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白の神、黒の魔物  作者: ながる
傀儡の章

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6-2 試験日

 試験前日の午後に中央入りして、レンドールは士庁舎に足を運んだ。『()』の試験の時ほどではないにしても、警備に『士』は配置される。士長も当然中央(ここ)にいるはずだった。

 忙しいのは承知していたので、どこか休憩の時間を少し一緒できないかと受付で交渉してもらった。

 小さなロビーで気長に待って、士長がやってきたのはちょうど小腹が空いてくる時間だった。


「貴重な休憩時間まで圧迫してくれるな」


 少々疲れた声でそう言いながら、士長はレンドールを促す。連れて行かれたのは近所の小さな定食屋だった。

 レンドールは茶を一杯頼んだだけだったけれど、士長は肉の山盛りになったセットを前に「で?」とレンドールに片方だけの鋭い目を向ける。


「今、昼っすか?」

「気が付いたらな。まあ、これでも最近はお前らがおとなしくしててくれているからまだいい方だ。面倒ごとじゃないだろうな?」

「……たぶん? 士長、まだラーロ、様、と連絡取れますよね?」


 士長は口に運ぶ手を止めて、訝し気にレンドールを見る。


「まあ、仕事の範疇ならば」

「ちょっと、話したいことあるんすけど、向こうから来るのいつになるかわかんねーし、直接行ってもバカみたいな時間取られそうなんで、士長から今回の試験の間に連絡してくれって言ってもらえないかと思って」


 士長は目を点にして、やがて呆れたように息を吐きだした。


「……おまえ……連絡事項は正規ルートですればいいだろ。そんな、呼びつけるような」

「正規ルートで話せないから頼んでるんすよ……資格証発行まではこっちにいるんで、今日明日とはいいませんので」

「面倒ごとはやめてくれと、あれほど……」


 苦い顔をする士長に、レンドールは肩をすくめて見せた。


「『行く』と言ったのはあっちだし、いつも一方的なのもあちらですよ。俺にも連絡手段があるのなら、そうするんですけど」


 だからこのくらいは許されていいと、レンドールは思う。


「警備のこととか報告するときにちょっと付け足してもらえればいいんで」

「そんな個人的な要求、無視されても当然だぞ」

「でしょうね。だから、安全省の方には行きにくくて……彼の耳に入ればたぶんなんとかなるんで、お願いします」


 テーブルに手をついて頭を下げるレンドールに、士長はもう一度息を吐く。


「……お前、ラーロ様と個人的なやり取りがあるのか? 中央にめったに足を運ばないくせに。そのくせ、連絡手段が無いだと? 訳がわからん」

「俺も関わりたいわけじゃないんですけど……」


 士長は見えている方の眉を上げて、しばし口を閉じてから、肉をつつくことを再開した。


「なんだかわからんが、そういえばラーロ様はお前を買っているようだったな。大蛇の件もあっさり片付けたようだし……こんなことがそうそう通ると思われても困るが、それなりの理由もありそうだ。期待はするなよ?」

「ありがてぇ!」


 ほっと、茶に手を伸ばしたレンドールを士長は苦笑しながら見ていた。


「試験の間ってことは、薬草取扱者(やくとり)を受けるのか?」

「俺じゃないっすよ。知り合いが。訳あって、ちょっと面倒見てるんで」

「……ふぅん」

「それより、魔化獣(まかじゅう)や害獣増えてるとか聞くんすけど、こっちでも把握してんですか?」


 下手な探りを入れられる前に、レンドールは話題を変える。それも、確かめたかったことの一つだ。


「増えてるかと言われれば、増えてはいるな。まあ、こっちの感覚としては、魔物騒動以前に戻ってきてるって感じだが」

「やっぱ、その程度だよな。大きい討伐案件あったら教えてくれ……くださいよ。なるべく行きてぇ」

「いいが……なら、マメに居所登録しておけよ。鳥も飛ばせねえ」


 恨みがましく目を細める士長に藪蛇だったかと頭を掻いて、レンドールは頷いた。


「気を付けます」



 ◇ ◇ ◇



 薬草取扱者の試験は午前中に筆記、休憩を挟んで午後に実技というスケジュールで行われる。自分の番号が書かれた机を見つけて、エストはほっと息をついた。

 広い空間に等間隔で並べられた机には、すでにちらほらと着席している人がいる。エストも早めには出てきたのだけれど、彼らの参考書を見つめる険しい視線に申し訳なさがこみあげてきた。


 レンドールが資格の話を持ち出したとき、エストは特に必要性を感じなかった。

 薬草を採取して納品する依頼は多い。エラリオともそういう依頼で細々と生活を成り立たせていた。もちろん、時には害獣駆除のまとまった金が手に入る依頼もエラリオは受けていた。医師のいない辺境で、煎じた薬草は確かに感謝されてきたけれど。


(ちゃんと勉強したことがないのよね……)


 書物は安いものではない。移動して歩くエストたちには荷物にもなる。だから、エラリオの持つ何種類かの処方箋のメモと、記憶を頼りに試行錯誤してきただけで。


(それが正解なのかもわからない……)


 エラリオは、知っていたと思うのだけど、彼も本質は剣士で、青の瞳があるから色々を見定められていたように彼女は思う。

 レンドールが買ってくれた薬学書は、医師やもう資格を持っている人が使うような専門書で、基礎的なことは飛ばされている。受かることを疑ってもいないんだなとわかるのだけれど、けして安くないそれをポンと与えられて、受からなかったときにはだいぶ気まずい。

 レンドールが言うように、諸経費は後で返せばいいのだろうけど……


 ほぅ、と緊張とはまた違う息を吐いて、エストは試験とは関係ないことを考える。

 レンドールには護国士の仕事があって、そのついでにエラリオを追っている。定住のない彼が今までどうしてきたのかは定かではないが、節約のため『士』の宿舎や施設を利用してきたのかもしれない。

 エストとしては、きちんと一緒に行って二人の怪我や体調を見ておきたいのだが、レンドールとの行動は、エラリオとの暮らしのようにはいかないのも事実。

 初めのころの勢いで「アンタは野宿でもしてればいいじゃない!」とは、口に出しにくくもなっている。

 かといって、同じ部屋でいいと言い切ってしまうこともできない。それにはまた別の覚悟がいるのだ。

 レンドールの、奥底に隠しているかもしれない本心を知る覚悟が。


 恨んでいると、嫌いだとさんざん告げた自分と一緒に暮らすのは、彼も苦痛だろう。だから、彼がエストにきちんと自立できる提案をすることも当然だし、惜しげなく援助してくれることも、ありがたい。

 頭では理解したし、むしろ歓迎すべきところなのに。

 三人での一夜があまりにも穏やかだったからなのか――突き放された気がして、それが寂しい気がして……そんなこと、口にはできなくて。

 勉強しているふりはしていたけれど、身が入っていたとはとても言えない。それも、不安の一つだった。


 そうこうしているうちに試験官がやってくる。

 配られた用紙に、エストもどうにか意識を切り替えた。


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