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8.蘆屋さん、お宅訪問

 高尾山に巣食っていた鬼の一党、その親玉である天魔波旬の討伐に成功した。

 鬼の呪いによって封印されていた薬王院を解放したことで山から鬼は残らず消え去り、鬼の巣窟となっていた霊山を解放することができた。


 そんな偉業の主役となったのは、天魔波旬と互角に戦い、第六天魔王の化身を追い詰めた新進気鋭の退魔師である蘆屋恭一……ではない。

 恭一の同行者であり、封じられていた薬王院を解放した賀茂美森こそが高尾山解放の立役者となっていた。


 それというのも……恭一は天魔波旬を追い詰めはしたものの、かの大妖怪にトドメを刺したのはあくまでも薬王院にあった仏像の加護である。

 退魔師カードにも記載されていないように、恭一が天魔波旬を倒したという証拠はなかった。登録したばかりの5級退魔師が1級に近い強さの妖怪を追い詰めたなど、主張しても誰も信じない。


 ついでに補足しておくと、退魔師カードにはその退魔師が討伐した妖怪の妖力を記録して、それがどの程度の強さなのか等級を測定する機能も付いていた。

 天魔波旬は1級にも相応するほどの強さだったが……それを知っているのは実際に相対した恭一と美森だけ。公式記録上は2級妖怪として登録されていた。


 つまり、今回の仕事における恭一の評価は『3級退魔師である賀茂美森のサポート役として高尾山解放に貢献。2級妖怪である天魔波旬を足止めして、賀茂美森が薬王院の封印を破るまでの時間を稼いだ』ということになってしまう。

 5級退魔師としては有り得ないほどの戦果であったが、実際に恭一がやってのけた仕事を考えると過少すぎる評価である。


 とはいえ……別に恭一の功績がゼロになるわけではない。

 本来の働きと比べるとかなり少額ではあったが、高尾山解放の報酬として、退魔師協会から多額の金銭を受け取っていた。


 その金額は一億円。

 昨日まで恋人の家に寄生していたヒモ男が、とんでもない金額の報酬を獲得してしまったのである。



     △          △          △



「ここがアイツのマンションね……良い所に住んでるじゃない」


 都心にあるタワーマンションを見上げて、陰陽師にして退魔師である賀茂美森は緊張で表情を固くした。

 タクシーでここまでやってきた美森の手には紙袋が握られており、中には途中で購入した菓子折りが入っている。

 それなりに高級な老舗菓子店で購入したもので、美森はそれを渡すために蘆屋恭一のマンションまで訪れていた。


 高尾山での戦いから二週間。

 五十年もの間、鬼の魔の手に奪われていた山を解放したことで、美森の生家である『武蔵賀茂家』は連日のお祭り騒ぎとなっている。

 親類縁者が毎日のように自宅に訪れて、美森の功績を褒め称えた。

 一部の親戚は危険なことをした美森を叱りつけたり、自分を連れていかなかったことに恨み言を吐いたりもしていた。

 京都にある『本家』からも当主が直々にやってきて称賛を受けている。

 都知事やら政治家やら退魔師協会の幹部やら高尾山を管理していた神職の関係者やら、毎日のように偉い人達が美森を訪ねてきており、その応対に追われていた。


 今日はそんな忙しい日々を縫って、恩人である恭一のところに御礼とお詫びにやってきている。

 今回の功績はまるで大部分が美森が成し遂げたように世間から思われているが、実際には恭一の尽力の方が大きいことを美森は自覚していた。

 人の功績を奪ってしまったような形になり、真面目な性格の美森は人並みに心を痛めていたのである。


(退魔師協会から受け取った報酬の半分は渡したけど……ちゃんと頭を下げて謝罪するのが礼儀よね)


 高尾山解放によって退魔師協会から支払われた報酬は二億円。その半額はすでに恭一に渡していた。

 奪われていた山を解放したという功績から考えると安すぎる金額であったが、美森は別に国や都に依頼されて仕事をしていたわけではない。

 天魔波旬も公式記録上は2級妖怪となっているため、たったの二億円しか支払われなかったのである。


「…………」


 マンションに入った美森は受付のコンシェルジュを通して来訪を告げて、エレベーターで恭一の部屋まで上がっていく。

 高尾山を出た際に恭一とは連絡先を交換している。報酬を渡すためと言ったら喜んでスマホの番号を渡してきた。

 昨日のうちに部屋に行くことは伝えてあることだし、スムーズに部屋の前までたどり着くことができた。


「ムウ……」


 しかし、美森はなかなかインターフォンを押すことはできなかった。

 美森が恭一と最後に顔を合わせたのは、高尾山の麓での別れ際である。

 その直前、美森は仕事を横取りしたペナルティとして、服を脱がされて『お尻ペンペン』を喰らっていた。

 理由は一応、納得しているが……一人の乙女として、男から好き勝手に尻をぶたれたことを流せるわけがない。

 治癒の呪術をかけたというのに、あの時のことを思い出すたびに尻にジンジンと幻痛が走ってくる。

 謝罪しなければいけない立場でありながら、美森は眉が吊り上がって瞳が涙目になるのがわかった。


「ダメよ、怒ったらダメ。今日はアイツに謝りにきたんだからね!」


 美森は意を決して、インターフォンを押した。

 しばらく待っていると、ドアが内側から開かれる。


「はいはい、いらっしゃい」


「へ……?」


 ドアを開けて顔を見せたのは二十代半ばほどの年齢の若い女性だった。

 春らしいピンクのトップスにベージュの上着、ワイドパンツを身に着けたカジュアルなコーデの女性である。


「ああ、賀茂さん。来たんですね」


「あ、貴女はもしかして受付嬢さん……?」


 その女性は退魔師協会で受付をしている女性だった。

 何故、彼女が恭一の家にいるのだろう。


「私はもう帰りますから、気にせず中にどうぞ」


「へ、あの……」


「それでは、また……」


 受付の女性はニコリと営業スマイルな微笑みを残して、そのまま立ち去ってしまった。

 美森が予想外の出来事に遭遇して呆然としていると、部屋の奥から恭一が姿を見せる。


「まったく……やることやったら退散とはつれないな。良い女ってのはああいう奴をいうのかもしれないが」


「アンタ、どうして……ひいっ!?」


 美森が悲鳴を上げる。

 玄関まで出てきた恭一であったが、その格好は腰にタオルを巻いただけでほとんど裸だった。


「そ、その格好……アンタ、まさか……!」


 裸で現れた男。

 その男の家から、妙齢の女性が出ていった。

 まだ昼前という時間帯も考えると……その答えは一つである。


「ま、まさか……受付さんと付き合ってるの!?」


「別に付き合ってないぞ」


「そ、そうなの……?」


「ただのワンナイトラブだ。よくある話だな」


「ッ……!」


 美森が驚いて顔を真っ赤にさせて、パクパクと金魚のように口を開閉する。


「け、結婚もしていない男女が……なんてふしだらな……」


「ガキかよ……いや、ガキだったな」


 恭一は美森の服装に鼻を鳴らす。

 美森が着ているのはどこかの学校の制服だった。ブレザーの制服はおそらく私立学校のものだろう。


「高校生だったんだな。それくらいの年齢だとは思っていたが」


「何よ……悪いの?」


 美森が不愉快そうに眉を吊り上げる。

 年齢のことは退魔師として活動する中で、さんざん人から言われてきた。

 女子高生退魔師として持て囃す人間もいれば、こんな若い娘に妖怪退治が務まるわけがないと侮蔑してくる人間もいた。


「別に悪くなんてない。俺だって一昨年、高校を出たばっかりだからな」


 睨みつけられた恭一が頭を掻きながら、部屋の奥を指差した。


「俺に用事だろう? とりあえず入って…………あ」


「ヒッ……!」


 ハラリと恭一の腰に巻いていたタオルが落ちる。

 美森の目の前に、剥き出しの下半身が現れてしまう。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 天魔波旬と戦ったときにさえ上げなかった声量で、美森が叫ぶ。

 マンションの玄関で放たれた絶叫を聞き、他の住民が管理会社に通報してしまったらしい。

 わざわざコンシェルジュが部屋まで様子を見にきて、恭一は事情説明に骨を折ることになるのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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