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月曜日に待っています

作者: なをゆき

 月曜日の朝、今朝もあの娘はこの川岸で見かけた。

 彼女は俺を見つけると「おはようございます」と元気に挨拶をしてくれる。


 佐藤は都心に勤務する40過ぎたおっさんサラリーマンだ。勤務先の最寄り駅から会社に向かう途中、街中を流れる川を眺めながら歩いていく。川といってもコンクリートに固められたいわば水路みたいなものだ。

 いつも見られるカルガモやコサギを眺めながら

「お前らはのんびりしていていいなあ」と思っていた。

 通学中の小学生が「ペンギンがいるよ~」と大騒ぎして友達を呼んでいる。あれはゴイサギという別の鳥だ。


 川べりに植えられた桜並木はもう少しすれば咲きだす。電気工事の業者だろうか、桜にイルミネーションの準備をしている。桜が咲くころ「桜まつり」で盛り上がることだろう。


 佐藤はいつも通りに出勤中、川の手すりから身を乗り出すように川の中を覗き込む女性がいた。20代くらいの若い女性だ。


 つい

「あぶないよ」と声をかけた

「はい。でも、あれ」

 女性は指を指す。「チィーッ」と鳴く碧い鳥が見えた。カワセミだった。

「ほう、カワセミですね」


 佐藤もこのような自然といえるものがないようなところでカワセミという鳥が見られたのが意外だった。

 都会のコンクリートに固められた川なんかみんな見向きもしない。せいぜい年に一度川岸の桜並木を見物する人たちをテレビ局がこぞって取材に来る程度か。いや、夏ごろになるとボラの稚魚が群れをなして川をのぼった、とか川に大量の魚が浮いているとかいうニュースも時々きかれるっけ。

 自然、というにはほど遠い環境に見えてもそこには「自然」はあるのだ。


カワセミなんて鳥はきれいな川のまわりに棲み、水の中に飛び込んで川の小魚をとらえるというイメージしかない。意外にもこんなところにいるのか。


 昼休みにもあの川にカワセミを見に行ってみた。カワセミは2羽いた。雄雌の番だろうか。「チィーッ」「チィーッ」とお互いが鳴きあう声がコンクリートの川岸に響く。

 すると、朝の女性も川べりにきて私に並んだ。

 「朝はどうも」

 お互い同じような挨拶でかぶってしまってちょっと笑ってしまった。


「佐藤さん、ですよね。私、澤井っていいます。同じ会社ですね。」

佐藤の胸元には社員証がぶら下がっている。

「あ、私、佐藤です。あれ?同じ会社?」

そうです、澤井と書いた社員カードを胸ポケットから出して見せてくれた。


「カワセミ、綺麗でかわいいですよね」

澤井という女性は勝手にしゃべり始めた。

「カワセミってヒスイって書くじゃないですか、翡翠。私も翠ってかいて「みどり」っていうんです。それを知った時、なんだか親近感わいちゃって。それが、自分の会社のすぐそばで見られるのがとてもうれしいんです」

にこにこ楽しそうにしゃべる姿はとても元気そうでなんだか好感が持てる。

 いい娘だなあ、と思って話し込んでいたらと昼休みの時間のが終わりそうだった。


 自席に戻ろうとすると同僚の中井から声をかけられた。

「なあ佐藤、翠ちゃんと昼休みに何話してたんだよ。外の川べりで会ってたろう」少々ニヤついた下世話な顔をして聞いてくる。

「翠ちゃん?ああ、あの子。大した話じゃないよ」

「澤井翠ちゃん。かわいいだろ。けっこう『狙ってる』奴らも多いんだぜ」

「ふうん」

「ダメだぜ、不倫は。奥さんいるんだろう」ハハハと笑いながら中井は彼の自席に戻っていった。

そんなんじゃないんだけどな。


 次の朝、佐藤の出勤時にも翠は川べりでカワセミを見ていた。

「おはよう。いるかい」

「いますよぉ。ほら、あの排水用の穴の中に入ってくんです。あれが巣なんですね」

「ああ、本当だ。あれが巣なんだね」

 都会っ子らしいカワセミはコンクリートに固められている川岸でも排水用の穴を上手に使って巣にしているようだ。巣の中に入っては出てきて川に飛び込んで川に沿って水面ギリギリでどこかへ飛んでいく。

「私、カワセミが気になっちゃって1時間も前から見に来てるんですよ」

「ええっ、1時間も?」と驚いて見せると

 翠はいたずらっ子ぽい顔で

「そういう佐藤さんも、今日はいつもより30分早い」


 自然と二人で「カワセミ同好会」ができてしまった。連絡用にと、翠から私の電話番号をきいてきて教えたら彼女の私用電話番号とLINEを教えてくれた。

 間もなくLINEが翠から飛んで来るようになった。LINEなんか普段友人や妻などとも使わないので使い方にちょっと戸惑ってしまう。

 

 佐藤にとって出勤日の朝はカワセミと翠に会えないとなんだか調子が狂うし何かとは言えないが物足りないような感じになってしまった。

 それだけ日常の朝が「楽しみ」の一つになってしまっていた。


 初夏の陽気の日曜日の午後。

 佐藤は「今年の梅雨入りは……」というなんだか鬱陶しいような話題のテレビを見るでもなくソファの上に寝転がり先週残した仕事の段取りが気になってしまい余計に気持ちが落ち込みそうになっていた。

 スマホが振動して飛び起きてしまった。


 碧から佐藤のスマホにLINEがきた。なにかと思ったら「カワセミの子どもが巣から4羽もでてきましたよ!」というものだった。翠は休日出勤で会社に出たのだが、途中でカワセミの幼鳥が巣からでてきた姿を発見したらしい。


佐藤はLINEに返事をした。

「情報ありがとう。カワセミが見られるのを楽しみにしてます」


間髪を入れずに返事が返ってくる。

「明日は早めにいつもの場所で待ってます」

「私も、明日会えるのを楽しみにしています」


佐藤はソファから立ち上がりうんと伸びをした。

…………


 今日は月曜日。朝、早めに家をでた。きっと翠ちゃんはいつもの川べりの観察場所にいるだろう。

 そしてカワセミたちの行動を観察しながら他愛のない話をする。

 こうして私は翠ちゃんとカワセミの姿に今週一週間頑張れるパワーをもらうのだ。


 「あっ、もうこんな時間。佐藤さん、遅れちゃうよ!」

これもいつもの会話のうち。


 そして今日も翠ちゃんと私は会社に遅れないように走っていくのだった。

明日は月曜日。皆さんにもいいことがありますように。

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