表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/61

41.女剣士はやはり胸がデカい

(コイツ……こんなところで何を?)


 眉間にシワを寄せる恭一であったが、ここにいる以上、目的は同じだろう。


『退魔師として依頼を受けたわけではないようですね。『刀桜会』と言っていましたが……』


(さあな、知らん)


 恭一は知る(よし)もなかったが……『刀桜会』は東国の武士の末裔が集まって生み出した結社であり、暴力の世界においてそれなりに名を馳せているグループだった。

『退魔師協会』が半官半民の組織であるのに対して、『刀桜会』は完全な民間団体。

 その組織の目的は日本の伝統的な剣術を絶やさず継承していくこと、そして、犯罪者や妖怪を斬ることである。

 退魔師協会があくまでも妖怪をターゲットにしているのに対して、刀桜会の標的には人間も含まれていた。


「お、おお……これまた若い娘が送られてきたな」


 セーラー服を着た中学生の姿に、松田山本権蔵も戸惑っているようだ。


「確かに、刀桜会にも護衛依頼を出したが……まさか、中学生の子供が送り込まれてくるとは……」


「おいおい、そんなガキに何が出来るんだあ!?」


 専属護衛の一人……イレズミを入れたギャング風の男が声を荒げ、華凛に近づいていく。


「ガキは帰りな! さもないと、危ない目に遭うぜ。例えば……」


 男がニイッと笑って、華凛の胸に手を伸ばす。

 場違いなところに現れた子供にお仕置きでもしてやろうと思ったのだろうが……それは完全に藪蛇だった。


「ッ!」


「…………あ?」


 次の瞬間、男の手首から先が落ちた。

 事態が呑み込めずに呆然とする男であったが……噴き出した真っ赤な血を見て、ようやく自分の右手が斬り落とされたことに気がついた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


「あ! ごめん! ついつい斬っちゃった!」


 慌てたのは華凛の方も同じである。

 いつの間にか抜いていた刀を慌てて鞘に納め、両手をワタワタと上下に動かしてテンパっていた。


「ど、どうしようこれ? ぼ、ボンド……じゃなくて接着剤? ごはん粒で代用できるかなコレ!? 私、すぐに台所に行って……」


「出来るわけねえだろ。ばあちゃんの知恵袋か」


「あれ? 貴方って……」


「どいてろ」


 錯乱する華凛を見かねて、恭一が進み出た。

 片手を失って叫ぶ男の腕を掴んで、力を発動。


「ギャッ!」


 雷撃によって焼かれて、腕の切断面が焼け焦げる。

 これで失血死することはあるまい。


(そのせいで腕がつながらなくなるだろうが……知ったことじゃねえな)


 この男は明らかにカタギではないギャングだ。

 おまけに、先ほどは中学生にしては発育の良い華凛の胸を触ろうとしていた。

 初対面の女の乳を触ろうとする輩など、腕を失っても文句は言えない。


「おっと……でっかいブーメランが刺さった気がするぞ。コイツをさっさと病院に運んでやりな」


「わ、わかりました!」


 部屋の隅に控えていた使用人に命じると、腕を失くした男が連れていかれた。


「貴方……試験の時にあった人よね。名前は確か『アジが安売り』?」


「蘆屋恭一だ。全然、似てねえぞ」


「あ、そうだった。私に勝ったお兄さんだよね」


 華凛が朗らかに笑う。

 準決勝で敗れたというのに、特に気にした様子もなさそうである。


「お兄さんも雇われたの? 退魔師協会を通じて依頼されたのかな?」


「お前はそうじゃないのか?」


「うん。私は『刀桜会』っていうサークルみたいなグループがあるんだけど、そこに依頼があって来たんだ」


「へえ」


 恭一が興味なさげに相槌を打つ。

 華凛が少し離れた場所にある椅子で顔を引きつらせている依頼人……松田山本権蔵氏に気がついて、パタパタと小走りで走っていく。


「貴方が依頼人の『松島の山が近藤さん』だよねっ! 刀桜会の渡辺華凛です。よろしくお願いしますっ!」


「あ、ああ……話は聞いているよ。松田山本権蔵だが、よろしく頼む……」


 松田山本権蔵氏が小さく頭を下げた。

 恭一の時と対応が違うのは、華凛が男の手を斬り落とした場面を見ているからだろう。

 偉そうにしているが、実は小心者なのかもしれない。

 あからさまなくらい華凛と目を合わさないよう、視線が泳いでいる。


「……見たいもの、見られたかもな」


 自慢の護衛があっさりやられる場面。

 顔を引きつらせて怯えている、いけ好かない依頼人の顔。

 どちらも見たかったものだ。胸がすいてスッキリした。


 依頼人への挨拶を済ませると、華凛が壁際に戻った恭一のところにやって来る。


「それにしても……顔見知りのお兄さんがいてくれて良かったよー。大人ばっかりで緊張してたんだー」


「緊張ね……そうは見えないけどな。まあ、俺も会えて良かったよ」


 恭一は部屋中を見回した。

 部屋の中央のイスには依頼人の松田山本権蔵氏。彼を取り囲むように、屈強な男達が並んでいる。


「この部屋はむさ苦しくっていけないな。野郎の匂いで吐き気がしてたところだ」


「お兄さんってやっぱり女の子が好きなんだね? だから、私のおっぱいも触ってたの?」


「アレは事故だろう。それにしても……お前、やけに親しげだな。そんな奴だったか?」


 試験の時に話した際には、もう少しトゲがある話し方をしていた気がするが。


「戦って負けたからねー。強い人には敬意を払いなさいって、お父さんから言われてるから」


 華凛が胸の下で腕を組み、中学生離れした大きな果実が下から持ち上げられて強調される。


「だから、仲良くしてくれると嬉しいなっ! 美森ちゃんと信女さん、ジャンヌさんには連絡先を聞けたけど、貴方には聞いてなかったからねっ!」


「……アイツらとは連絡先を交換したのか?」


「うん。MINEでグループも作ったよ」


「そうか……」


 試験中はずっと険悪ムードだった気がするのだが、どうして仲良しになっているのだろう。

 女という生き物はわからないものである。


「そういえば……今日は護衛の依頼を受けてきたんだけど、随分と大仰だよね。2級退魔師が二人もいるだなんて」


「お前が来たのは偶然だが……資料を貰ってないのか?」


「……何のことかな?」


「今回の依頼人はどうやら、殺し屋に狙われているようだぞ。呪術を使ってターゲットを殺害する、退魔師協会からも2級の妖怪と同等扱いされて懸賞金をかけられている、とびきりヤバい奴にな」


「ふーん、それっていったい……」


 華凛が言いかけたところで、バチリと屋敷の明かりが消えた。

 停電。あるいはブレーカーが落ちたのか。

 部屋の中が闇に包まれる。護衛達がザワリと騒ぎ出した。


「おい、何だ!」


「停電か? 誰か、ブレーカーを見てこい!」


 バタバタと誰かが廊下に出ていき……直後、悲鳴が聞こえてくる。

 バタリと人が倒れる音。続いて、血をすするようなおぞましい音が廊下から聞こえてくる。


「……客が来たようだな」


「おい! どうした、何事だ!?」


 松田山本権蔵氏が大声で喚く。

 やはり、偉そうにしているだけで小心者のようだ。

 騒がずとも、すぐに『それ』はやって来るというのに。


「お?」


「…………!」


 部屋の扉の向こうから、青白い炎が現れた。

 ユラユラと人魂のように揺れる鬼火によって、部屋が不気味に照らされる。

 恭一が余興の前のように楽しそうな顔をして、華凛が警戒した様子で刀の柄を握った。


 鬼火に照らされる部屋の中。

 入ってきたのは、カジュアルな服を着た女性だった。


「…………」


 背の高い女である。

 赤色のニットのトップス。足首まで隠れるフレアマキシスカート。シルバーのアクセサリーで飾った服装はオシャレだった。

 代官山あたりを歩いていて違和感のない服装である。


 しかし……全てを場違いにしているのが、その顔。

 マスクでも被っているのだろうか。

 その顔面は精巧なドクロのそれだったのである。


「……服装が服装だけに、逆に違和感がすごいな」


「アレが……その殺し屋さんなの?」


 異様な空気に支配される部屋の中。

 ドクロの女に続いて、死人の兵士が侵入してくる。

 骸骨の武者、ゾンビのような腐乱死体、先ほど廊下に出ていったはずの護衛の一人もまた死体となりながら追従していた。


「あれが日本最古のネクロマンサー……平安時代の呪いの女王、『滝夜叉姫』か」


 平安時代から生きている大妖の魔人を前にして、恭一はさほど気負う様子もなくその名を口にするのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ