45.依頼失敗と美女の休日
「どうやら、効いたようねえ」
松田山本権蔵が死んだことにより、華凛と滝夜叉姫の戦いは中断されることになった。
滝夜叉姫がドクロの面の下でニヤリと笑う。
「才能のある退魔師というのは意外とザルよね。こんな手に引っかかるんだから」
「どういうこと? どうやって依頼主さんを殺したのっ!?」
華凛が刀を両手で握りしめながら、厳しい声で問いかける。
滝夜叉姫は周囲を骸骨で囲んで華凛をけん制しつつ、得意げに胸を張った。
「私が部屋に入ったときから、周囲に微弱な瘴気を撒いていたのよ。貴方達、退魔師にとっては何てことの無い、車の排気ガスほどにも感じないものだけど……普通の人間にとっては致命的。体内に瘴気が蓄積して、御覧の通りに命を奪ったのよ」
「……やられたな。そんな手があったのか」
恭一が舌打ちをする。
恭一も華凛も静も……松田山本権蔵を除いた者達はいずれも呪いや瘴気に対して強い耐性を持っていた。
だからこそ、普通の人間にとっては有害となるような瘴気も気にならず、滝夜叉姫がそうして依頼人の命を奪おうとしていることに気がつかなかったのだ。
「伊達に千年は生きていないわ。優秀な退魔師が雇われることは予想できていたから、対策くらいはしておくわよ」
千年を生きてきた狡猾な呪術師とのキャリアの差をマザマザと見せつけられた。
「それじゃあ、私はこれで失礼するわね……サヨウナラ」
「逃がすと思っているの? ここで仕留めるよっ!」
華凛が踏み込んで滝夜叉姫を斬りつけようとするが、途端に大量の骸骨が出てきて進路を阻んだ。
「逃げるわよー。アハハハハハハハハ!」
滝夜叉姫はまだ力を隠していたらしい。
先ほどよりもさらに大量の骸骨が現れて、部屋を埋め尽くさんばかりにする。
恭一と静も近づいてくる骸骨を打ち払うので精いっぱい。
逃げる滝夜叉姫を追いかける余裕はなかった。
「やられたか……」
足に縋りついてくる骸骨を踏み砕きながら、恭一は滝夜叉姫が消えていった扉を睨みつけた。
全ての骸骨を掃討した時には朝になっていた。
恭一にとっては苦々しい、敗北の夜が明けたのである。
その後の顛末であるが、恭一は依頼失敗ということで成功報酬を受け取ることはできなかった。
幸いだったのは、前金の返却を求められなかったこと。協会から非難されることがなかったことである。
松田山本権蔵氏の財産を相続した息子が父親と不仲だったらしい。依頼人を守れなかった恭一を責めるようなことはせず、前金の返還も求めなかった。
また、今回の依頼の障害だった滝夜叉姫の危険度を退魔師協会が測り違えていたことも依頼失敗を見逃された理由としてある。
非公式ではあるが、今回の護衛任務には同じく2級退魔師である渡辺華凛も参戦していた。
2級退魔師が二人いて倒しきれない滝夜叉姫は『2級』ではなく『1級』相当の危険度を持った呪術師であると定められ、依頼の危険度を間違えていた協会側にも責任があるとみなされたのだ。
恭一は成功報酬こそ取り逃したものの、特にペナルティを受けることなく済まされたのである。
〇 〇 〇
「~~~♪」
一人の女性が鼻歌を口ずさみながら、スポーツカーを運転している。
もう秋も暮れだというのに胸元が開いた大胆な格好をしており、サングラスをかけて陽気にハンドルを切っていた。
彼女の名前は平五月。
別名を『滝夜叉』と言い、平安時代から生きている死霊使いの殺し屋だった。
「~~~♪ ウフフフ、今日の依頼は儲かったわねえ」
鼻歌の合間につぶやいて、五月は助手席に置かれた旅行鞄を撫でた。
大きめのサイズの旅行鞄であったが、その中には札束が詰まっている。
今回の標的である松田山本権蔵は大勢の人間から恨みを買っており、この金はそういった人間達が『滝夜叉姫』を雇うために出し合ったものだった。
かつては平将門の娘として朝廷転覆を狙った滝夜叉姫であったが、現在はこうして呪術を扱う殺し屋として生計を立てている。
理由はシンプル。復讐は儲からないからだった。
(仮に政府を滅ぼしたとして、それで何になるって言うのよ)
かつては父の仇討ち、復讐に取り憑かれていた。
しかし、平将門を殺害した人間はとうの昔に死んでいる。
千年の間に幾度も政権が交代した。
幕府ができては滅び、明治政府ができては滅んだ。
皇族は存在しているものの、政治と縁を切って久しい。
今の政府を滅ぼしたとして、それが父親を殺した者達への復讐になるかどうか激しく疑問である。
ならば、不毛な復讐に時間と労力を取られるよりも、手に職として馴染んだ呪いの力で金儲けをする方が得に決まっていた。
美味しい物を食べて。
ゴージャスな服を着て、化粧をして。
スポーツカーを乗り回して。
ホストに大金を貢いで、侍らせて。
そういった華々しい人生を……我が世の春を五月は謳歌していたのである。
「さて……これからどうしようかしら」
五月は自慢のスポーツカーを乗り回しながら、今後のことについて考える。
せっかく大金が手に入ったのだから、また最高級のホストクラブを貸し切ってやろうか。
いや、今回の事件では2級退魔師二名を退けて目立ち過ぎたので、しばらく海外に潜伏した方が良いのかもしれない。
これから日本は寒くなるだろうし、タヒチやホノルル、ニューカレドニアあたりでバカンスを楽しむのも悪くない。
「さて、どこに行こうかしら……贅沢な悩みですこと」
南国でのバカンスを思い描いてスポーツカーを運転する五月であったが……やや人気のない道を通ったあたりで、突如として衝撃に襲われる。
「キャッ……!」
ズドンと音が鳴って、車が停止する。
ぶつかったのかと慌てる五月であったが……車のボンネットの上に乗っている人物の姿に目を剥いた。
「貴方は……」
「よう、お出かけかよ。お嬢さん?」
皮肉そうに笑って、その青年……蘆屋恭一が車のフロントガラスを蹴破った。
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