第十四話 穏やかな時間
王都での一件から半年が経とうとしていた。
「本日もご指導、ありがとうございました! マルクス先生!」
ここは王都の兵士たちの訓練所。ここでマルクスは兵士たちの相手をしていた。
「先生はやめてください。僕も皆さんと日々学ばさせてもらっている立場ですから。」
あの一件以来、マルクスは王都で注目の的となった。たった一人で多数の魔物を倒し、一つ目巨人の首を一刀両断したと、王都のあちこちで語られている。そして兵士たちから是非剣術の指南をしてほしいと、頼み込まれ、渋々快諾した。本人はまだ人に教えられるような腕ではないと言っているため、あくまで兵士たちと一緒に訓練をしているという立場である。
そんな日々を過ごしていたある日。とある人物が訪ねてきた。
「よう。元気にやってるみたいだな。ボウズ。」
「あ! ジャンさん!」
彼はかつてマルクスと一緒に奴隷として捕まっていた、ジャン。奴隷から解放されグローリア王国に来た時、ガタイが良いこともあって兵士として雇われた。今は王国の入り口で門番の仕事を行なっている。
「お久しぶりです。すみません。あれ以来いろいろごたついていて挨拶にも行けなくて。」
「いいんだよ。気にすんな。お前さんが勇者様のところで修行しているっていう話は聞いてたからな。そんなお前さんが、今じゃこの国随一の大英雄になっちまうとわなぁ。」
今回の活躍でマルクスの実力が多くの人に知られたことでついに二つ名を持つこととなった。
『不動の剣聖 マルクス』
それがマルクスの二つ名だ。
「……正直、今の自分がこの名前に見合うような英雄になれているのか自信はありません。僕自身、強くはなったと思いますが、中身の方は奴隷時代と変わっているかどうか……。」
「何言ってんだよ。外身も中身も、お前さんは立派な英雄だぜ。王国の誰もが認めていることだ。……いや。お前さんはあの頃から英雄だったんだ。」
ジャンは思い出す。あの時、絶望的な相手に向かって必死に戦うマルクスの姿を。
「ありがとう。俺たちを救ってくれて。あの時お前がいなかったらみんな死んでた。」
「ジャンさん……。」
ジャンは賞賛する。マルクスの英雄たるその姿に。マルクスもまた、ジャンからの感謝の言葉を心に刻む。自分のして来たことは間違いじゃなかったと。
「マルクスさーん。剣術について質問したいことがー。」
さっきまでマルクスと稽古をしていた兵士たちが、マルクスを呼んだ。
「ほら。呼んでるぞ。マルクス先生。」
「だから先生はやめてくださいって。じゃあ僕はこれで。いろいろ話せてよかったです。また会えたらゆっくり話しましょう。」
「おう! 楽しみにしてるぜ。じゃあな。」
マルクスはジャンと別れた後、兵士たちの相談に乗っていた。
「マルクス! いつまでやってんの? そろそろ帰りましょう。」
「あ! クロエ!」
マルクスに声をかけたのは現在、王城で宮廷魔術師たちと魔術の研究の手伝いをしているクロエだった。
「まったく。今日が何の日かちゃんと覚えてるんでしょうね?」
「ごめんごめん。みんなの相談を受けてたら、つい。」
二人でそんなやりとりをしていると、兵士たちが集まって来た。
「「「「クロエさん! お疲れ様です!」」」」
「はい。みなさんも、お疲れ様です。毎日努力を惜しまないその姿、とても感服致します。」
クロエは兵士たちに笑顔でそう答えた。
普段の彼女を知っているものであれば、これが取り繕っているものだと気づくのだが、兵士たちには全員この笑顔で骨抜きにされてしまっている。
ふと、クロエが兵士の一人に声をかける。
「あら。あなた怪我していらっしゃいますね。よく見たらみなさんもボロボロ。すみません。うちの兄弟子は加減を知らなくて……。」
「い、いえいえ。マルクスさんにはいつもお世話になっていて……。」
クロエに急接近され、声をかけられた兵士はドギマギしてしまう。
「お詫びに、これを。今うちの研究室で製作中のポーションです。まだ試作段階ですけど、効果は大回復薬より上です。味についても保証します。」
そう言ってクロエはバックからポーションの瓶を取り出す。
クロエはその高い魔力量と、知識量が評価され、宮廷魔術師と一緒に王宮で研究を行なっている。内容は様々だが、現在力を入れている研究は、より効果の高い回復薬の製作だそうだ。宮廷魔術師だけでは停滞していた研究も、クロエが来たことで飛躍的に進行速度が向上した。もちろん、研究以外にも戦闘面で相談を受けることも多々ある。
そう言った仕事と、今まで功績でクロエも二つ名をもらった。
『創造の魔術師 クロエ』。
彼女の貰った二つ名だ。
現在では角も羽も隠すことは無くなった。先の戦いで堂々と本当の姿を晒して戦ったため、自分が敵ではないことを広く伝えることができ、それでも反発するものは実力でわからせた。今では彼女を魔族の混血や、魔王の娘だと蔑むものは誰もいない。それどころか彼女に好意を抱くものが増え続けている。ここの兵士たちも彼女の言動と振る舞いにすっかり心を奪われていた。
「ほら、クロエ。そろそろ行きますよ。」
「なによ。遅れたのはあなたでしょう。みなさん。これからも鍛錬頑張ってくださいね。」
そう言って二人で訓練所を後にした。
「いやー。相変わらずお美しいなクロエさん。」
「お、俺クロエさんに告白しようと思う。」
先程クロエに急接近された若い兵士がそんなことを言い出した。
「はぁ!? お前何言って……!」
「だって! クロエさん真っ先に俺のところへ来てくれたんだぜ! もしかしたらワンチャンあるかも……。」
「やめとけ。」
そう言って後ろから声をかけたのは、西の城壁を守り、クロエの戦いを間近で見たグレス隊長だった。城壁の警備を終え、ちょうど訓練所に帰って来たところだった。
「グ、グレス隊長! お疲れ様です! あの、やめとけとは?」
「あの嬢ちゃんに想いを告げたものは悲惨な最後を遂げるんだよ。」
グレス隊長はあれ以来、クロエと交流があり、マルクスとも何度か模擬戦を行っていた。マルクスのことは敬称をつけて呼ぶが、クロエは初めて会った時の呼び方が抜けず、今でも嬢ちゃん呼びだ。
「ひ、悲惨な最後?」
「前に貴族出身のいけ好かねぇ
彼が話す隊長とは、貴族出身で、大した実力も無いくせに両親のコネで王国軍の隊長になった男だ。彼は一般兵の訓練所に顔を出して、何かと彼らを目の敵にしていた。平民出身の兵士など使えないゴミ。精々私たち貴族の肉壁になることだなと、来るたび口にしていた。当然、その言動はマルクスにも向けられた。
「『不動の剣聖』だか、何だか知らないが、所詮貴様は奴隷出身。私とは立場が違うのだよ。あまり調子に乗らないことだな、奴隷。」
あまりにムカつく言動だが、マルクスはそれを笑顔で流していた。特に言い返さず言われたい放題。
「マルクスさんは優しい人だからな。自分が貶されることで、みんなの身代わりになろうとしたんだろう。あの人は一度も言い返さず、やり返さなかった……。だが、ついに事件が起きた。」
いつものようにマルクスを迎えに来たクロエ。そのクロエにこの隊長は一目惚れしてしまった。早速クロエに言い寄って自分の想いを告げたそうだ。告白の内容は自尊心全開の酷いものだったと聞いた。当然、クロエはそんな男に興味は無く、こっぴどく振った。これに腹を立てた隊長は、クロエを貶めてやろうと裏で手を回していた。
だが、その行動がマルクスの怒りに触れた。
「そっからは酷いもんだよ。マルクスさん、あいつと模擬戦を申し込んだ。マルクスさんは普段は対戦相手に気を遣って、なるべく怪我が残らないように力も抑えて戦っているが、あの日だけは全力で戦って、全力で痛めつけてたな。最終的に真っ赤な肉袋みたいな状態で、医務室に運ばれてったよ。死んでねぇとは思うが……。それきり、あいつを見てねぇな。」
そうして王都ではこんな噂が立ち始めた。
クロエに告白したものは死ぬ。
「お、俺やっぱり、クロエさんに告白するのやめます……。」
「おう、それがいい。命が惜しいならな。まあ、そもそも。嬢ちゃんが想いを寄せてる相手は、もう決まってるだろ。」
「えっと……。買うものってこれで全部ですかね?」
「ええ。夕飯の材料は全部買ったし。ケーキもちゃんと買ったわよ。」
訓練所からの帰り道、二人は今日の夜の準備を進めていた。いつもより豪華な料理の材料。1人では食べきれないような大きさのケーキ。全て今日の日のために用意したものだ。
「抜かりなく準備しないとね。」
「はい。今日は先生の誕生日ですから。」
昔2人に話した私の誕生日。2人はそれを覚えていて毎年祝ってくれる。今日は2人が王宮に勤めるようになって初めての誕生日。給与が出た分豪勢に祝おうと2人で計画を立てていた。
「そういえば、今日はハンス様が来るらしいですよ。」
「ええ。聞いてるわ。ちゃんと4人分用意してるもの。」
2人がハンスに、私の誕生日の話をしたら是非俺も祝いたいとせがんで来たらしい。
「みんなの好きな料理を作って今日は楽しく……、あれ? あれハンス様じゃない?」
館に着く直前、門から出てくるハンスを2人は見た。
「ハンス様! すみません、遅くなって。今から夕食の支度を……。」
「おう。お前たち。すまないね、急用ができてしまって。今日はもう帰らせてもらうよ。」
「え。そう……、何ですね。」
突然のことで2人は困惑した。
「あの。先生と何か、あったんですか……。」
「……。いや、何もないよ。」
そう言って寂しそうな表情を浮かべながらハンスは歩き出した。
2人はその背中に声をかけることができなかった。
「2人とも。あいつの誕生日、俺の分まで盛大に祝ってやってくれ。あいつは寂しがり屋だからな。」
「……。はい。」
その言葉を最後にハンスは帰ってしまった。
……ごめんね。ハンス。こんな別れ方になってしまって。
「ただいま。先生。」
2人は居間で静かに椅子に座っている私に声をかけた。テーブルにはカップが2つ。両方ともとっくに冷めていたが、どちらもほとんど口をつけていない。
「ん……、ああ、おかえり。」
「……先生。何かあったんですか?」
いけない。弟子に心配を掛けさせてしまった。
「いや、何でもないよ。」
力無く笑う私に2人はしばらく黙っていたが。
「そ、そうそう! 今日は美味そうなお肉が手に入ったの。今日はマイの誕生日でしょ。私が腕によりを掛けた料理を作るからね!」
「そうですね。ケーキも買って来たんです。これでお祝いしましょう。先生。」
2人は気を遣って私を元気付けようしてくれた。本当に、私は良い弟子を持った。
「うん。今日はずっと楽しみにしていたんだ。美味しい料理をお願いね。」
そして私たちは3人で、私の誕生日を祝った。出された料理はどれも美味しく、2人とも楽しい話をたくさんしてくれた。本当に、素晴らしい時間だった。私が今まで生きていた中で一番幸せなひと時だった……。
〜幕間〜
――先生? まだ起きてたんですか?
――ん? ああ、ごめん。もう少しでキリが良いところまで書き終わるんだ。
――……どうですか? 執筆の状況は。
――ああ、いいものが書けそう。全部君のおかげだよ。
――そんなことないですよ。
――なあ、ハンス。
――はい? 何ですか。
――もし、私に何かあったら、後は任せるよ。
――……え? 先生なにを……。
――いや、ごめん。もうお休み。私も寝るから。
――……は、はい。おやすみなさい。
――……ごめんね。マルクス。
さあ、私はここまでだ。後は任せるよ。
これは、君の英雄譚、だからね。




