55.生成り鬼を探せ
渋谷、新宿、銀座、池袋、日本橋。
東京の五カ所を同時襲撃してきた『生成り』の一派……鬼哭衆であったが、その襲撃は陽動であり、本命は別のところにあった。
彼らの目的は退魔師や宿敵の刀桜会の目を逸らし、別の場所で首領復活の準備を進めることである。
五カ所での襲撃は各所に待機していた退魔師によって撃退されたようだが……『ユダの十字架』という呪具は見つからずじまい。
どこかで、刻一刻と儀式は進行されていることだろう。
「つまり、こちらは完全に後手に回っていたわけか。見事にしてやられたな」
一応の仕事を終えた恭一は近くにあった二十四時間営業のファミレスに入り、温かいコーヒーを飲みながら、仲間に報告をしていた。
MINEのグループ電話で美森と華凛、信女、ロゼッタと同時通話中である。
『……うん、そうだったみたい』
スマホ越しに華凛の落ち込んだ声が返ってくる。
銀座で戦っていた華凛も襲撃者を撃退したようだが、自分達が陽動に引っかかったことを知ったようだ。
「まあ、お前が悪いとは思わないけどな。人間の生き血が儀式の材料とか言われて、輸血用の血液が有効とは思わんだろ」
『何というか……完全に裏をかかれたわね。意外と進んでいるじゃない、鬼哭衆』
美森が感心半分、呆れ半分で電話越しに溜息を吐く。
現代の技術であれば、血液を新鮮なまま保存しておくことは難しくはない。
おそらく、鬼哭衆はそれなりの時間をかけて血液を収集して、儀式のために保存しておいたのだろう。
輸血用の血液を盗み出したり、攫ってきた人間の身体から抜いたり……千人分の血液を集めるのにどれだけの手間をかけたのかは知らないが、ご苦労なことである。
『たぶん、本命の敵がユダの十字架を使う準備を進めているんだと思う。アレはクリスマスにしか使えないから、日付が変わったらすぐに儀式が実行されると思う』
「残り時間は一時間ってところか。こりゃあ、本格的に時間外労働確定だな」
恭一はコーヒーをすすりながら時間を確認した。
すでに時刻は午後十一時。タイムリミットは目前に迫っている。
ここで「契約は今日だけだから」と言って抜けるのは簡単だが、さすがに寝覚めが悪い。
ヒモの恭一にだって最低限の義理やらプライドやらがある。
ここで抜けると言い出せるほど、厚顔無恥にはなれなかった。
(まあ、特別手当を要求するだけで勘弁してやるか。そんでもって、また事故で乳でも揉んでやるか)
恭一は女好きだが……いくら何でも、中学生にまで手を出すつもりはない。
積極的に華凛をお手付きにするつもりはないので、事故で乳揉みするにとどめておこう。
「それで……儀式が行われる場所に心当たりはあるのか?」
儀式は生き返らせようとしている人間が死んだ場所で行わなければいけない。
死んだ場所がわかっているのであれば、その場所で待ち伏せをすれば良いだけのことである。
『あったら、とっくに押さえてるよ! 相手の首領を討ち取った刀桜会の剣士が相討ちで命を落としていて、正確な情報は残ってないんだ!』
「つまり、手詰まりってわけかよ。面倒なことになったなあ」
恭一は窓の外に視線を向ける。
すでに天空神の権能の一つ……『天眼』を使用して、敵の本体を捜索していた。
しかし、残念ながら見つかっていない。
この権能で探すことができるのは、あくまでも空の下にあるものだけ。
敵の親玉は空の下にはいないようだ。どこかの建物の中か、あるいは地下にでもいるのだろう。
「陽動に駆り出されていた敵も本丸の場所は知らなかったみたいだしな。なかなか用心深いことじゃねえか」
『感心している場合じゃないでしょ? これから、どうするのよ!』
美森が責めるように言ってくる。
そんなことを言われても知ったことかと恭一が肩をすくめる。
「どうにもならんだろ。まあ、復活した鬼とやらを叩けば済むんじゃないか?」
『お気楽に言うじゃない。ファッキン雷野郎は』
ロゼッタ・ジャンヌが忌々しそうに舌打ちをしてきた。
『敬虔なクリスチャンの私としては、ユダの十字架なんて呪われたマジックアイテムが使用されるのを看過できないわね。ファッキン異教徒共のケツに銃口ぶっ刺して銃弾をぶちかましてやらないと気が済みません』
『……品のないことを言わないでもらえる? 私、軽食中なんだけど?』
信女が嫌そうな口調で苦言を呈する。
婦人会とやらで親しくなったとのことで、彼女達の口調には遠慮が無くなっているようだった。
『うーん……でも、どうやって儀式の場所を見つけたら良いのかな? 東京は広いよ?』
『思ったんだけど、呪術以外で『生成り』の居場所を見つける方法はないのかしら?』
『美森ちゃん。占術だったら、ダメだよ。退魔師協会の人達に頼んでやってもらってるけど、何か対策をされているみたいで、占いで見つけるのは無理みたい』
『それはしょうがないと思うけど……相手は一応、人間なのよね? 半分は鬼だけど』
「だからどうしたよ、美森」
要領を得ない言葉に恭一が訊ねると、美森が考えをまとめながら話す。
『だったらさ……警察の人に協力をお願いしたら何かわかるんじゃないかしら? ほら、鬼や幽霊だったらともかく、人探しだったら私達よりも彼らのほうが専門家でしょ?』
「あー……なるほどな」
盲点だった。
血液の時と同じである。コペルニクス的転回というやつだ。
退魔師として力を持っているがゆえに、どうしても呪術や魔術を使用する方向で解決しようとしていた。
相手は姿を消すことができる幽霊ではないのだから、警察の捜査力を利用すれば手掛かりが掴めるかもしれない。
「なるほどな……よく思いついたな、美森」
『この間、たまたま警察の人と話す機会があったからね。セクハラってどこまでやったら逮捕してもらえるのかなって話したのよ』
「……俺のことじゃないよな? 告訴する気じゃないよな?」
『冗談よ』
クスクスと電話越しに笑う美森に、恭一は久しぶりに背筋をヒヤリとさせるのであった。




