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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-18 新たな旅立ち

 まだ夜は浅く、夜行性の鳥が低く鳴く声がしていた。

 薄く雲のかかる空には、星が見えたり隠れたりしている。

 小屋から漏れる明かりが届かなくなる辺りまで歩いて、レンドールは適当に腰を下ろした。

 隣にエラリオもやってくる。


「もう一戦やるか?」

「まだ痛みが残ってるからやだよ。これ以上やられたら逆効果だ」

「それ」


 レンドールはエラリオに指を突き付ける。


「どういうことだよ? お前、前回もわざと力に溺れてるフリしてたろ」

「あれ。バレてた?」

「とどめ刺しにこねーんだもん。エストを試してたな?」

「あのくらいだと、ちょっと気持ちいいんだよね。全能感みたいなのある。でも、コントロール下におけるのは、あのくらいが限度かな……」

「弱気は受け付けねーぞ? 何とかしやがれ」

「無茶言うなぁ」


 で? と、レンドールが視線を投げる。


「……俺、エストを甘やかした自覚は結構あってさ。エストは俺のこと大好きだろ?」

「なんで俺に確認するんだよ。まあ、どう見てもそうじゃん」

「この瞳はエストのもので、エストを生かすためにその力を貸してた。そして、それは取り換えた今でも変わらない。エストを保護していた俺が、彼女を斬ろうとした悪者に殺されそうになったら――」

「……っ。まさか」

「そうなんだ。彼女自身の命の危機には当然だけど、彼女を守ってきた俺がどうにかなりそうになったときも、その力は溢れてしまう。でも、それは彼女にはコントロールできることではなくて。力が溢れても俺も彼女もそれを自由に使うことはできないから、身の内で留められないなら外にも影響が出る。徐々に増えるならやりようはあっても、急に増えられるとやっぱり負担は大きくて」

「さっき戻った時に、急に倒れそうになったのも……」

「そういうこと。だから前回は意地でも負けられなかった。あの状態でそれをくらったら、自分を保っていられないかもしれなかったから」


 レンドールはしばし口を閉じて、自分のつま先を睨みつけていた。


「……なんでそんな賭けみたいなことしたんだよ」

「エストに壊れた俺を想像してほしかったから。レンが俺を止めようとするのは最後の最後、他にどうしようもなくなった時だろ。それなのに、それを見てレンだけじゃなく世界をも壊してしまったら、意味がなくなってしまう」

「世界を、壊す……」

「そのくらいみたいだ。だから、まず君という人を知ってもらって、守るだけじゃない壊す力も見せて、少しでも迷いを持ってほしかった」

「……あー……どうかな。あんまり、うまくいってる気がしねぇ」

「あは。そんな短期間での期待はしてないよ。でも、上々だと思う」

「そうかな……」

「うん。まだ世界は壊れてないだろ」


 レンドールはそう言われて空を見上げた。雲の隙間に明るい星がちかちかと瞬いている。


「アイツさ、黒の瞳を欲しがってた。どうにかして瞳だけアイツに渡しちまったら、丸く収まらねーかな」

「俺もね、自分で取り出して渓谷に捨てちゃったらって思うこともあったんだけど、そうして見えなくなったらエストを守ることができなくなるからさ。できなかった。今、レンに彼女を託して、じゃあって思っても、レンが見た通り、これはそこに根を張ったみたいだ。彼女の守りとして利用しようとしてるのかもしれない。だったら、無理に取り出そうとするのも危険行為だ。それに、彼はその力を何に使うのかな」

「……だよな。俺もそこはなんとなく信用ならないんだ。結局……」

「うん。変わらないね。でも少し希望が持てたよ。じじいになるまで、こうしていられるかもって」

「なげーな!」

「そうかな。すぐだよ」


 お互い少し笑って、同じように一息吐き出す。


「エストには言いにくい話だな。お前を思う気持ちが、お前を追い詰める……」

「話しても、どうにかなる話じゃないからね。だから、慣れてもらうしかないかなって」

「慣れたくねーだろ」

「仕方ないよ。もう止められない」


 そこに熱があるように、エラリオはそっと胃のあたりに手を添えた。


「仕方ねーなぁ。じじいになるまで付き合うか。それまでに、エストが恨むなら俺一人分で済むようにすればいいんだろ」


 それくらいなら、できるかもしれない。宣言通り、国に被害は及ばせないで済む。

 レンドールはそんなことを考えていた。

 エラリオは、不服そうな顔をする。


「レン、できれば同じ痛みを分かち合う同士としてでも、傍にいてやってほしいんだけど」

「それこそ無理難題だろ。別に、黒の瞳のことがなくなりゃ、いくらでも守ってくれる男は出てきそうだけど」

「…………」


 しばし呆れたようにレンドールを見ていたエラリオは、長めに息を吐くと、空に顔を向けた。


「うん。まあ……今は、どうなるとも言えないからね……」


 包帯の下の瞳が、星のわずかな光も感知しているのか不思議に思いながら、レンドールも同じ空に目を向ける。

 キラキラと闇の中でも見失わない道しるべのように瞬きを繰り返すそれは、流れる薄雲にじわりと隠されてゆくのだった。




 それから、エラリオのこの先の旅程を確認したり、ぽつぽつとレンドールのこれまでを話したり、朝までそうしてもいられたのだろうけれど、途中でレンドールは立ち上がった。


「エストのそばにいてやれよ。眠ってたって、わかるもんだぞ。俺は香を置きなおして辺りを確認してくる」


 エラリオはくすりと笑ったけれど「そうだね」とレンドールの言葉に従った。


「あんまり子供扱いすると怒るよ」

「? 子供扱いか? そうしたいと思ってるだろ?」

「思ってても我慢するのが大人だと思ってるんだよ」

「……めんどくせー。さんざん我慢してきたくせに、できるときにワガママ言わないでどうすんだよ」

「本人に言ってやってよ」

「言われたら言い返すけど、察するとか無理だ。俺はお前じゃねぇ」


 「そうだけど」とエラリオは苦笑した。


「じゃあ、言うけど、俺がいるからこの辺りに獣は近づいてこないよ。見回りなんてしなくていい」

「そうだってな。でも、そうでも安全を確認するのが俺の仕事だ」

「……そうか」


 エラリオは短く答えてレンドールの肩をぽんと叩くと、小屋へと戻り始めた。

 それ以上は声が震えそうだった。

 変わってしまったことを告げるのは本当は怖くて、しかしレンドールはもう知っているのだ。

 エラリオが現れると、弱い動物たちはいっとき怯えて逃げ出すことを。それが原因で里の方に向かうものもいるかもしれない。山が少し騒がしくなる。移動してしまえば、あるいは、好戦的になるまで居座れば、また落ち着くのだけど。

 そんな風に変わったのを知っていても、何ひとつ変わらない態度でそこにいる。

(それがどんなに嬉しいか……)


「……情けないな……」


 ドアの前で呟き、一度目元を抑えてから、エラリオはガタガタいうドアを開けた。


 次の朝、レンドールはエラリオに蹴り起こされる。

 北に進むルートを少しだけ一緒に進んで、名残惜しむエストに笑顔を残し、エラリオはまた一人山の奥へと去っていった。


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