54.最悪の鬼(出オチ)
渋谷、新宿、銀座、池袋、日本橋。
東京において特に通行人が大勢いる場所に、鬼哭衆が同時襲撃を仕掛けてきた。
特殊な術によって鬼に変貌した一般人、そして、鬼哭衆のメンバーである強力な『生成り』たちの攻撃。
襲撃の苛烈さは事前の予想を上回っており、東京を守る退魔師らは後手に回ることを強いられていた。
「やれやれだよな……クリスマスイブだっていうのに、忙しいこって」
「ぐ……ぬ……おのれ……」
ぼやく恭一の尻の下、一人の男が呻いている。
池袋で暴れ狂っていた鬼を倒した恭一であったが、間髪入れずに別の鬼から襲撃を受けることになった。
襲ってきたのは両手を刃物にすることができる異能を有した鬼。
名前を『ジャック』と名乗っていた。
「せいぜい2級退魔師といったくらいか。弱くもないが強くもなかったな」
「馬鹿、な……私が、最古の殺人鬼たる私が……」
「最古というほど年を経ているようには見えないがな。まあ、どっちでもいいが」
「グッ……!」
恭一が体重をさらにかけて、ジャックと名乗っていた鬼を圧迫する。
すでにジャックの両手から生えた刃物はへし折られ、四肢の骨は砕け、抵抗もままならない。
「主様、他の鬼は片付きました」
「そうか、ご苦労さん」
恭一のところに静がやってきた。
どうやら、渋谷にいた鬼は残らず討伐されたようである。
ノルマ達成。約束された報酬分の仕事はしたというところか。
「怪我人は出ましたが、死者は出ていません。むしろ、逃げようとした通行人がドミノ倒しに転んでしまった方の被害が大きいくらいです」
「その程度で済んだのなら良かったよ。他所がどうかは知らねえけど」
「きさ、ま……これくらいで、我らの野望を止めたとでも……」
「あー、止めろ止めろ。そういう寒いセリフを聞くだけ時間の無駄だっての」
恭一が鬱陶しそうに手を振って、尻の下に這いつくばるジャックをグイグイと圧迫する。
「ぐあっ……」
「そんなことよりも、お前らの親玉はどこにいる? それと……『ユダの十字架』だったか? その呪具はどこだよ」
「ぐ、が……誰が話すものか……」
「言わないのなら死ね。尋問とか面倒臭いことする気ねえよ」
恭一がジャックの頭を掴んだ。
そのまま電流を流せば、ジャックの脳はドロドロに崩れてしまうだろう。
ジャックは恭一の本気を感じ取り、慌てて叫ぶ。
「ま、待て待て待て! 私を殺したら情報が手に入らないぞ!?」
「知るか。話さないって自分で言ってたじゃねえか」
「話す! 話すから少し待てえっ!」
ジャックが慌てた様子で口を割った。
「わ、私達はあくまでも陽動だ。本命となる者は別にいて、儀式の準備を進めている!」
「千人分の血液なんて、そう簡単に手に入らねえだろ。どこから持ってくるつもりだよ」
「……現代科学の進歩は凄まじい。私が生まれた時代と比べてみても、驚くほどに人間は進歩した」
「あ?」
「私達は陽動ということだよ、ジャパンのエクソシスト」
ジャックが恭一の尻に潰されたまま、「ニイッ」と不気味に笑う。
「ユダの十字架を使って人を蘇らせるためには千人分の血液が必要だ。しかし、別に殺す必要はない。血液だけを抜いてきたら良いのだ」
「…………」
「必要な血液は抜いたばかりの新鮮なものでなければいけない。だが……本当に便利なものだ。現代の技術では、血液を凝固させることなく新鮮なまま保存することができるのだからな!」
「……輸血用の血か」
もしも輸血などのために長期保存されている血液でも儀式の触媒にできるというのなら、東京の各地点に現れた鬼はブラフということになる。
病院で保管されている輸血用の血を盗み出すか、時間をかけて人から抜いていけば良い。
派手に死人が出たら警察や退魔師協会も動くだろうが、ちょっとした傷害で済んだらそこまで深く追及はされない。
「今夜の零時にでも儀式は行われる。私達が貴様らエクソシストの目を引いているうちに、呪具と血液の運搬も終わったことだろう」
「……儀式の場所は?」
「誓って知らぬ。囮である私が知らされているわけがない」
「それもそうだな」
つまり、この男は用済みということである。
恭一はジャックの頭を掴んで容赦なく電撃を浴びせる。
「があああああああああああ……」
ジャックが激しく痙攣して、やがて動かなくなる。
恭一は立ち上がって、やれやれとばかりに肩を回した。
「……今日中に仕事は終わらないかもしれないな。クリスマスパーティーは無しだ」
「最初からそんな予定は入っていませんよ。主様」
「そうだったな……まあ、何でも良いか」
恭一はスマホを取り出して、ジャックから聞き出した情報を他の退魔師と共有する。
どうやら、他の地点でもそれなりに強い鬼が現れていたらしい。
美森とロゼッタがそれぞれ敵を撃退したが、逃げられてしまった。
華凛と信女が討伐に成功したと知らせが入っている。
「本命の儀式の場所はわからずじまいか……」
儀式の阻止ができなければ、根本的な問題の解決にはならない。
このままでは、今日中に事件を解決することができなくなってしまう。
それが意味することは一つである。
「時間外労働……!」
恭一は恐るべき事実を前にして、顔をしかめて汗を握るのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク登録、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。