うどんは好きだがそうじゃない
私はうどんが特別好きというわけではない。
もちろん嫌いなわけでもないし、普通に、人並みに、『おいしい。好き』程度の好き加減。
ラーメンとうどん、どっちを食べる? とくれば、体調が悪くない限りはラーメンを選ぶ程度の優先度。
おいしいと思えれば特に味にこだわりもないし、強いて言うならきつねうどんはお揚げが甘くて少しだけ苦手なくらい。
そんな私のお昼ご飯は、大抵コンビニ弁当か職場の食堂ですませている。
そして私が食堂で注文するメニューの九割はうどんである。
だって、安い。
そして普通においしい。
毎日食べるのは流石に飽きるし体にもよくないので、ちょこちょこ日を空けたり別のメニューを頼んだりしている。
それでも食堂で頼むうどんの確率が高いため、ついには店員さんにうどんの人と覚えられた。
注文しようとすれば「うどん?」と言われ、コンビニ弁当を持って食堂に入れば「うどん?」と声をかけられ、「定食お願いします」と定食分の金額を出せば、「うどんね!」とうどん分のお釣りを出されそうになった(そこは訂正した)。
そして今日のお昼。
食堂の日替わりメニューに掲げられたカツ丼の三文字。
肉。
肉である。
一瞬にして口の中がカツ丼の味になった。
卵に包まれたカツと一緒に米をかきこんで優勝する光景が頭の中を走った。
そしてこれを書きながらまためちゃくちゃ口がカツ丼の味になってしまった。夜ご飯食べたばかりなのに。
私は財布を覗き、店員さんに言った。
「カツ丼まだありますか?」
昼休憩に入る時間が少し遅いため、定食を頼む場合材料が残ってない時があるからだ。
店員さんは笑顔で「あいよ!」と返事をし、私は空いている席に着いてスマホを触りながらカツ丼の完成を待った。
そして数分後。
「はーい、どうぞー」の声に反応し急いで受け取りに行く。
そして目に入ったのは、見慣れた器に入れられた見慣れたうどん。
……ああ、うん。
カツ丼とうどんを聞き間違えたんだな。
いつもうどん頼んでるから先入観もあったんだろうな。
いや、うどんが嫌いなわけではないのだ。
でもさ、これはさあ……!!! と床ドンしたくなる気持ちはわかってほしい。
私は今日肉を食べたかったのだ。
肉がうどんの代わりになれないように、うどんも肉の代わりにはなれないのだ。
しかし思っていることをなかなか口に出せない性格なため、おとなしくうどんを受け取ってしまった。
ちゃんと言った方がいいのだろうが、お釣りはちゃんとうどんの分だったし、もし言って作り直しになったら……と思うとうどんがもったいないし、なんか申し訳なくて言えなかった。
気落ちした状態のままうどんをお盆に乗せ、お箸をもらい席に戻った。
まずトッピングのワカメとかまぼこをつつく。
おいしい。……うん、おいしい。
でもなんか違う。
この「今日のおいしい」は本来カツ丼に与えるべき賞賛だったはずなのに。
いやでも、まあ、おいしいのだ。
麺をつるつるとすすり、浮いた天かすも一緒に口に運び、汁も最後まで飲み干して手を合わせた。
一息ついたあと、いつものお約束の言葉「ごちそうさまでした」とともに膳を下げ、これまたお約束の店員さんからの「はーい、ありがとうございましたー」をもらった。
……次からちゃんと注文に「うどんじゃなくて」をつけよう。
ちょっとだけ心の中で泣きながらそう決意した。