あれ? これ日記かしら。)
「どうしました? 先生。」
「いや……。日記みたいなの見つけた。所々読めないけど……。読めるところを読んでみるわね。」
先生は内容を口に出して読んでみた。
――○月×日
ついに手に入れた。復活の秘術が書かれた書を。これであのお方を復活させられる。
――○月×日
なぜうまくいないのだ? やはり依代が必要なのか。あの忌々しい勇者め。あのお方の肉体を粉々にしよって。
――○月×日
成功した。
「……日記はここで終わってる。まだあったみたいだけど、読めなくなってる……。」
何だ? 成功した? アルガルドが書いたものだとすると、あの方というのは魔王のことか? でもとてもそんな様子じゃ……。
「ア……ア……。」
突如、僕たち3人の誰でもない声が聞こえた。この部屋には僕たち以外誰もいない。そう、言葉を発するはずのない死体以外は。
「アー、ガ、ガ。」
なにか言葉を発しながら、突然死体が立ち上がり始めた。
「アンデット!? 何で急に。」
「ちょ! 怖いんですけど!?」
「クロエ! 落ち着いてください!」
それぞれ警戒体制に入るが、現状が飲み込めず、混乱する。
「二……。二ト。」
(にと?)
死体が何かしゃべっている。だが、声がかすれていて、よく聞こえない。
だが、先生だけが次に起こることを予知した。
「あ、だめだ。」
瞬間、先生の顔が青ざめる。
「2人とも! 防御して! こいつは……!」
先生の声が途中で途切れる。
そして。
「自爆せよ。」
死体が呪文を唱えた瞬間。体から赤い光を発し始めた。
「! マルクス!」
クロエは素早く僕の前に障壁魔術をかけてくれた。そして次の瞬間。死体は大爆発を引き起こした。僕は障壁魔術で防がれていたものの、その衝撃に後ろの壁に吹き飛ばされた。
(うぐっ。)
あたりに砂煙が漂っていて何も見えない。耳鳴りがして、何も聞こえない。
(クロエは? 先生は? 何がどうなってる?)
混乱する頭で何とか考える。僕は倒れたからだをなんとか起こし、あたりの様子を確認した。
煙の先に誰か立っている。あの位置は先生が立っていた位置だ。
(よかった。先生は無事みたいだ。)
そう考えていると煙が少しづつ晴れ、輪郭がはっきりわかるようになった。煙の先に立っていたのはやはり先生だった。
だが。
「は?」
大きく違う点があった。
先生の腹を貫く木偶人形がそこにはいたからだ。
「うぐっ。お、お前は。」
「ト……トウトウ……テ……二……イレタゾ。ユウシャア!」
僕は目を疑った。その悪夢のような光景に。




