第十三話 英雄誕生
「いやぁああ! お母さーん!」
小さな女の子が悲鳴をあげる。目の前で自分の母が魔物に捕まってしまったからだ。
「に、逃げて……。」
魔物たちはすでに城壁を突破し、王都へ侵入。城下町では蹂躙が行われていた。建物は壊され、金品を奪われ、人々は殺されていった。そして今、この親子の命も奪われようとしていた。
魔物たちが女の子に詰め寄る。周りに兵士はいない。すでに殺されてしまった。
「い、いやぁ。だれか……。誰か助けてぇええ!」
悲痛な叫びが鳴り響く。誰も助けに来ないのに。
しかし。
「お待たせ。」
瞬間。あたりいったいの魔物たちの首が飛んだ。
何が起きたのかわからない。一瞬の早技で何も見えなかった。混乱する女の子の前に一人の女性が手を差し伸べる。
「遅くなってごめんね。大丈夫?」
勇者マイ。伝説の勇者が今、惨劇の地に降り立った。
「お、お姉さん! お母さんが!」
女の子は駆け付けた私を見るなり、指を刺しながら私に縋りつく。振り返ると、この子の母親らしき女性が倒れていた。かなり重症だ。
「お願い! お母さんを助けて!」
「はいはい。任せておいて。」
そう言って私は回復魔術を掛ける。すると傷がみるみるうちに回復していく。
「あ、あれ? 私……。」
「お母さん!」
女の子は嬉しさと、今までの恐怖から母親に抱きつく。母親も涙を流しながら娘を抱きしめる。
「二人とも。もう大丈夫。今すぐ第二城壁に避難しなさい。あそこの城壁はまだ突破されてないはずだから。」
そう提案すると、母親の方が暗い表情になる。
「……だめなんです。中央区の城壁は閉鎖されていて、私たち平民は入れなくなってるんです。」
「はあ!?」
何だそれは。この状況で平民を見捨てるのか? 確かに国の存続を考えるのであれば多少の命を切り捨てると言うのはよくある話だ。だが、あまりに判断が早すぎる。国王軍の兵力と、中央区の備蓄量を考えても十分平民の受け入れは可能なはずだ。それを簡単に見捨てるなんて。お偉方は揃って無能ばかりなのか?
どうする? この人たちにいつまでも構ってはいられない。こうしてる間にも被害は広がっていく。止めるには魔物を倒さないと。とはいえ二人を見捨てられない。どうすれば……。
「マーイー!」
私を呼ぶ声が聞こえる。うんざりするほど聞き馴染みのある声だ。あの声は……。
「ハンス!」
ハンスが近衛兵を連れて前線に来ていた。こんなこと第二王子がすることじゃないだろうに。
「よかった! 連絡が間に合って!」
「ハンス。正直いろいろ聞きたいんだけど、話は後にしましょう。とりあえずこの二人を保護してほしい。」
そう言って私は二人を差し出す。
「ああ、わかった。二人を安全な場所へ。」
そう言って引き連れていた兵士に非難の誘導をさせる。
「中央区には入れられないって聞いたけど?」
「ああ。だから一般兵と、俺の近衛兵で連携して簡易的な避難所を作った。まあと言っても大聖堂に立てこもってるだけの心許ないものだけど。」
大聖堂はこの街で最も大きな公共施設だ。あそこなら避難民を受け入れられるだろう。
「そして、この魔物の大群をどうするかだ……。『魔王特権』はどうなんだ?」
こんな大勢の魔物が攻めてきた時、真っ先に役に立つのが『魔王特権』の技法だ。
しかし。
「だめ。厄介なことにこいつらには『魔王特権』が効かないみたい。」
前回も似たようなことがあった。魔族であれば『魔王特権』の命令は必ず聞くはずだ。それが効かないということは、この軍勢を指揮している者は『魔王特権』を持っているということだ。
「まあ、今考えてもしょうがないわ。まずは目の前の敵に集中しましょう。」
「……そうだね。ただ、君が来てくれて嬉しいけど、どこまで被害を抑えられるか……。」
「ああ、それなら大丈夫よ。」
「え?」
私以外、最強の英雄が二人もいるんだからね!
〜幕間〜
西の城壁にて。
「急げ! 魔物を一体でも倒し、市民を非難させるんだ!」
俺たちは第一城壁の警備にあたっていた一般兵は魔族との交戦に追われていた。救援要請を送ったはずなのに、中央からの援軍は一切来やしねぇ。
(くそ! 中央は何を考えているんだ! このままじゃ被害が増える一方だ!)
「グレス隊長! 避けてください!」
部下が叫んだ瞬間。空から無数の火球が降り注いだ。城壁の外からの魔術攻撃だ。その無差別爆撃に為す術はなかった。
(も、もうだめだ……。)
そう諦め、覚悟を決めた瞬間。
「絶対城壁!」
突如。空に巨大な障壁が展開し、火球を全て防ぎ切った。
(な、何が!?)
ふと空を見上げると、そこにはまるで空中に立つように、人が浮いていた。その背中には蝙蝠のような翼、頭には山羊のような角が生えていた。
(ま、魔族? 新手? いや、俺たちを助けてくれたのか?)
俺たちが、状況が飲み込めず混乱していると。
「あなたたち兵士よね? ここは私に任せて、壁の中に入った魔物の対処と、住民の避難をお願い!」
そう言って年端も行かなそうな嬢ちゃんが俺たちに指示を飛ばしてきた。
「誰が魔族の言うことなど……!」
「わかった。」
俺は彼女の指示に従った。
「グレス隊長! 良いのですか?」
「今は戦力が一人でもほしい。例え魔族でも。それに、彼女なら信頼できそうだ……。」
俺は部下に指示を出した。魔族の討伐を嬢ちゃんに任せて逃げ遅れた住民の避難誘導を行った。
「すまん嬢ちゃん! あとは任せる!」
「ええ、任せなさい。あ。あとこれも連れて行きなさい。」
そう言って嬢ちゃんは何か魔術を唱え始めた。すると地面に魔法陣が展開され、そこから巨大なクマのぬいぐるみのような生物が飛び出した。しかも5体も!
「な、なんだこりゃ!?」
「キューちゃんよ。あたしの使い魔。今回は大サービスで5体! あんたたちの戦力と、非難の補助をしてくれる。きっと役に立つわ!」
キュ、キューちゃん? まあ見た目はアレだが確かに拳一発で魔族を粉砕してるし、瓦礫をどかして、中にいる人を助けている。今は人手不足。クマの手でも借りたい。
「何から何までありがとな! ところであんた名前は?」
「名前? そうね……。私の名前はクロエ・ロジーナ! 竜殺しの英雄にして、勇者マイの弟子よ!」
竜殺し? 英雄? ……なるほど。そいつは頼りになる!
東の城壁にて。
「暴風円斬!」
私は城壁に侵入した魔族の討伐に追われていた。ハンス様の命で、何とかして住民の避難をしようとしているが、正直厳しい。
ハンス様直属の近衛兵は、ハンス様直々に選んで作った組織。その一人一人が高い実力を持っている。
しかし、唯一の欠点は数が少ないこと。少数精鋭とはよく言ったものだが、この状況ではとにかく数が欲しい。
(この辺りの一般兵はほとんどやられてしまった。ハンス様と私で部隊を二手に分けたため、さらに人員が少なくなっている。避難と、撃破。どうやって両立する!)
そう私が考えを巡らせていると……。
「レイブン様! 後方より何者かが近づいて来ます!」
なに!? ここに来て新手が?
そう思い私が振り返ると、後方からものすごい勢いで魔族を蹴散らしながら走ってくる人影が見えた。
影は私たちの頭上を簡単に飛び越え、前方にいた魔族も蹴散らしていった。
(な、なんだぁ!?)
人? 魔族? いや、どちらにしてもめちゃくちゃな力だ!
「あ。あなたたち、兵士ですね。僕はマルクスです。訳あって、魔族の討伐のお手伝いをさせていただきます。」
彼は突然私たちの前に現れ、名乗り始めた。
マ、マルクス? そんな名前聞いたことが……。いや。この顔立ち見覚えがある。
「貴殿は、勇者マイが引き取った奴隷の少年か!?」
「え!? 僕を知ってるんですか?」
彼は驚いたように聞いて来たので私は自分の身分を話す。ハンス様直属の兵士であることと、ハンス様の指示でここに来たこと、そして勇者マイが君を引き取ると言った現場に立ち会ったことを。
「そ! そうだったんですね! 僕たちの救出に力を貸していただいてありがとうございます! そして、うちの先生がご迷惑をおかけして大変失礼いたしました!」
そう言って深々と頭を下げ始めた。さっきまで一騎当千の大立ち回りを演じた剣士と同一人物とは思えないほどの謙虚さ。
本当にあの女の弟子なのか? 人間ができすぎている。
「でも、そう言うことでしたらお詫びも兼ねてここは僕が引き受けます。その方があなたたちも動きやすいでしょう。」
彼はそう言って剣を構えなおす。確かに彼ほどの実力なら余裕だろう。私たちは避難に回した方が効率的だ。しかし。
「ここを守れとハンス様に命じられた。我々近衛兵の誰も残らないのはハンス様の命令に反する。何より、ハンス様の顔に泥を塗ることになる。私はここに残る。他の者は住民の避難に回れ!」
私は部下に指示を出し、住民の避難に当たらせた。
「マルクス殿。微力ながらお手伝いします。」
「いいえ。『烈風の騎士 レイブン』に助太刀していただけるのでしたら心強いです。」
マルクス殿はそう言ってくれた。実際は貴殿の方がよほど強いだろうに。
「ところで。マルクス殿は、二つ名はないのですか?」
強い魔術師や剣士には、二つ名が与えられる。
「二つ名? いえ、自分はまだ何も功績を立てていないので。あ。いや、ついさっき、竜殺しの称号をいただいたんでした。」
竜殺し? なるほど強いわけだ。
「是非その武勇伝も聞きたいですが。まずは目の前の敵を討ち果たしましょう。」
「ええ! そうですね!」
そして私たちは魔族の群れに特攻した。
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「爆ぜよ!」
私は目の前の魔族を次々蹴散らしていった。できれば大爆発で一気に終わらせたかったけど、家屋に被害が及ぶのは私としても心苦しいから。できる限り被害を出さずに倒した。
「炎岩断刀!」
ハンスも奮戦している。ハンスは火と岩、2つの属性の適性を持っている。炎と岩、二種類の属性を組み合わせた溶岩属性を使い、剣術を織り交ぜた魔術を使う。
「あんたがここまでやれるとは思わなかったわ。」
「うちの近衛兵は全員武闘派だからね! その上司である俺が貧弱なんて示しがつかない!」
こいつ、こういうところは真面目なのよね。普段からチャラチャラしていて周りから舐められがち……、と言うか舐められるように振る舞っている。でも根は真面目で、常に国のことを考え、部下を信頼してる。そう言うところがこいつの人望につながっているんだと思う。
「粗方倒したかな?」
周りを見渡すと、魔族はだいぶ居なくなっていた。
「そうね。あとは城壁の外にいる奴らを……。」
ドン!
突然地面が揺れた。
「うお! なんだ!?」
一定の間隔で地響きがする。そしてその音はどんどん大きくなる。これは……。
「あいつのせいね。」
「あいつ? って、はぁ!?」
ハンスは空を見上げ驚きの声を上げた。ハンスだけじゃない。王都にいる誰もが空を見上げ、絶句した。城壁の外。奴は悠々と歩いていた。身の丈40メートルは超えるであろう、一つ目の巨人が。
「一つ目巨人ね。」
「デカすぎる……。」
一つ目巨人。魔族の中で最大の巨躯を誇る魔族。王都から西にある大渓谷。その奥深くに住み着いている。あまりに巨体すぎるため、剣も、魔術も、兵器ですら止められず、奴の歩いたあとは更地に変わる。まさに歩く天災だ。
でもあいつらは本来大渓谷から出てこない。この『魔王特権』の効かない魔族の大軍勢と言い、一体誰が連れて来たのか?
「あんなのが来たら王都は壊滅だ……。」
「確かに。伝承では奴が歩いただけで国1つ破壊したという話もある。このまま進めば終わりね。」
「そんな悠長に構えてる場合か! この国であんな化け物を止められるのは君しかいないんだぞ!」
ハンスは珍しく声を上げる。あまりの事態に相当焦っているようね。
確かに、私ならあいつを倒せるだろう。
「でも、それは私の仕事じゃない。」
瞬間。西の城壁と、東の城壁からそれぞれ人影が飛翔した。
マルクスと、クロエが新たに出現した巨大な敵を倒すため、突っ込んで行った。
「はぁああ! 核炎爆撃!」
先人を切ったのはクロエだ。渾身の一撃を放つ。今までに無い超巨大爆発。一つ目巨人の腹部に直撃。あまりの衝撃にその巨大な体が後ろに吹っ飛んでいく。
その後、飛翔したマルクスが、倒れかけ、斜めになっている一つ目巨人の体に着地。
「彼の炎帝に比べれば、あまりに小さい!」
その体を伝って頭部を目指す。一つ目巨人の胸部にたどり着いたマルクスは再び跳ぶ。そして剣を振りかぶり。
「その首! 貰ったぁああ!」
一つ目巨人の首を一刀両断した。
頭を落とされたその巨体はそのまま力なく倒れ込んだ。誰も空を見上げ、その大きさにが絶望した魔族一つ目巨人。それをたった二人の人間が、10秒と掛からずに討伐してしまった。
「ほんっと、強くなったわね。二人とも。」
この日のことを人々は語り続ける。地平線を埋め尽くすほどの魔族の軍勢、天をつくほどの巨人。悪夢のような光景に誰もが絶望した。
そこに、勇敢にも立ち向かった英雄たちがいた。一人はかつて、魔王を討伐した伝説の勇者。そしてその勇者に育てられた二人の英雄。彼らは人域を超えた力を持って、魔族たちを悉く打ち滅ぼし。王国に平和をもたらした。
彼らの最初の英雄譚だ。




