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白の神、黒の魔物  作者: ながる
別れの章

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1-4 上方修正

 しばし呆然として、それからレンドールは頭を振った。

 数時間でも、ここから出られていたことの方がおかしいのだと。そのくらいの常識は持ち合わせていた。

 元のように着替えて、法衣は畳んで枕の下に突っ込んでおく。

 その法衣と手に持ったままの本が、夢でないことの証拠だった。

 タイトルも見ずに手に取ったので、改めて眺めてみる。ラーロが後でいいと言ったくらいだから、何か重要なものということもないはずで。めくってみれば、地図だった。


 古い地図だ。あまり正確でもなさそうな。中央に宮殿があり、その周囲に町が広がり、森と山と川が描かれている。点在する町の数は今よりずっと少なく、国を囲む渓谷の外は黒く塗りつぶされていた。

 先をめくってみる。地図に関する考証と、描かれた年代のことなどが書かれているようだった。斜めに目を通して、次のページに進む。

 次の見開きも地図だった。先のものよりは少し整って、縮尺が合ってきた感じがする。狩猟用なのか討伐用なのか、あちこちに動物らしき絵も描かれていた。渓谷の外には山が描かれていたが、単純なもので、正しいかどうかもわからない。


 レンドールは後ろの方を開いてみた。彼がよく見る地図よりも少しだけ古い地図が載っていた。祖父母の時代のもので間違いない。

 偶然とはいえ、文字ばかりのものよりは面白そうだ。そう思いながら最初のページに戻った時、食事を差し入れる小さなドアが音を立てた。


「ほら、メシ! 全く、おとなしくしてると思ってたのに……って、おい、それは何だ? いつの間に?」


 ドアを叩いて騒いだので、看守は食事の差し入れと共に小窓を覗いたようだ。顔を上げたレンドールは、その視線が本に注がれているのを見て、とっさに言い訳を口にした。


「あー……役人さんが、暇ならと置いてったんだが……」


 普通、そんなことが起こり得るのかは、この際考えないことにする。


「開いてみたら文字ばっかで、どうせなら女の裸がたくさん載ってるのが良かったと……つい、八つ当たりを」

「……おまえ、バカだなぁ」


 ゲラゲラと、看守は下品に笑った。


「護国司様が、そんな俗なこと思いつくわけないだろ。いかに神様に仕えるかのご教示本がいいとこじゃないのか?」

「そう……すね。睡眠薬より強力だ」


 レンドールは本を閉じ、差し入れられた食事に手を伸ばす。


「まあ、な。本を差し入れてもらえるくらいなら、もうしばらくで出られるだろうから、おとなしくしとけ。良かったな。その場で処分にならなくて」

「そうっすね」


 適当に相槌を打ったレンドールは、看守がその場を離れてから、その言葉の不穏さに気が付いた。

 ただの軽口だろうか。

 顔を上げても、もう小窓は閉じている。

 証言もした。嘘はついていない。処分されるとしたら、思いつくのは不敬罪くらい。

 レンドールは、湧き出るわずかな不安を不味いスープで腹の底に押しやった。



 ◇ ◇ ◇



 消灯の掛け声は早く、レンドールはおとなしく眠りについた。次の日にもたっぷり時間があると思ったからだ。

 朝の食事はパンが皿から飛び出すようなこともなかった。お偉いさんが話を聞いただけで帰ったのが、わずかな待遇の改善に繋がっているのかも。

 あのままあちらに残った彼のことを看守がどう思っているのか、レンドールは気になったが、特段騒ぎにもなっていないので、よくあることなのかもしれない。

 しっかりと朝食をお腹に入れてから、レンドールはベッドに座って昨日の続きを開いた。最近の地図と古い地図、行きつ戻りつして見比べてみる。

 渓谷の外側に町など書かれたものはないが、それでも近年のものには森や川が描かれている。護国司の能力で視たのか、『外者(そともの)』が協力したのか、少なくとも想像で描かれたものではなさそうだった。


 『外者』がどこからこの国に入ってきたのか、多くを語る者はいない。エラリオも「よく覚えていない」と言っていたのをレンドールは覚えている。彼は幼かったから本当に覚えていないのかもしれないけれど、おばさんはどうだったのだろう。

 地図上を指でたどりながら細かく見ても、断崖絶壁を下りられそうな場所はなかった。彼がもし、それを覚えていて、『外』に逃げようというのならあるいは……と思ったのだけど。

 小さく息をついて、目頭を指で揉んでいたレンドールの頭上から不意に声が降ってきた。


「彼の行きそうな場所がわかりましたか?」


 ぎょっとして顔を上げれば、フードを被ったローブ姿の人物が少し屈みこむようにしてレンドールを覗き込んでいた。

 白い刺繍のある布面に、ローブの内側には法衣。見覚えのあるそれと聞き覚えのある声だった。


「なっ……ん、……ラーロ……さん?」


 とってつけたような敬称に、彼は腰を伸ばして少し首を傾げた。


「おや。少しは殊勝な振る舞いをする気になりましたか?」


 その場で処分されかねない話を聞けば、多少は気を使うというもの。エラリオを追いかけるためならば、レンドールはラーロの靴だって舐めたかもしれない。


「これを取りにきたの……来たんですか? 少し待ってください。今、頭に叩き込んじゃうんで」


 後ろの方の最近の地図を開いたレンドールに、ラーロは僅かに笑いながらフードを外した。


「先に聞かせてもらいましょうか。あなたなら、彼はまずどこに向かうと思いますか?」


 陽に当たっても、その光を跳ね返しそうな白い指先がレンドールの視界に滑り込む。レンドールはその指先を邪魔だと跳ね除けるようにして、自分の指を地図に突き立てた。


「あいつと別れたのがここ。一番近い村はここだが、恐らく彼女はこの村の出だ。彼の着替えを貸したとして、ごまかせるもんじゃない。日暮れまでに辿り着けるのはこの範囲。でも、エラリオならもう少し夜道を進む」

「森の中は獣が出ますよ」

「進む。真夜中にならないくらいで着けそうなのは、こことここ。規模が大きそうなのはこっちだから、あいつなら、まずここに立ち寄る」

「宿を取ろうとすれば不審がられるのでは?」

「夜遅くなら、子供が寝てしまったからと外套にでもくるんで抱いていれば、誰も気にしない」


 ラーロは腕を組んでしばし黙った。


「我々の想定より少し外ですね」

「じゃあ、初動はエラリオの勝ちだ。ここからどっちに向かったのか……現地で買ったものとかわかれば、少し絞れるんだが」

「……ずいぶん誇らしげではありませんか。罪人に対して」


 レンドールはにやりと笑う。


「言ってるだろ。あいつは俺にしか追えない。俺が唯一負けたくない相手だ。こんな初っ端で躓かれてたまるかよ」

「そう言いますが、彼は筆記も実技も成績がずば抜けて良かったわけではありませんよ? 順位で言えばあなたより下でしたし、まだ上に何人も」

「全力でやったと思ってんの? ()()()()を計算してるに決まってるじゃん」

「……あなた、最初の年、落ちてますよね」

「エラリオがいないのに、受かってもな。下見、下見……っと、やべっ。今の、あいつに内緒な!」


 白い面の向こうから冷ややかな視線を感じて、レンドールははたと口を閉じる。少し調子に乗りすぎたかもしれない。


「彼の能力を上方修正します。ご協力、ありがとうございます」


 ラーロはレンドールの手の中の本を閉じ、そのまま抱え上げた。無造作に歩み寄ったドアは勝手に開き、綺麗に整頓された執務室が見える。


「ラーロっ……さん」


 監獄の廊下ではない場所に吸い込まれていく背中に、レンドールは思わず声をかけたが、ラーロが振り返ることはなく、ドアは元のようにぴったりと閉じたのだった。


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国の地図
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