57.早過ぎたのか遅過ぎたのか
世の中には空気が読めない人間がいる。
飲み会で乾杯の合図の前にドリンクに口をつけるやつ。
カラオケで一曲目から泣き歌を熱唱するやつ。
映画が現実と違うとか批評するやつ。
本人は意識していないようだが……わりと恭一もそういうタイプだったりする。
「キャアアアアアアアアアアアアアッ!」
恭一が雷を落として、鬼哭衆のアジトと思われる倉庫を爆破した。
倉庫の壁が吹っ飛んで、屋根が崩れて、突入しようとしていた美森や華凛、信女達が衝撃で吹っ飛ばされる。
「ちょっとちょっとちょっと! アンタってば馬鹿なの!? 馬鹿よねっ!!」
起き上がった美森が恭一に詰め寄った。
土やら煤やらで汚れた狩衣姿で、恭一の身体をガクガクと揺さぶる。
「あ、何だよ。急に」
「何でいきなりぶっぱなすのよ! 危ないでしょうが!?」
「いや……そっちの方こそ、どうして普通に突入しようとしてるんだ?」
美森に胸ぐらをつかまれて揺さぶられながら、恭一が呆れた様子で溜息を吐く。
「相手が待ち構えている場所、罠が張り巡らされているであろう所に、馬鹿正直に入って行ってどうするんだよ。お前ら全員お人好しかよ」
そこに敵がいるのがわかっている。
別に人質がいるわけでもないのに……玄関から呼び鈴鳴らして入ってやる義理があるというのだろうか。
「そんなもん、外から吹っ飛ばしちまえば終いだろうが。ほら、汚い花火が上がってるぞ。笑っとけ笑っとけ」
「笑えるか! やるならやるで一言いってからやりなさいよねっ!?」
「でも……一理あるわね」
「ろ、ロゼッタさん?」
最後尾にいたため、恭一の不意打ちに巻き込まれずに済んでいたロゼッタがシスター服の中に手を入れた。
スカートから取り出されたのは武骨で巨大な鉄の塊。四角い先端部分には四つの穴が開いており、それぞれに弾が込められている。
M202型四連式ロケットランチャー
「ファッキン異教徒に気を遣ってあげる必要なんてありませんでした。肥溜めから生まれたような鬼どもにはケツに爆竹押し込んで吹っ飛ばしてやれば良かったんです」
「あの、ロゼッタさん。まだあっちには華凛ちゃん達が……」
「発射」
破壊の権化とも呼べるそれが炎を上げる倉庫に向けられ、容赦なく引き金が引かれた。
四発の砲弾が飛んでいき、辛うじて原型を留めていた倉庫をダメ押しで爆破する。
「ちょ、待……ひゃああああああああああああっ!」
「熱うっ! ちょ……何してんのよおおおおおっ!」
爆破に巻き込まれた華凛と信女が悲鳴を上げながら、逃げまどう。
ここまでやったのだ。確実に中にいた敵は倒せたはず。
仲間も若干やられているような気もするのだが……。
「悪は滅んだな」
「悪は滅んだわね。地獄で野良犬とファックしてなさい」
「い、いい加減にしなさい!」
美森が恭一とロゼッタ、二人の頭を引っぱたいた。
「いや、でも解決しただろ? 中にいた生成り鬼どもは残らずやられただろうし、ユダの十字架とやらもこれで……」
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「壊れて儀式も……フラグだな、今のは」
爆炎の中から絶叫が聞こえてきた。
それは苦悶の声のようであり、雄叫びのようであり、誕生の産声のようにも聞こえてくる。
時刻はちょうど0時を回ったところ。メリークリスマスだ。
「出てきましたわ」
「出てきたな」
ロゼッタが言い、恭一も頷く。
炎の中から出てきたのは人間の形をした鬼……などではなくて、でろでろに身体が融解した何かだった。
顔も辛うじて目鼻が判別できるくらいで原型を留めていない。元々の体形はおそらく二メートルに近い長身の男だったのだろうが……あちこち筋肉が解けて骨が剥き出しになっている。
ひょっとしたら、筋骨隆々とした大男だったのかもしれない。
あるいは、眉目秀麗な貴公子然とした美男子だったのかもしれない。
だが……こうなってしまえばお終いだ。
いっそ、生き返らなければ良かったと思っているに違いない。
「腐っていますわね」
「早過ぎたんじゃないか?」
「遅過ぎた可能性もありますわ」
「ウアアアアアアアアアアアアアッ!」
「お?」
腐った何かに続いて、別の影が炎から飛び出してきた。
現れたのは女である。全身に火傷を負っている。
「よくもよくもよくもよくもおおおおおっ! あと少しで主様が復活するところだったというのに……何をしてくれるかあっ!」
「おっと」
恭一がバックステップをして、女が飛ばしてきた針を避ける。
炎から出てきたのは呉葉という名前の生成り鬼だった。
美森との戦いを切り抜け、逃げ延びてアジトまで戻ってきたのだが……まさかの不意打ち爆撃によって、美しい顔が無残に炎で焼かれて台無しになってしまっている。
「誰だ、お前」
「アンタこそ誰よお! 何の恨みがあってこんなことをしたのよおっ!」
「いや、恨みとかないが……仕事だしな」
「ガハッ……!」
針を飛ばしながら飛びかかってくる女の腹を蹴り飛ばす。
呉葉がアスファルトの地面を何度もバウンドして転がっていく。
「クソ……退魔師め……!」
「おのれ……よくも我が主様の復活を妨げたな……!」
炎の中から生き残りの生成り鬼が這い出してきた。
人間よりも生命力が強かったおかげでどうにか生き残ったようだが、全身にシャレにならないダメージを負っているようだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオ……」
「おお、主様! 何という無残な姿に成り果てて……!」
「待っていて下され、そこの退魔師共の命を生け贄にして、どうにか肉体の修復を……」
「させないよ」
満身創痍の生成り鬼の背後に華凛が現れて、敵の身体を刀で両断する。
先ほど、爆発に巻き込まれていたようだが……服に焼け焦げた跡はあるものの、大きな怪我はなさそうだった。
「その刀は……当代の『鬼斬り役』か……!」
「もうっ! お兄さんってば、依頼人を攻撃するなんて許さないんだからねっ!」
華凛が刀を油断なく構えながら、恭一に向けて抗議する。
「依頼人に怪我させたんだから、ペナルティで報酬減額するからね! 絶対にこのままじゃおかないんだから!」
「おい!? それは話が違うだろ!?」
「依頼人もろとも攻撃したんだから当然ですー! 絶対にお金減らしますー!」
「畜生……なんてこった!」
美森の言葉に恭一が絶望する。
時間外労働までしてここまでやってきたというのに、追加報酬どころか減額とは何という理不尽なことなのだろう。
「オオオオオ……」
「これも全部、お前のせいだよな。腐りかけのところを悪いが八つ当たりさせてもらうぞ」
呻きながら一歩二歩と進んでくる何か。
鬼哭衆の首領であり、最強の生成り鬼であるはずの男の残骸に向けて歩いていく。
「この……させるか!」
「やらせないわ、ファッキン異教徒」
生き残りの生成り鬼が邪魔に入ろうとするが、ロゼッタが銃弾をぶちこんだ。
他の生成り鬼も同じく首領を助けようとするが、美森と華凛、信女が応戦している。
恭一を止められる人間はいなかった。
「オオオオオオオ……!」
「生き返ったばかりで忙しいもんだな……その面、ちょっとだけ拝んでみたかったぜ」
恭一が雷撃を放つ。
腐りかけの生成り鬼の身体に最後の一撃が叩き込まれて、今度こそ完膚なきまでに破壊される。
クリスマスを騒がせた生成り鬼の復活騒動。
それはあまりにもあっけない形で幕を下ろしたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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