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5.陰陽師少女の悩み

「ちょ……アンタ、何やってんのよ!?」


 三体の邪鬼をあっさりと討伐した恭一に美森が詰め寄った。


「どうして5級の初心者が3級妖怪を倒せるのよ!? 馬鹿なの? 馬鹿よねっ!」


「五月蠅えなあ、倒せるものは倒せるんだから仕方がないだろうが。どんな抗議だよ」


 距離を詰めて騒いでくる女に辟易しながら、恭一は退魔師カードを取り出して裏面を確認する。


「ちゃんと記録されているな。邪鬼が三体……これでいくらになるんだ?」


「……3級妖怪の相場は一体あたり十万円よ」


「じゅうま…………ハアッ!?」


 美森が口にした金額に恭一は愕然とさせられる。

 一体退治して十万円ということは、三体で三十万ということだ。

 小鬼をチマチマ倒していた時間が徒労に思えるほど金額に差があった。


「冗談だろ……小鬼とそんなに手間は変わらなかったのに、二百倍も差があるのか!?」


「当たり前でしょう? 3級妖怪を倒せる人間は日本に五百人くらいしかいないのよ?」


 美森が呆れた様子で説明をする。


 退魔師協会に所属している人間はおよそ一万人。その大部分が5級または4級退魔師だった。

 妖怪の等級は強さと危険度によって区分されているが、そのおおよその基準は以下のとおりである。


5級

一般人が刃物や鈍器などを使用して退治することができる。


4級

訓練を受けた一般人が銃火器などを使用して退治することができる。


3級

術者が特殊な装備または技術を使用して退治することができる。


2級

十分な経験を積んだ術者が複数人で退治することができる。


1級

国を脅かすほどの危険度を有している。


 ここで指定されている『一般人』とは『術者』の対義語であり、陰陽道や魔術を使うことができない人間のことである。

 銃を持った警察官などが退治することができるのは4級妖怪まで。

 3級以上の妖怪に対しては、陰陽師や魔術師などの特殊技術を持った人間でなければ立ち向かうことはできない。

 流派や職種を問わず、現在、日本にいる陰陽師などの『術者』は一千人ほど。現役として危険地帯に入って妖怪と戦っているのはその半分に満たなかった。


「4級以下の妖怪はしっかりと訓練を積んでさえいれば誰にだって倒すことができる。だけど……3級以上の妖怪は生まれながらの術者の才能が必要になるわ」


 美森は疑うような目を恭一に向ける。


「さっきの貴方の攻撃だけど……いったい、どうやったの? 普通に殴ったりしただけに見えたけど、蘆屋家に伝わる秘伝の呪いか何かなのかしら?」


「いや、別に。本当にただ殴っただけだが」


「殴っただけで邪鬼が倒せるわけないでしょうが! 馬鹿なの? 馬鹿よねっ!」


 美森が地団太を踏んで叫ぶ。

 恭一からしてみれば、どうやって倒したのかだなんてどうでも良いことである。

 大事なのは……妖怪を倒したことで、どれだけの金が懐に入ってくるかだけだった。


(ああ、畜生! こんなに金額に差があるってわかってたら、チマチマと小鬼を潰してないで大物を狙っていたものを……時間を無駄にしちまったじゃねえか!)


 楽して稼ぐのが信条の恭一にとって、金と労力が釣り合っていないのは何よりも腹立たしいことだった。

 小鬼狩りがボロい儲けで得だと思っていたのに、それ以上の儲け話がすぐそばに転がっていたことを見逃していた。

 それは許しがたいほどに悔しいことである。


「……これからは3級以上を狙うことにするか。今日中に新しい住処の資金が貯まりそうだな」


 すでに懐には三十万円。

 安めのアパートであれば、数ヵ月分の家賃を支払うことができるだろう。

 十分に稼いだからもう帰っても良いのだが……何度も山登りをするよりも、今日中に何年か遊んで暮らせる金額を稼いだ方が効率が良い。


 できる限り働かない。

 働くのであれば、効率よく稼ぐ。

 それが蘆屋恭一という男の生き方なのだから。


「よし、さっさと進んで金袋を探すか」


「ちょ……待ちなさいよ!」


 スタスタと先を歩いていく恭一を美森が慌てて追いかける。

 二人は高尾山をさらに奥へと進んでいき、自然とレッドゾーンの中心である『薬王院』に近づいていくのであった。



     〇     〇     〇



(冗談じゃないわね……この男、人間じゃないわ)


 恭一の背中を追いかけながら、賀茂美森は背筋に冷や汗が流れるのを感じていた。


「お、また出たな。ラッキー」


『グギャッ!』


 恭一が首に縋りつこうとする鬼を掴み、虫を叩くかのように両手で潰す。

縊鬼(いき)』と呼ばれるその妖怪は人間に憑依して首を括らせる鬼だった。4級妖怪に属しており、5級退魔師には荷が重い相手である。


(それなのに……どうして、あっさり倒せるのよ。本当に馬鹿なの?)


 美森は二体の式神を操って襲いかかる鬼を迎撃する。

 レッドゾーンに入ってから三十分。断続的に鬼が襲撃してきていたが、恭一と美森は問題なく対処することができていた。

 3級退魔師である美森の活躍もあったが……主に鬼を迎撃しているのは恭一である。

 恭一は出現してくる鬼を千切っては投げ、殴っては潰し、まるで纏わりついてくる羽虫を払うようにして妖怪を退治していく。


(蘆屋家の人間だという話だけど……これは陰陽道じゃないわね。ううん、それどころか私が知っているどんな術とも違っているわ)


 そもそも、本当に術を使っているのだろうか?

 単純な腕力だけで戦っているように見えなくもないが……なおさら、人間の領分を超えている。


『ギイイイイイイイイイイイッ!?』


「はいはい、消えろ」


 恭一が組み付いてきた鬼を捕まえ、首をねじってもぎ取った。

 素手で頭部を引きちぎるだなんて……相手が鬼でなくともありえない。いったい、どれほどの腕力を有しているのだろう?


(母親は陰陽師だと言っていたわね。父親は外国人らしいけど……もしかして、海外の鬼神か何かの血を引いているとか……?)


 退魔師の中には、ごく少数ではあるが人外の魔性の血を引いている者がいた。

 かの有名な安倍晴明が『葛の葉』という名前の狐を母親としているように、妖怪や魔物の中には人と子を成すものがいるのだ。


 おそらく……恭一の父親もそうなのだろう。

 どのような人外魔境の存在かは知らないが……3級妖怪を軽々と倒せるのだから、並の怪異ではないはずだ。


「……危険ね。だけど、使えるわ」


 美森がポツリとつぶやく。

 美森が恭一に付いてレッドゾーンまでやってきたのは、無謀な5級退魔師が無残に鬼に喰われるのを憐れんだというだけではない。

 彼女なりの目的と打算があった。


 かつて、美森の父親はこの山で命を落とした。

 高尾山を鬼の魔の手から解放しようとして、返り討ちにあったのである。


 今から五年前、美森の父親を中心とした『武蔵賀茂家』の術者が高尾山解放のため、この先にある『薬王院』を取り戻そうとした。

 賀茂家は陰陽師の大家であり、日本各地に分家を持っている。『武蔵賀茂家』は関東圏で最大の分家だったが……それでも、京都にある『賀茂本家』には遠く及ばない家格だった。

 鬼から高尾山を取り戻すという功績があれば、退魔師業界において本家に近い地位と影響力を手に入れることができるだろう。

 そんなふうに考えて、美森の父親を筆頭とした十五人の陰陽師が鬼に戦いを挑んだ。


 結果は惨敗。生きて帰ってきたのはわずか三人。他の陰陽師は鬼に敗北して、彼らの腹の足しとなってしまった。


 この敗北により、『武蔵賀茂家』の地位は失墜した。

 本家に並ぶどころか主だった術者の多くを失い、退魔師業界の風下に追いやられることになったのである。


 美森はそんな家の権威を回復させるため、そして、父親の仇をとるために日常的に高尾山を訪れていた。

 少しでも鬼を減らし、いずれは父の成しえなかった高尾山解放を夢見ていたのだが……。


(まさか、こんな予想外のチャンスが転がり込んでくるとは思わなかったわ。この男を上手く利用すれば、山を取り戻すことができるかも)


 推測するに、恭一は2級退魔師と同程度の実力を持っている。

 この山を支配している鬼の大将とだって、一対一であれば時間稼ぎくらいはできるだろう。


(彼を鬼にぶつけて、その隙に薬王院を奪い返す。そうすれば、薬師如来の加護によって鬼を弱体化させることができるはず……)


「ねえ、アッチにたくさん鬼がいるわよ。お金になるんじゃない?」


「お、マジで? 行ってみるか」


『金』の一文字に釣られて、恭一は薬王院の方向に誘導されていた。

 驚くほどにチョロい。嘘をついているわけでもないのだが、申し訳ない気持ちになってきてしまう程である。


「まあ……利害の一致よね。うん」


「3級の鬼がこれで五体……五十万かよ! 笑いが止まらんな!」


 金勘定をしながら嬉々として進んでいく恭一を盾にして、美森は己の目的を達成するべく薬王院に向かっていくのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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[気になる点] この女ゴミ屑過ぎんだろ。某術廻戦でもイかれた奴が生き残るように、カスが生き残るようになってるのかね。
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