42.ネクロマンサーは平安生まれ
平安時代に起こった大きな戦乱の一つとして、『平将門の乱』というものがある。
天慶の乱とも呼ばれるこの戦いでは、関東の豪族だった平将門が『新皇』を自称して朝廷に対して反乱を起こした。
この乱はわずか二ヶ月で鎮圧されるのだが、平将門は死後怨霊になって祟りをもたらしたとされており、日本三大怨霊の一角に数えられている。
滝夜叉姫は平将門の娘とされている人物だ。
戦に敗れ、平将門の一族は滅ぼされることになった。
窮地を生き残った滝夜叉姫は怨念を募らせ、貴船神社に復讐を祈願して荒魂より力を授かる。
滝夜叉姫は死者の軍勢を率いて朝廷転覆を図るが、激闘の末に敗れたとされていた。
「敗れはしたが、こうして現在まで生き残り……今となっては裏社会に名を馳せる呪術暗殺者か。人生ってのはわからないもんだな」
「言ってる場合じゃないんじゃない? すごい霊力だよ、お兄さん」
目の前に現れたドクロを被った女性……滝夜叉姫を前にしても、恭一に緊張感はない。
頭の中では、「平安生まれなのにカジュアルな服を着てるな」と見当違いなことを考えていた。
一方で、華凛は警戒した様子で刀を抜いて構えている。
滝夜叉姫からは妖しい霊力が放たれていた。
力強く、それでいて陰鬱な霊力。華凛がこれまで感じたことのない異質なものだった。
「アレって、本当に生きた人間なの? 怨霊とかじゃないの?」
「さあな……そんなことよりも……」
「殺せ!」
恭一の声をさえぎって、依頼主である松田山本権蔵が叫んだ。
「殺せ、殺せ! アイツを殺したら一億やるぞ! 俺を殺そうとした不届き者を血祭りにあげろ!」
「おおっ!」
「一億だって!?」
「俺だ、俺が殺すぞ!」
護衛達がぶらさげられた人参にいきり立ち、滝夜叉姫を殺そうとする。
軍人風の男が機関銃を取り出した。
他の護衛達も銃器を構えて、滝夜叉姫めがけて引き金を引く。
「死ねええええええええええええええっ!」
弾幕。殺意の雨あられ。
人間を一人殺すには十分すぎる量の弾丸が撒き散らされる。
「守れ」
しかし、滝夜叉姫が短く命じる。恐ろしげな雰囲気に反して、鈴のように軽やかな声だった。
直後、滝夜叉姫の前方に大量の骨が出現して、弾丸を受け止める。
たかが骨と思うなかれ。ぶ厚く、密集した骨は鋼鉄の壁にも匹敵する防御力があった。
弾丸が残らず弾かれて、砕けた骨の破片が部屋に散らばる。
「攻め」
弾幕が止んだタイミングを見計らって、再び滝夜叉姫が命じる。
壁となっていた骨が雪崩のようになって、松田山本権蔵と護衛達に襲いかかる。
「ひ、ヒエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
骨に打たれ、叩かれ、噛みつかれ。
自慢の護衛達が次々とやられて、骨の海に呑み込まれていく。
「危ないっ!」
「お?」
恭一が動くよりも先に、華凛が床を蹴った。
一瞬で部屋の中央まで移動して、骨に手足を噛まれている松田山本権蔵の襟首を引っ張って救出する。
「おお、ナイス」
恭一が小さく拍手する。
流石に依頼人に死なれるのは不味いと思っていたのだ。
そうかといって、ムカつく依頼人を助けてやるのも癪だったのだが……華凛が嫌な仕事を代わりにやってくれた。
「お兄さんも見てないでお仕事してよねっ! サボってたら、協会に言いつけちゃうんだからっ!」
「わかった、わかった」
恭一は雷撃を放って、華凛と松田山本権蔵に縋りつこうとする骸骨の群れを蹴散らした。
「……どうやら、多少はできる人間がいたようね」
そこで初めて、ドクロの顔をした女……滝夜叉姫がまともな言葉を発した。
虚ろな眼窩から濁った輝きが恭一と華凛を交互に見やる。
「それを渡してくれるのであれば、殺しはしない。断るのなら嬲ってあげる」
「お断り!」
答えたのは華凛である。
左手に掴んでいた松田山本権蔵を後ろに放り投げた。
「ギャフッ!」
松田山本権蔵が壁に顔面から激突して、ズリズリと床に倒れる。
骸骨に噛まれてあちこち怪我をしているが、命に別状はなさそうだった。
「おーおー、死ぬなよ。金づる」
恭一が無様に転がる依頼人を揶揄する。
おかげさまで溜飲は落ちた。
それなりにスッキリとしているし、後は護衛依頼を果たして金を貰うだけである。
「そのためにアレをどうにかしなくちゃいけないが……さて、どうなるかね?」
「ヤアッ!」
華凛が刀を振るい、立ちふさがる骸骨を両断した。
「交渉決裂ということね?」
「問答無用!」
「残念ねえ……こーんな小さなお子ちゃまを殺さなくちゃいけないなんて」
残念という言葉とは裏腹に、滝夜叉姫は酷く愉快そうである。
「宣言通りに嬲ってあげる。貴女はどんな悲鳴を上げて死ぬのかしら?」
滝夜叉姫が手を掲げると、華凛めがけて骸骨が殺到する。
華凛は襲いかかる骸骨の群れに、白刃を振るって応戦した。
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