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7.神が笑む

「アンタ、どうして生きて……」


「アレくらいで死ぬわけねえだろうが。何のために、せっせと牛乳飲んでカルシウムを摂ってると思ってんだよ」


「カルシウムって……」


 骨太でどうにかなるような次元じゃない。どう考えても致命傷だ。

 それなのに……大型トラックに衝突されたような攻撃を受けながら、恭一は上半身の服が破れている以上のダメージはない。

 剥き出しになった上半身は均整に整った筋肉をしているものの、普通の人間とはまるで変わらないというのに。


「流石にムカついたな……俺は平和主義者だが無抵抗主義じゃない。売られたケンカは領収書付きで買ってやるよ」


 恭一がギロリと森を睨みつけると、同時に木々を薙ぎ倒して巨体の悪鬼が飛び出してくる。


『ガアアッ!』


「ウラアッ!」


 恭一と天魔波旬が同時に拳を振り抜いた。

 恭一の右フックが天魔波旬の脇腹に、天魔波旬の右ストレートが恭一の左頬に命中する。


「ッ……!」


『グッ……!』


 両者とも顔を歪め、衝撃から足底を地面にめり込ませるが……先ほどのように吹き飛びはしない。


「ああああああああああアアアアアアアアアッ!」


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 恭一と天魔波旬が互いに拳を繰り出し、何度も何度も相手を殴りつける。

 まるでボクシングの試合であるかのように、一人の人間と一柱の鬼神が打撃の応酬を交わしていた。

 ただ殴り合っているだけだというのに鬼気迫る戦いは嵐のよう。衝撃に引き裂かれた空気がバシバシと悲鳴を上げて、周囲の木々を大きく揺らしている。


「…………そうよ、見ている場合じゃないわっ!」


 激しい戦いに見入っていた美森であったが、ようやく自分にもできることがあることを思い出す。


「封印を解かないと……薬王院の!」


 そもそも、最初からそうする予定だったのだ。

 恭一を鬼のボスにぶつけて時間を稼いでもらい、その隙に薬王院を解放する。

 薬王院の封印が無くなれば、お堂の中に安置されている薬師如来像の加護によって鬼を大幅に弱体化させることができるはず。


「待ってなさい……すぐに助けるわ!」


 天魔波旬の気を引かないように小声で言って、美森は薬王院の封印を解除しようとする。


「らあっ!」


『グッ……!』


 一方で、恭一のフックショットが天魔波旬の顎を撃ち抜く。

 人間であれば脳が揺れて完全にダウンする一撃だったが……天魔波旬はギロリと恭一を()めつけて、反対に恭一の腕を掴んだ。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


「うおっ……!?」


 天魔波旬が恭一の腕を掴んだままグルグルと身体を回転させる。

 そのまま遠心力のままに投げ飛ばして、大木の幹に恭一を叩きつける。


「カハッ……」


 肺が潰れて空気が漏れる。

 呼吸が止まって意識が飛びそうになるが……直後、予想外の光景に目を剥いた。


「どこから出しやがった……飛び道具は反則だろうが!」


 天魔波旬が恭一に向けて弓矢を構えていた。

 巨大な強弓の弦をギリギリと限界まで絞り、恭一めがけて矢を放ってくる。


「ッ……!」


 すんでのところで地面に転がり、飛んできた矢を回避する。

 先ほどまで恭一がいた空間を閃光が貫き、大木の幹が跡形もなく粉砕された。

 天魔波旬が妖力を込めた矢はバズーカ砲のような破壊力を有しており、ぶ厚い鋼だって貫通することができる。


「クソがアアアアアアアアアアアアっ! 勘弁しろよ……やっぱり逃げたら良かったか!?」


 天魔波旬が次々と矢を継いで、撃ち放ってくる。

 こうなると接近することすら難しい。恭一は防戦一方に追いやられ、飛んでくる矢を避けることで精いっぱいだった。


「あ、ズルッ!」


 おまけに天魔波旬が妖力の翼をはためかせて空中に飛び立った。

 恭一の攻撃が届かない空の上から、一方的に矢を浴びせかけてくる。

 遮蔽物の木々があるおかげでどうにか避けることができていたが、それもいずれ限界が来るだろう。


「これは……ちょっと不味いか?」


 殴り合いであれば勝つ自信がある。

 しかし、空を飛ばれて矢を撃ちつけられていたら、いずれは回避しきれずに射貫かれてしまうだろう。


「……仕方がない。ちょっと本気で殺るか。疲れるから嫌だったんだけどな」


 恭一はつぶやいて、本気の力を出して天魔波旬と戦うことを決意する。


 意識を沈め、魂の奥底にある扉へと手をかけた。



     〇     〇     〇



「…………」


 身体の内側に意識を沈める。

 途端、周囲の景色が色を失い灰色になって停止した。

 風に流される木の葉も、戦いの衝撃で舞い上がった砂塵も、空中から見下ろしてくる天魔波旬すらも凍りついたように動きを止める。


 イメージするのは『扉』。

 自分の中にあるそれをゆっくりと開け放ち、その奥に(いま)す偉大なる『御方』と習合する。

 自分の中に『御方』の巨大な力が流れ込んでくるのを感じた。

 世界すらもひっくり返してしまうのではないかという巨大な神力。

 天魔と殴り合えるほどの腕力と耐久力……扉から漏れてきた力の残滓とは比べ物にならない圧倒的な力が溢れ出る。


「あー……しんど」


 身体にみなぎる全能感と同時に激しい倦怠感を覚える。

 これは人の身には(あま)る力だ。人間が振るうにはあまりにも巨大すぎる力。

 だからこそ、いつも身体の奥深くに閉ざしていたのだから。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 意識が表層へと浮き上がり、停止していた時間が動き出す。

 恭一が潜っていたのは刹那の時間にすぎないが、その間に雰囲気が根本から変わったことに気がついたのだろう。

 天魔波旬が絶叫を上げながら、一際強く矢を放ってきた。


(おせ)えよ」


 恭一が手をかざすと、掌から蒼い雷が放たれた。

 一瞬で駆け抜けた雷撃が矢を呑み込んで灰にして、そのまま天魔波旬に突き刺さる。


『ガアッ!』


「調子に乗り過ぎたようだな……そろそろ、終わらせるか」


 恭一の身体が浮かび上がり、天魔波旬と同じ高さにまで飛翔した。

 いつの間にかその身体は黄金のオーラを纏っており、輝くその姿は天空の支配者のようである。


「まあ、気の毒だよな……本来であれば勝てる喧嘩だ。弱体化して格下相手に良いようにされるなんて、魔王様のプライドが許さないだろうよ」


 恭一がクツクツと喉を鳴らして嘲笑う。

 神力を纏ったことで研ぎ澄まされた感覚によって理解する。目の前にいる鬼が本体ではなく、力の一部である『化身』でしかないことを。

 第六天に君臨する本来の力を発揮することができていれば、所詮は不完全な神である恭一など鎧袖一触に蹴散らしていたに違いない。


「だが……それはお互い様だな。不完全な『神』と不完全な『魔王』。それなりに馬が釣り合っているレースだと思うぜ?」


 不完全な『神』。恭一は己のことをそう称した。


 恭一の母親は日本人。陰陽師の家系である蘆屋家の分家のまた分家の出身である。

 しかし、父親のことは知らない。母親がヨーロッパのとある国で出会い、身体を重ねて恭一を孕んだと聞いていた。

 恭一の母親は陰陽師であったが、退魔師として活動することなく、カメラマンとしての道を志している。

 陰陽師の遁甲術や隠形術を駆使して世界各国にあるモンスターの生息地域に足を踏み入れ、怪物のありのままの姿を撮影して世に送り出すことを生業としていた。


 父との出会いもそんな仕事の最中だったそうだ。

 ワイバーンの群れに囲まれて絶体絶命の危機に陥っていたところを父に助けられ、その見返りとして肉体を要求されたとのこと。

 ワイバーンは日本でいうところの2級妖怪に相当する。その群れを薙ぎ倒すことができた恭一の父親は間違いなく人間ではなく、名のある神仏の一柱に違いない。


 その子である恭一の身体には神の力が宿っていた。

 完全な人間ではなく、いわゆる『半神半人(デミゴッド)』と呼ばれる存在だったのである。


「『蒼雷』」


『グギャアアアアアアアアアアアアアッ!?』


 恭一が短くつぶやくと、特大の雷撃が天魔波旬を呑み込んだ。

 神の雷が『第六天魔王』とも称される魔王の化身を包み込み、その身体を焼き尽くしていく。

 1級妖怪にも届きうる大妖を抵抗も許さず、完膚なきまでに封殺する。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ……』


 天魔波旬が手を伸ばすが、もはや恭一には届かない。

 雷撃で真っ黒に炭化した巨体が傾き、そのまま地上に向けて落下する。


「ほー、まだ生きているとは恐れ入るな」


 恭一は雷を止めて、地上に降り立つ。

 先に落ちた天魔波旬を確認すると、山中にできた大きなクレーターの中心で天魔波旬は苦しそうに息をしていた。


『グウ……ガルルル……!』


 天魔波旬が恭一に怨嗟の顔を向け、唸り声を上げる。

 身体の大部分が炭となって崩れているというのに、まだ戦意が折れていないようだ。

 その執念。底無しの悪意は心から称賛することができる。


「だけど……もう飽きたな。そろそろ終わるか」


 神力を使うのにも疲れてきたので、恭一は身体の内側にある『門』を閉じた。

 そこにあった『御方』の気配が消え去り、恭一の身体に宿っていた神力が消えていく。

 ここまで敵が弱ってしまえば、もはや神の力を使うまでもない。恭一はさっさと戦いを終わらせるべく、トドメの一撃を放とうとする。


「あ?」


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』


 しかし、突如として山の空気が変わった。

 先ほどまで妖気が充満していた高尾山が清浄な空気に包まれ、天魔波旬が絶叫する。


「これは……」


「フウ……間に合ったみたいね!」


 額の汗を拭きながら現れたのは、ここまで姿を消していた美森だった。


「お前……何してやがったんだ?」


「もちろん、薬王院を解放していたのよ。これでこの山から鬼を一掃できるはずだわ!」


「あ……?」


『グガアアアアアアア……』


 薬王院を中心として広がった御仏の加護により、天魔波旬の身体が溶けるようにして消滅していった。

 本来の力があれば耐えることができたかもしれないが、恭一との戦いで瀕死になった状態で仏罰に耐える余力はなかった。

 他の鬼も同様だろう。仏の力によって大半が消滅して、どうにか逃れたものも高尾山から這う這うの体で逃げていった。


「これで任務達成ね! 私達は誰にもできなかった偉業を成し遂げたのよ!」


「…………」


 狩衣の裾を乱して大喜びする美森であったが、恭一の表情は冷ややかである。

 ジーンズのポケットから退魔師カードを取り出して確認する。


「…………ない」


 そこに『天魔波旬』の表記はない。

 討伐した妖怪を自動的に記録するカードであったが、薬師如来像の加護によって消し去られた魔王の名前はなかった。

 1級にも届きかねない大妖怪を倒したとなれば、どれだけの金額が懐に入っていたかわからないというのに。


「やったわね、この偉業は歴史に残るわよ!」


「テメエ……」


「へ?」


「そこに直りやがれ、お仕置きだ!」


「きゃあっ!?」


 恭一は怒りのままに美森を捕まえる。

 下半身を包んでいる袴を強引に脱がして、白いパンツに包まれた尻を露出させた。


「メスガキが。金の恨みを受けてみやがれッ!」


「いやああああああああああああああああっ!?」


 恭一が怒りのままに美森の尻を叩く。

 悪さをした子供へのお仕置きのような尻叩きを受けて、美森の哀れな絶叫が山に響き渡ったのである。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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