47.オヤジ狩り狩り。収入三億円。
「アレが滝夜叉姫。平安時代の呪いの女王か……マジでおっかねえ女だったな」
三億円の入ったバッグを片手に、恭一は適当なビルの上に着陸した。
強いビル風が下から恭一を吹きつける。
冬を目前とした時期だけあって、それなりに冷える。
「主様」
静が恭一のすぐ傍に現れる。
「本当によろしかったのでしょうか? あの女を見逃してしまって……」
「別に良いんじゃないか? 金は手に入ったし、落とし前も付けたからな」
恭一が札束の詰まった旅行鞄を叩いた。
滝夜叉姫を捕縛したとしても、退魔師協会から入る懸賞金は一億ほど。
対して、彼女からかすめ取った金は三億。三倍もの金額が懐に入ってきた。
「無事に依頼を達成していたよりも、はるかに稼げたな。松田ナンチャラの冥福でも祈っておくか」
恭一は雲が流れる青空を見上げた。
それを見上げたまま目を凝らしてみると……十数キロ先で五月が地団太を踏んでいるのが見える。
『お天道様が見ている』
五月にそう語ったのは冗談やごまかしではない。
恭一は本当に空から見下ろすような神の視点で、地上の万物を見下ろすことができるのだ。
「『天眼』」
それは恭一の身体に流れている天空神の力の一端。
天を自らの目として、遠く離れた場所を見ることができるという秘術だった。
驚くほど神経を使うし、発動中は恭一の中にある『門』を開きっぱなしにしなくてはいけないので力の消耗も大きい。
加減を間違えれば、天空から流れ込んでくる膨大な情報を処理することができず、脳が焼き切れてしまうという諸刃の剣だった。
恭一はこの能力を使用して、身を隠した滝夜叉姫……五月を見つけ出したのである。
「しんどー。やっぱコレは疲れるな」
恭一は天眼を切った。
頭がズキズキとする。できれば使いたくない術だったが……三億円の収入を考えると、使うだけの価値はあった。
「依頼人が死んで成功報酬が手に入らなくなった時には、どうしようかと思ったが……学生時代も良くやったんだよな。『オヤジ狩り狩り』」
『オヤジ狩り狩り』
それは学生時代、恭一がよくやっていた小遣い稼ぎである。
オヤジ狩りというのは言わずと知れた、中年男性に対するカツアゲ行為だ。
恭一はそうやってオヤジ狩りをしている不良を狩って、彼らの金を奪っていたのである。
「オヤジ狩りにあった被害者は警察に届けることができる。だけど、オヤジ狩りをしていた加害者は金を奪われたとしても、警察に訴え出ることはできない。そのまま、泣き寝入りするしかない」
心を痛めることなく、楽に小銭を稼ぐのはこれに限る。
運が良ければ、オヤジ狩り狩りをしてやった連中が仲間を呼んで、仕返しにきてくれることもある。
その時は、仲間も含めて全員を正当防衛でぶちのめし、迷惑料として金を取り立てることができるのだ。
「最終的には、俺が狩りまくっていたせいで地元からオヤジ狩りが消えたんだよな……治安は良くなったんだけど、おかげで小遣いが減っちまって困ったぜ」
高校卒業後、二年も経ってからオヤジ狩り狩りをすることになるとは思わなかった。
おまけに、狩りの収穫はかつてない三億円。
十分に満足のいく結果である。
「さて……飯を食って帰るか。焼肉と寿司、どっちがいい?」
「お寿司で」
「だろうな……それじゃあ、帰りますか」
「…………」
のんびりと背伸びをする恭一に対して、静はわずかに険しい顔になって遠くを見る。
(主様はこう言っておりますが……もしもの時は拙がやらなければなりません)
静の直感が訴えている。
あの女……滝夜叉姫はいずれ再び、恭一の前に姿を現すと。
(主様はお優しいので女性に手を挙げることなどできません。ですから、拙が仕留めなければ)
「……その時に、またお会いいたしましょう」
静が決意を固めて、小さくつぶやく。
その声はビル風にかき消されて、恭一の耳に届くことはなかったのである。
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