44.キャットファイトに横やり禁止
「ツブれろおおおおおおおおおおおおおっ!」
身体を膨張させて三メートル近い巨躯になった蜘蛛丸が、両手で拳撃の雨を降らせてくる。
恭一は岩盤を砕けるほどの威力の打撃を、受けて、避けて、流して、捌く。
一撃たりとも、まともに喰らうことはしない。
「こっちは問題なし。だが……」
「キイッ!」
「ッ……!」
姿を消した夜叉丸が不可視の攻撃を繰り出した。
恭一が咄嗟に上半身をのけぞらせると、毒の爪らしきものが顔の前を通り過ぎていく。
「フンッ!」
「キイイッ!」
見えない敵を蹴りつけるが……浅い。
遠ざかっていく気配に向けて雷撃を撃とうとするが、再び拳の雨が恭一を襲う。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
「そんでもって、こっちが出てくるわけか……意外と考えてやがるな。この二人」
蜘蛛丸が派手に拳を振るって牽制。
本命の夜叉丸が術で姿を消して、毒の爪で一撃必殺の攻撃を仕掛ける。
平安時代から生きている術者だけあって、狡猾な戦いぶりである。見た目ほどの猪武者ではないようだ。
「毒は……ちょっと苦手なんだよな」
恭一は舌打ちをする。
人並外れた頑強さと生命力を併せ持っている恭一であったが、毒に耐える自信はあまりない。
何故なら、ギリシャ神話において人間と神の間に生まれた半神半人であるヘラクレスやオリオンが毒によって命を落としているからである。
ヘラクレスの父親はゼウス、オリオンの父親はポセイドン。いずれも大いなる神の血を引きながら、毒には耐えることができなかった。
(となると……俺も毒で死んだとして、少しもおかしくはないな。兄貴や従兄と同じ轍を踏むわけにはいかねえ)
「チッ……!」
再び、蜘蛛丸の攻撃に紛れて、夜叉丸が毒の爪を振るっていた。
回避してすぐさま雷撃を放つが……当たらない。かなりすばしっこい。
「せめて、どこにいるのか場所がわかれば良いんだが……!」
「グオンッ!」
「コイツをやり過ごしながら探すのは無理だな」
蜘蛛丸の巨大な拳を受け流す。
先ほどから蜘蛛丸にも拳を通じて電流を流しているはずなのに、効いた様子はない。
電撃を無効化する能力でも持っているのか、それとも、根性で耐えているのだろうか?
「潰れてしまえ! グオオオオオオオオオオオッ!」
「毒を喰らえ……キイッ!」
「これは……ちょっと不味いかな?」
恭一の背筋に汗が流れる。
わりと真剣に命の危機を感じたが、直後、恭一の周囲を白い霧が包み込む。
「主様、援護いたします」
「静?」
霧を放ったのは依頼人を守っていた静だった。
依頼人を踏みつけて(?)守りながら、水を操って霧を発生させている。
「なるほど……そういうことかよ!」
「キイッ!」
夜叉丸の爪を回避して、カウンターの蹴りを腹部に喰らわせた。
小柄な体躯が吹っ飛んでいき、床を転がる。
「蒼雷」
そして、すかさず雷撃を放つ。
山勘ではない。そこにいると確信を持って放たれた雷が、夜叉丸の身体を正確に射貫いた。
「キイイイイイイイイイイイイイッ!?」
「夜叉丸!」
同胞がやられているのを見て、蜘蛛丸が叫んだ。
「隙ありだ」
「グウッ!?」
巨体の腹部に拳をめり込ませる。
体長三メートルはある蜘蛛丸から見れば、百八十センチの恭一など子供のようなもの。
それなのに、脇腹を抉るようにして放たれた打撃が蜘蛛丸に膝をつかせる。
「グオ、オオオオオ……」
「やっと殴りやすい位置に顔がきたな。助かるぜ」
「きさ……グフウッ!?」
「フンッ!」
渾身の力を込めた一撃を蜘蛛丸の顔面に叩きつけた。
蜘蛛丸が床に仰向けに倒れて、膨張していた身体が元のサイズまで縮んでいく。
蜘蛛丸と夜叉丸が陰に溶けるようにして消えていく。
どうやら、この二人は生きた人間というわけではなく、式神の類だったようだ。
「2級クラスの相手を二人撃破。これで報酬分は働いたかな?」
「お見事です、主様」
後ろから聞こえてくる静の称賛に、感謝の意味を込めて恭一が拳を挙げる。
「問題は本丸だが……」
「ヤアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「……こっちは苦戦しているようだな」
華凛と滝夜叉姫の攻防を見て、恭一が小さく嘆息する。
二人はいまだに戦い続けていた。
一進一退の互角の攻防を繰り広げている。
華凛が骸骨を斬れば、滝夜叉姫が新しい骸骨を召喚する。
いかに呪力で強化されていたとしても、ただの骸骨ごときにやられる華凛ではない。
反対に、滝夜叉姫も華凛に距離を詰めさせることなく、一足一刀の間合いに踏み込んだりはしない。
どちらも決定打を決めることができず、膠着状態が続いていた。
「私達が助太刀をすれば、すぐにでも戦いが終わりそうですが?」
「……いや、やめておこう」
静の提案に恭一が首を振った。
「乱戦になっているからな。同士討ちが怖い。それに……女同士の戦いに男が首を突っ込んで、丸く収まった試しがねえよ」
女の修羅場は男子禁制。
迂闊に手を入れようものなら、火傷で済まない傷を負うことになる。
それはプレイボーイとして少なくない女性と関係を交わした恭一にとって、当たり前の常識だった。
「報酬分はすでに働いているからな……まあ、依頼人が死ななければ良いだろう」
華凛と滝夜叉姫のどちらが勝つかは知らないが……少なくとも、依頼が失敗するということはないはず。
華凛を突破して、恭一と静をやり過ごすことなど不可能。
松田山本権蔵の命は盤石だった。
「うぐっ……!」
「あ?」
しかし、急に松田山本権蔵が苦しみだした。
首を掻き毟り、まるで毒物でも飲まされたかのように顔を紫色に染めていく。
「おい、どうした!?」
「げえ……あ……」
「おい!?」
「……がふ…………」
松田山本権蔵が血を吐いて、そのまま絶命した。
恭一は動かなくなった依頼人を見下ろして……呆然とつぶやいた。
「俺の成功報酬が……満額ボーナスが……」
退魔師になってから、初めての依頼失敗。
恭一は手から離れていった報酬にガックリと肩を落とすのであった。