表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/61

48.クリスマスイヴの労働。いや、勘弁しろ


 十二月二十四日。クリスマスイブ。

 妖怪ばかりが跳梁跋扈している日本においても、その日は特別な日である。

 街は電飾の明かりによって色とりどりに照らされて、サンタやトナカイの格好をした客引きがあちこちにいた。

 雑多とした繁華街では、腕を組んだカップルや、子供へのプレゼントを探し求めるお父さんが走り回っている。

 忙しなくも浮かれた空気はこの時期にしか見られないものであり、東京という街全体がハシャイデ飛び跳ねているようだった。


 そんなクリスマスイブの昼下がり、恭一はとある場所に呼び出されていた。


「何というか……こんな日に仕事とか死にたくなるよな。俺はいったい何のために退魔師(自営業)をやってるんだって話だ」


「文句を言わないでよね! クリスマスとか、退魔師には関係ないでしょ?」


 ぼやく恭一を、腰に手を当てた賀茂美森が窘める。

 恭一は冬用のコートにジーンズという格好だが、美森の方はいつもの仕事着の狩衣だった。

 白い肌が紅潮しており、口からは白い息が出ている。


「その格好、見ているだけで寒いんだが? 上着くらい羽織れよ」


「しょうがないでしょ……術者にとってコスチュームというのは外見以上に重要な物なんだから。上着を着た時点で、この衣装にかけられた術のいくつかが消えちゃうのよ」


 言いながらも、美森は腕で腕を擦っている。

 誇りと実益からその服を着ているようだが、それでも寒いものは寒いのだろう。


「それにしても……クリスマスイブに呼び出されるのが寺とはな。依頼人も良いセンスをしているよ」


 恭一と美森がいるのは東京都心にある寺だった。

 クリスマスということもあってか、寺の境内は閑散としていて恭一達以外に参拝客の姿はない。

 それなりに広い庭園には冷えた風が吹き込んでおり、美森がガタガタと身体を震わしていた。


「うう……『赫』、もっと火を強くして……」


「コン」


 美森のすぐ傍に顕現した狐の式神……『赫』が狐火を(おこ)して、主人の身体を温める。

 宙にフワフワと浮かんでいる青白い炎のおかげで凍えずに済んでいるが、それがなければ凍死していたかもしれない。


「明日の夜は大雪、ホワイトクリスマスになるってよ」


「き、聞いただけで寒くなる情報を言わないでくれる?」


「アイスクリーム、冷麺、シャーベット、かき氷、ガリガリさん、冷やし中華、大学芋、チョコモナコダンボ、ルイベ漬け、白い変人……」


「冷たい食べ物を言うな! 馬鹿なの? 馬鹿よね!」


「白い変人は冷たくねーよ……そんなに寒いのなら服着ろって。女が身体を冷やすなよ」


「ううっ……やだもん。着ないもん……」


 寒さのあまり、幼児退行を起こしている。

 いつになく弱っている美森に恭一が呆れ返った頃、ちょうど今回の仕事の依頼人がやってきた。


「あ、みんなお待たせー!」


 やってきたのは、セーラー服の冬服の上にモコモコフワフワのジャンバーを着た少女……『鬼斬り役』渡辺華凛である。

 先日の仕事でも一緒になった彼女が、今回、恭一と美森を雇った依頼人だった。


「ごめんねー、学校の冬期講習が長引いちゃって。普段から仕事で学校に行ってないからって、先生が厳しくしてくるんだー」


「別に良いぞ……俺はな」


「ガクガク、ブルブル……」


「……って、美森ちゃん!? どうして、そんな格好でいるのよ!」


 華凛が焦った声を上げて、自分の上着を美森に被せようとする。


「だ、大丈夫……これは陰陽師の正装だから。賀茂家に代々伝わっているコスチュームだから……」


「仕事がまだ始まってもないのに、カチコチで動けなくなったら困るじゃん! お願いだから着てってば!」


「あうう……」


 同性に言われると弱いのか、美森がさほど抵抗することなく上着を着せられる。

 モコモコのフード付きの上着にすっぽりと身体を埋めて、美森が「はふー」と生き返ったような息を吐く。


「ありがとう……華凛ちゃん。でも、華凛ちゃんが上着無くなっちゃったね……」


「私はジャージを羽織るからいいよー。風邪には気をつけなよね、美森ちゃん」


 この二人はいつの間にか、ちゃん付けで呼び合うほどに仲良くなったらしい。

 やはり2級昇格試験で一緒になったのが切っ掛けだろうか?


「それじゃあ、仕事の話を始めてもらえるか?」


「ううん、ちょっと待って。まだ来ていない人がいるから」


「他にも雇っているのか?」


「うん……ああ、来た来た。おーい、こっちだよー!」


 華凛が寺の入口の方に向けて、大きく手を振った。

 釣られて恭一が振り返ると……そこには見知った二人の女性がいる。


「…………お前らかよ」


「お久しぶり、元気そうで残念だわ」


「…………」


 二人の女性がこちらに歩いてくるや、いきなり睨みつけてくる。

 どちらも二十前後の美女であるが、怒りの形相をしていてお近づきにはなりたくないタイプだった。

 現れたのは尼僧のような着物の上に女性用のコートを着込んだ女と、黒のシスター服を着こんだ金髪の美女である。


『毘沙門天の娘』上杉信女


『戦争聖女』ロゼッタ・ジャンヌ


 華凛と同じように2級昇格試験で一緒になった二人の女性が、射殺すような強い視線を恭一に真っすぐ向けてきたのである。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

よろしければブックマーク登録、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ