第四話 強襲
すっかり夜になった。街灯が無くても月明かりで案外周りがよく見える。部屋の中には小さな蝋燭が一本灯りとしてあった。あまり明るくすると目立ってしまう。
サメーラさんは「ドラガドール」という生物の採取が目的でここまで来たらしい。
ドラガドールは、言ってしまえば小さいドラゴンらしい。造形は本来のドラゴンよりは丸みを帯びていて鱗も硬いわけではない。全長15cmほど。怒ると炎を吐くが、少し火傷する程度ですむし、首根っこを掴めばこちらの勝ちだ。かなり弱い。
そんな生物だが、ドラゴンではある。通常のドラゴンは、各個体が非常に強力で並大抵の実力では束になってかかっても歯が立たない。だから罠や簡易的な兵器を使ってなんとか倒すのだが、これが本当に面倒臭いしお金もかかる。それでも挑む者は少なくない。
なぜかと言うと、ドラゴンの肉体は非常に高額で売買されるのだ。身体のどれもが上質で、何にでも使える。一個体で合計数千万レイルに相当する。
レイルというのはこの世界の通貨単位で、円に換算してもさほど価値は変わっていなさそうだった。
ドラゴンの身体の売買で代表的なのが、血だ。血は最も多くの使われ方をする。
一定量を飲めば不老不死になれるという噂を信じた富豪が毎日欠かさず龍血を接種したり、宗教団体の聖なる儀式のお供として使われたりする。魔法陣の描写や実験、研究にもしばしば役立つ。ちなみに不老不死になれた人はいまだにいないらしい。
それで目をつけられたのがドラガドールだ。鱗や翼は脆いのでとても売りに出せる品物ではないが、血ならドラゴンと同じ金額で売れるのではないかと。
ドレータ共和国はサメーラさんにそれに関する研究を依頼した。という経緯だそうだ。
しかし私の保護とあの死体の原因への警戒でそれどころではなくなってしまったらしい。一度国に引き返して報告するのが最優先で、明日には出発だ。
確かに悲惨な光景だったが、国からの依頼を保留してまでも報告することなのだろうかと、素人目の私は思った。珍しいことじゃないとも言っていたし。
聞いてみると、
「拠点で死体があるのは結構嫌なことなんだよねぇ。そこに行けば食料があるって覚えちゃう魔物が出てきてしまったら、これからも被害が拡大しちゃうから早めに対処しないとなのぉ。」
死体も食料としては十分。だから埋めたらしい。
「今日はもう寝よっかぁ。明日はなるべく早くここを出よう。」
サメーラさんは寝袋を荷物の中から取り出し、開いて掛け布団にした。蝋燭の火を消し、就寝の準備をする。
「床硬いねぇごめんねぇ。」
「いや、全然大丈夫です。サメーラさんが謝ることでもないですし。」
「あはぁそれもそうだねぇ。アカネちゃんはいい子だねぇ。」
誰かと掛け布団を共にして一緒にに寝るなんていつぶりだろうか。気恥ずかしさもあった。
暗くなると、昼間に見た光景がまた頭と中に浮かんできた。内臓や骨が剥き出しなのも怖かったが、1番はあの悲痛な表情だった。最後に何を思ったのだろう。自分もいつかああなってしまう日が来るかもしれない。そう考えると、体が震えた。吐息も荒くなり、汗も出た。胸も少し痛い。いつまで経っても寝られそうにないなも思っていると、ギュッと背中から抱きしめられた。
「大丈夫だよ、アカネちゃん。ワタシが守るから。心配しないで。絶対に大丈夫だから。」
サメーラさんの体温が全身に伝わってくる。温かくて優しくて、ずっとこうしていて欲しかった。そんな安心感に包まれ、私は眠った。
ゴトゴトと支度をする音が聞こえる。サメーラさんだ。寝袋以外の荷物をバッグの中に整理してしまっている。カムロも何か手伝っていた。体を起こす。
「あ、アカネちゃんおはよう。寝れた?今支度してるから、ちょっと待っててねぇ。出る準備だけしといてぇ。あ、でも荷物ないかぁ。」
髪の毛がボサボサだ。手で整えようとするがすぐに跳ねる。
「近くに池があるから後で行こっかぁ。ワタシもボサボサだぁ。
あ、カムロそれこっち。」
不器用ながらもせっせこ働くカムロは、もちろん顔はイカついのだがかわいく見えた。カムロを見ていると目が合い、カムロ少しはにかんで手を振ってくれた。
「え、えへ…」
私も手を振り返し、掛け布団を畳んでサメーラさんに返した。朝日が部屋の中入ってきて眩しい。あっちの世界では、朝日というのは憂鬱の始まりを示すものであったが、こっちでは一日の始まりを示すものに感じた。これだ。こういうのだ。
「じゃあ行こっかぁ。インキュベート、カモラスタ。」
サメーラさんは外に出てカモラスタを出した。召喚というほど神秘的な絵面でもないのでなんて言ったらいいのか迷う。2人でカモラスタに乗って池まで行った。カムロは万が一のためにすぐに戦闘に移れるように歩かされていた。
池の水で初めてこっちの世界での自分を見たが、何も変わっていなかった。相変わらずのジト目で、髪は肩くらい。オシャレなんかしたことない。
顔を洗い、髪を整えた。カモラスタに戻ろうと思うと、サメーラさんが後ろを向いて急に切羽詰まった表情をしていた。灰色と紫色の横縞模様の球を持っている。どうかしたのか聞こうとしたその瞬間、
「インキュベート、ゲルゲレっ!」
振り向くと、妖怪ぬりかべのような生物があっちを向いて立っている。カムロが全速力で走っているのが見えたが、ゲルゲレで見えなくなった。
「最大硬化!面積増幅!」
ゲルゲレの体には金属のようなツヤが入り、大きくなった。そしてサメーラさんの大きな声に私は少し驚いた。
「アカネちゃん。すぐに逃げるよ。無理だろうけど怖がらないで。」
サメーラさんが言い終わる前に、ゲルゲレから強烈な、金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。チェーンソーで鉄を切断しているときのような火花が見える。
刹那、魔物が左に吹っ飛んだ。カムロが殴ったのだ。ゲルゲレで見えなかった姿が見えた。
見た目はシンプルで、人型。騎士の甲冑を全て黒塗りにし、鈍器で何回も叩いてボコボコにしたような見た目だった。筋肉が筋張っていて、後頭部から斜め後ろに40cmくらいの角のような突起がある。身長は2mくらい。胸板が厚い。
右手がドリルのような形状になっていた。先の攻撃はこれによるものに間違いない。
カムロは高く跳び、仰向けに倒れている魔物に渾身のドロップキックをした。魔物の頭部が地面にめり込み、土が散乱した。魔物は右腕だけを上に動かし、ドリルをカムロヘ向けた。腕は紐の集まりのようで、手の部分のドリルが回転する。
私には見えない速さで魔物はドリルでカムロを刺そうとしたが、カムロは間一髪で仰け反った。ドリルはカムロの胸部分を削り、そのまま直進して木に衝突した。
木には乱暴な形の穴が空き、木屑が散る。カムロは紐状の腕を両手で掴むと、手の内側から赤く光を放った。蒸気が出ており、刀鍛冶が制作中の刀みたいだ。カムロは紐状の腕を二つに引きちぎり、地面に投げつけると、魔物に馬乗りになって顔面を連続で殴り続けた。見た目通り、こちらも刀鍛冶が刀を叩く音のようだった。土煙の中から火花が溢れてくる。
「インキュベート、ゼルドロス!アカネちゃん、今のうち、乗って!」
白銀の鳥。全長3mほど。
「あ、はいっ!」
私がゼルドロスに乗ったのを確認すると、サメーラさんはゲルゲレを元に戻した。ゼルドロスは翼を豪快に羽ばたかせ、飛んだ。私は下を見た。
激しい金属音は止んでいた。土煙が風で消えていき、状況がハッキリと見えた。
倒れたカムロの体と、カムロの生首を左手で持ち立っている魔物。こちらの方を向いててカムロの生首を自慢げに見せつけてきた。
言葉が出なかった。そんな。カムロが、なんで。あれ、何。誰。
魔物は右手を再生し、ドリルを回転させ、こちらを狙う。射程はわからないが届くと判断して狙っているはずだ。命中させられたらまずい。
もうドリルが発射される、その瞬間。
隠れていたカモラスタが飛び出し、後ろから魔物に覆い被さった。必死に魔物に纏わりつき、暴れていた。しかし、カモラスタの全身から黒い棘が血とともに生えてきた。カモラスタは力尽き、白いはらを上にして、動かなくなった。
魔物は何もする事なく、ただじっとこちらをみ続けていた。
「サ、サメーラ…さん、あれって、一体、、、」
「いやぁ、面倒なのがいるねぇ…。でももう大丈夫。狙ってこない。射程圏内から逃れたんだよ。」
サメーラさんの声は怒りで震えていた。目に涙を溜めながらも、前だけを向いて、歯を食いしばっていた。
コメント、評価等よらしくお願いします( ◠‿◠ )