46.殺し屋へのお仕置き
「ッ……!」
割れたフロントガラスの破片が五月を襲う。
五月は運転席から転がり出て、すぐさま車のボンネットに乗った恭一から距離を取る。
「招鬼」
五月の影がブワリと広がり、そこから十数体の骸骨が現れる。
(どうして捕捉されたの!? まさか移動中を狙われるだなんて……!)
五月が歯噛みして焦る。
先日は数百の骸骨を使役していた五月であったが、あの時は多くの呪具を身に着け、何日もかけて呪いの力を貯めた上で戦いに臨んでいた。
不意打ちを仕掛けられた今の五月に、『呪いの女王』と呼べるほどの力はない。
(蜘蛛丸と夜叉丸も休ませている……不味い、このまま戦うわけにはいかない……!)
「……酷いことするわね。その車、車検に出したばっかりなのよ?」
五月は内心の焦燥を気取られないように、余裕たっぷりの笑みを顔に貼りつけて口を開いた。
「それに……私のことをどうやって見つけ出したのかしら? 後学のために教えてくださる?」
「何、お天道様は見ているってやつさ。悪い事は出来ねえよな」
スポーツカーのルーフを容赦なく踏みつけて、恭一が空を指差した。
まだ購入から一年しか経っていないというのに、自慢の愛車はへこんで割れて台無しだ。
五月が大きく舌打ちをして、ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべる恭一を睨みつけた。
「あの子……渡辺華凛さんの相棒よね? 単身で私を討ちに来たのかしら? それとも……どこかにあの子も隠れているの?」
五月がさりげなく周囲を探った。
大通りから外れた横道の真ん中には破損したスポーツカーが停車しており、アスファルトの地面にはクッキリとブレーキ痕がついている。
人気はなく、恭一と五月の二人しかいない。
通行人を人質にとることも出来そうになかった。
(……何らかの術で人払いをしているのかしら? この男は術を使った様子はないし、あの式神がやったのかしら?)
先日の戦いの場にいた女性の式神……静のことを思い浮かべる。
姿は見えないが、どこかに潜んで隙を伺っている可能性があった。
「……良ければ、名前を教えてくださるかしら?」
「呪術師を相手に素直に名乗れるかよ。知りたきゃ勝手に調べろよ」
「あら、残念ねえ……それで、私に何の御用かしら?」
用事なんて聞くまでもない。
この男は、五月を……滝夜叉姫を捕まえるためにやってきたのだ。
呪殺を得意とする殺し屋である滝夜叉姫は退魔師協会に指名手配されており、賞金も懸けられている。
五月はいつでも逃げることができるように、恭一の隙を窺った。
「用事ね。用事は…………これだ」
「あ……!」
恭一が割れたフロントガラスから助手席に手を突っ込み、そこに置かれていた旅行鞄を手に取った。
開いて中身を確認し……「ヒュウッ!」と口笛を鳴らす。
「三億はあるな。こんな鞄一つに、よくもまあ詰め込んだもんじゃねえか」
「返しなさい! それは私の金よ!」
「返しても良いのか? お前の命の代金だぞ?」
「…………!」
恭一が冷たく五月を一瞥する。
五月はブワリと総毛立ち、額に冷たい汗を流す。
(このプレッシャー……まさか、これほどの力を……!)
先日、ターゲットの屋敷で五月は恭一と顔を合わせている。
蜘蛛丸と夜叉丸を退けた実力は見事。
2級退魔師として、十分な実力を備えているとわかった。
しかし、五月としては恭一に対する印象は薄く、直に戦った渡辺華凛の方がはるかに高いポテンシャルを備えているように感じた。
(だけど、間違いだった……この男、実力を隠していたのか……!)
勘ぐる五月であったが、恭一としては手加減していたつもりはない。
単純に、やる気がなかっただけである。
慣れない護衛依頼。おまけに、護衛対象はムカつくオッサン。
やる気が出るわけもなく、無意識に力が抜けていただけである。
「これが殺しの報酬だろう? コイツをそのまま渡してくれるのなら、見逃してやるよ。このスクラップに乗ってさっさと消えな」
「……乗れませんよ。そんな車」
「金を渡すのが嫌だというのなら、ここで戦うことになるな……俺はどちらでも構わないぜ?」
「……良いのかしら、退魔師が強盗なんてして。捕まっちゃうんじゃないかしら?」
「警察を呼んでみろよ。できるものならな」
「……金に汚い人ね。モテないわよ」
五月が悔しそうに負け惜しみを吐く。
術を解除して周囲の骸骨を消して、両手を挙げて降参する。
すでに回答は決まっていた。ここで恭一と戦うわけにはいかない。
(準備不十分で勝てる相手じゃないわ……戦うとしたら、命懸けになる……)
タダ働きで戦うには、あまりにも割が合わない。
手に入れたばかりの三億を出してでも、戦闘を避けられるのなら喜ぶべきだろう。
「交渉成立だな……そうそう、お前って骸骨の面は持ち歩いているのか?」
「……アレは術で作った物よ。だから、いつでも被れるけど」
「被れよ」
「…………?」
五月が怪訝にしながらも、顔に掌を当てる。
途端、整った相貌を骸骨の面が覆い隠す。
「おお、それだそれだ」
恭一は車から飛び降りて、五月のすぐ傍に歩いていく。
のんびりとした足取り。五月が眉をひそめるが……。
「フッ!」
「ングッ……!?」
殴った。
骸骨の面の上から、五月の顔を。
「なに、を……!」
「その顔、一発ど突こうと思ってたんだ。一応は依頼人を殺されたわけだしな」
尻もちをついて倒れる五月に向けて、恭一は得意げに笑う。
松田山本権蔵という依頼人は嫌いだし、死んだとしても「ざまあ」としか思わない。
しかし、それでも依頼人には違いない。
殺した相手に拳を振り上げる程度の義理はある。
「リベンジ完了、気をつけて帰れよ」
「……次に会ったら、確実に殺しますわ。私、執念深い女ですの」
「その日が来ないことを祈ろう。それじゃあな」
顔を抑えながら睨んでくる五月に軽く手を挙げて、恭一は宙に飛び上がる。
三億という大金と、女の恨みを持ち去っていったのであった。
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