39.ハニトラにかかる奴は何度でも引っかかる
退魔師として2級に昇格。
天竜の依頼により、山に蔓延っている陰摩羅鬼の討伐。
いくらかアクシデントはあったものの……やるべきことをやって、恭一は東京のタワーマンションに帰ってきた。
2級に昇格したからといって、恭一の身の回りが劇的に変わったりはしない。
ギャンブルをして、飲みに歩いて、美味い物を食って。
そして……女を抱く。そんなサイクルの繰り返しである。
金には余裕があったので、自分から積極的に労働することはしない。
ダラダラと、漫然とした日々を暮らしていた。
「仕事の依頼? 俺にか?」
そんな恭一にも、労働の時はやってくる。
退魔師協会の受付嬢……青井双葉が恭一の部屋を訪れたのだ。
「ええ、2級退魔師である貴方への依頼よ」
双葉がブラのカップに乳肉を詰めながら、そんなふうに言う。
場所は恭一の部屋。時間は早朝。
双葉は下着を身に着けて朝の準備をしている最中。
一方の恭一は、いまだベッドの中で寝ぼけ眼を擦っていた。
状況からお察しの通り、事後である。
恭一と双葉は恋人というわけではない。
それでも、双葉は頻繁に恭一のマンションを訪れており、肉体関係を結んでいた。
恭一は女たらしである。初対面の相手でも平気で口説くし、ホテルに連れ込める人間だ。
夜職の方々を中心に不特定多数の女性と交流があるが、頻繁に身体を重ねている女性は二人。
式神の静。担当の受付嬢の双葉である。
静と双葉をそれぞれ抱くこともあれば、二人同時に相手をするときもあった。
今日は双葉の日であり、行為を終えて夜が明けたところである。
「前にも説明したけれど……2級以上の退魔師は自分で山などに入って、妖怪を祓うことはしないわ。協会から持ち込まれた依頼を受けて、仕事をすることになるのよ」
「それは知ってるが……面倒だな」
「面倒でもやってもらうわよ。さんざん、サービスしたのだから当然でしょう?」
双葉が下着姿でポージングを決めて、赤い下着に包まれた豊かな胸を強調させる。
仕事の話をする前に夜の行為を済ませるあたり、双葉がハニートラップに慣れていることが伺えた。
いつもよりもサービスが良いと思ったら、そんな事情があったらしい。
「俺に仕事をさせて、そっちにどんな得があるんだよ。金とかもらえるのか?」
「ええ。担当している退魔師が仕事をすると、私達にも報酬の一部が支払われるのよ。微々たるものだけど、事務仕事の半・公務員としては有り難いボーナスよね」
「濡れ手に粟ってことかよ。女は得だよな」
「そういう発言は今の時代にはそぐわないわよ。女性でも活躍している退魔師はいるし、男性の事務員だっているんだからね」
双葉が憮然として言って、ベッドの上にA4サイズの紙束を投げた。
「おい……まだ受けるだなんて……」
「必要なことはそこに書いてあるから、よろしく頼むわね。それじゃあ、私は仕事があるから」
恭一の返事を待つことなく、女性用のスーツに着替えた双葉が手を振って出ていった。
双葉と肉体関係を持って半年になるが、どんどん扱いがぞんざいになっているような気がする。
「クソ……あの女め……」
「主様、おはようございます」
頭を掻く恭一の前に、着物姿の静が現れた。
「朝食を作ります。和食と洋食とどちらがよろしいですか?」
「和食で。味噌汁飲みてえ」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
静がキッチンの方に消えていく。
以前は魚料理しか作れなかった静も、最近は肉などが調理できるようになっている。
人間社会での生活にもなじんでおり、一人でスーパーに買い物にも行っていた。
「やれやれ……また、仕事か……」
『また』というほど働いてははいない。
恭一が最後に労働したのは一ヵ月も前のこと。
それでも何千万も稼いだのだから、収入的には十分だったが。
「…………」
恭一はうんざりした気持ちになりながら、全裸のまま資料を手に取った。
「仕事の内容は……護衛任務だと?」
美女の護衛かと一瞬だけ期待したが、同封されていたのは四十前後の男性の写真。
恭一はウンザリとした顔になって、添付されていた写真を指で弾いた。




