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第一話 バイバイこの世

 全方向からカツカツとシャーペンを走らせる音が聞こえる。他にも、紙をめくる音や消しゴムを擦らせる音。風邪気味の人が鼻をすする音。先生の足音。

 それらが私の胴体を貫き、心臓を圧迫させる。同時に息も詰まり苦しくなる。口の中に溜まった苦い唾を飲み込んで、もう一度小テストを眺める。

 うん、わからん。全く勉強をせずに挑んだので当たり前だった。二週間に一回開催される、各教科の復讐問題。今日は数学だった。公式すらまともに覚えきれてないので、超基礎問題はなんとなく解いてみたが、文章題や応用は何一つできなかった。穴埋め問題は全て「5」と書いておいた。


 夏休みが終わってしまい、週五で八時間拘束される地獄の日々が再開してもう二週間。もう心はすでに泥沼の底に沈んでいた。何に対してもやる気はわかず、しかし腹は減るのでご飯を食べ、眠くなるので部屋で寝る。生きているというより死んでいないという生活だ。


 いっそのこと誰かスナイパーライフルで登校中の私の頭を撃ち抜いてくれないかと心の中で願いもしたが、お金を払ってまで私を殺したい人間などいるはずもなく(そもそも私は誰からも興味を抱かれず)、今日もまた心臓を鳴らしている。


 あぁ、死にたいな。生きるの嫌だな。でも怖いな。宇宙人でも隕石でも、地底人でも巨大地震でもいいから私の生活を変えて欲しい。世界が終末に導かれ、物語に出てくるような、魔法や特殊能力、超古代技術などを駆使してなんとか生き残る。そんな人生がいい。

 まあ、無理なんだけど。


 そんなくだらないことを考えているうちにタイマーが鳴った。朝のアラームを思い出して苛々する。

「はい、後ろから前に送ってー。」

 先生の指示に従ってみんな行動し始める。私がほとんど何も書かれていない答案用紙を前に送りると、前の男子が私の答案を凝視してから前に送ったので取り返してグシャグシャにしたくなった。


 気を紛らわすように時計を見た。10分しかたったおらず、ガッカリした。まだ40分あるのか。気が遠い。そしてまだ一時間目。これから英語、体育、古典を乗り越え昼食をとり、物理で血反吐を吐いて国語で打ちのめされながらもなんとか耐え抜いてソッコーで家に帰る。早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい。

 まあ、願っても意味無いんだけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 4時間目が終わり、昼休みになった。自分の机の上に弁当を広げていると、


「アッカネー!食べよ。」


勢いよくサキがこちらへ向かってくる。声のデカさに最初は皆迷惑そうにしていたが、もうすっかり慣れたらしい。


 サキは私によく話しかけてくる。私から話しかけることはほとんどない。どうしてなのか、本当にわからない。先生に暗いやつの相手をしてくれと頼まれてもいるのだろうか。流石にないか。


「うん。」


 私は小さく返した。サキのことは嫌いじゃない。時々、共感性羞恥を煽ってくることもあるが、普段はよく笑う、純粋な子だ。笑うと尖った犬歯が見えるのもちょっと可愛い。ポニーテールの髪は甘い香りがして、思わず近くによりたくなってしまう。まん丸な間は悩みなんか何一つないようで羨ましい。顔も可愛く、どうして私なんかと一緒にいるのか、本当に不思議で申し訳なくなるほどだ。


「ねーねーアカネ聞いて。あのね、昨日ね、ファーシグやってたの。で、一週間モンスター倒したり宝石取ったりしてガチャ石3000個貯めたやつを、全部使ったの。そしたらさ、」


 ファーストシグナル、略してファーシグ。流行ってると言われれば微妙なラインだが、界隈では人気らしい。私はゲームにあまり興味はなかったが、サキに勧められたので買った。

 魔法の世界を旅するオープンワールドのゲームで、自由度の高さや多種多様なモンスターや装備が特長だそうだ。

 私も何となくやってはいたが、楽しさよりも憧れを強く感じた。


 私もこんな、魔法の世界で生きたいな。勉強なんかしなくてよくて、ひたすら旅して、綺麗な景色見て、たまには白熱したバトルを繰り広げて、自由気ままな人生を送れたらな。

 そんな思いをずっと抱いてプレイしていると、だんだん心が辛くなってきたので最近はあまりやっていない。サキがパーティに招待してきたら参加するくらいだ。

 ちなみにガチャ石3000個は20連だ。


「見てこれ!SSR5個も出たの!やばくない!?ほら、これとか氷属性強化80%だよ!ほぼ2倍じゃん!あとねえ、これもほら」


 しばらくアイテム紹介が続いた。運いいなとは思ったものの羨ましくも何ともない。わあ、つよそれぇ。と少し口を大きく開けて返事をしていた。でも、ヤバっとか、つよっくらいしか言葉が中々浮かんでこなかったので興味がないと悟られていないか心配だった。

 しかしどうやらそれは杞憂だったらしい。サキはいつもと何も変わらない様子でまた話す。サキは邪心なんか何一つないみたいだ。


「あ、そういえば数学の復習テストどうだった?私全然できなかったぁ。一応全部うめれはしたんだけどさぁ、合ってるか超不安…。アカネは?」


私は数学という単語が出た時点で、胸が重くなった。勉強の話か…。昼休みまで。


「え、あぁ、私も全然出来なかった。やっぱり苦手だなぁ、数学。」


「いやホントそれね!ワタシもマジで苦手。文章何言ってんのかよくわかんないもん。」


 そんなことない。私は心の中で愚痴を吐く。サキは勉強ができる。クラスで5番目くらいではなかろうか。しかしサキはまるでそれを隠すかのような顔をしている。どうせなら頭悪くて欲しかった。あぁ、私はなんて最低な人間なのだろう。


 チャイムが鳴った。机の動く音が教室中に響く。また、始まってしまうのか。


 授業中は基本的に机に落書きをしている。下手くそたが暇つぶしにはなる。問題演習はどうせわからないのでやらない。しかし出席番号順に当てられていくので、どう足掻いても32回に1回は当たる。トイレに行って自分の番が過ぎるまで待つこともあるが、やりすぎると怪しまれるので今日はそのまま座っていた。


「じゃあこれ豊崎。」


来た。


「あぁ、ええと①の式を解いて、でその次にええと」


前の人が解いていたのを形だけ真似してみたが違うらしい。先生の眉間にシワが寄っていく。私はだいたいいつもこうだ。先生が呆れて、あとは足し算するだけのところまでやってくれるので私はそれを解く。みっともなすぎる。というかこんな計算将来どんな場面で使うんだ?


 6時間目が終わった。帰りのショートルームが終わると1番に教室を出て、イヤホンをつけて駅に向かう。サキは部活だ。


 明日もまた、これが続く。自分の出来の悪さを徹底的に教えられながら、毎日を過ごす。明日は数学の再テスト、体育の補習、掃除当番、単語テスト、情報の授業の発表、はあ、やりたくない。面倒臭い。それに明日だけじゃない。こらからもずっと続いていく。もう何もしたくない。どうして私がこんなこと。



 家に着いた。自分でもわかる。目が死んでいるだろう。両親はまだ帰ってきていない。私は帰宅中、決心した。今日死のう。別にいきなり決めたというわけではなかった。何年も前から、自分が何のために生きているのかわからず、嫌なことからは逃げ続け後回しにし、後悔する。それをずっと繰り返してきた。何回も死んでしまいたいと思っていた。でもそんな勇気も行動力もなく、死なずに動いていた。


 でも今日は何か違う。勇気がある。この世界から解放されて、自由になる未来が見える。死後がどうなってるかなど知らない。しかし、天国でも地獄でも、無でもいい。ここから出られれば。


 私は包丁を取り出し自分の部屋に持って行った。ルーズリーフにシャーペンで遺書を書いた。内容は両親への感謝と謝罪。誰にでも思いつくような文章で、遺書の例としてされていそうな典型的なものだった。


 制服とブラジャーを脱ぎ、床に捨てた。自殺といえば首吊りだと思うが、部屋だとできないと思い、包丁で自分の胸を刺すことにした。全力でやればいけるだろう。


 平たい胸に、包丁を突きつける。冷たい。そして、思っていたより痛そうだ。でも、これでもう何もしなくていい。少し苦痛に耐えれば解放される。汗が体全身から噴き出る。息も荒くなり、手が震える。


 包丁を胸から前にセットして、狙いを定めた。震える手に渾身の力を込めて自分の胸へと突き刺した。

 痛い、というより熱かった。血が垂れていく。包丁は肋骨を避けてきちんと心臓に達してくれたそうだ。涙が溢れてくる。どうしてかとても悲しくなった。数少ないはずの楽しかった思い出が蘇ってくる。お母さんと一緒に行った動物園。お父さんとした釣り。私は床に倒れた。血と涙で体が濡れる。涙は止まらない。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


自然とそんな台詞が出てきた。大切に育てたのに、くだらない理由で自殺。両親はどう思うだろうか。

 両親への謝罪の気持ちからだんだんと死への恐怖に変わっていた。怖い。怖い。あれだけ望んでいたのにどうして今更。生存本能なのか。自分を慰めるように、


(大丈夫…大丈夫…大丈夫…)


心の中でつぶやいた。何が大丈夫なのか。意識が薄れていき、寒くなってきた。視界がぼやけ真っ暗になる。

 


いかがだっでしょうか。まだ一話ですがよかったらコメント、評価等よろしくお願いします(╹◡╹)

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