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36.一匹いたら一万匹いる

「アレが陰摩羅鬼か……初めて見るが、想像していた以上にキモいな」


 山中を無数の黒鳥が飛び交っている。

 遠目には普通の鳥に見えなくもないのだが、よくよく見ると顔の部分が人間によく似た人面鳥であり、瞳には鬼火が妖しく燃えていた。


 不気味な怪鳥。

 その数、およそ一万。

 これだけの怪鳥が山を飛び回っているというのに、どうして、静岡の退魔師はこの異常に気がついていなかったのだろうか。


「異常が明らかになる寸前だったのでしょう。このままでは、奴らが人里に下りるのも時間の問題でしょう」


「なるほどな。かなりギリギリのタイミングだったわけか」


「ところで、主様」


「ん?」


「そろそろ、拙の胸を撫でるのをやめていただけないでしょうか?」


 静が困った様子で眉尻を下げて言う。

 静に膝枕をさせて仮眠をとっていた恭一であったが、その右手は無遠慮に和服の上から乳房をまさぐっている。

 すでに何度となく身体を重ねており、静の身体で恭一が知らぬ場所はない。

 生地の厚い和服の上からでも、正確にトップを責めることができるのだ。


「おっと、悪いな。うっかりしてたぜ」


 静へのセクハラを中断させて、恭一が起き上がる。


「敵さんが現れたところで仕事と行きたいところだが……それにしても、参るよな。この数は」


 陰摩羅鬼はとにかく数が多い。

 一万匹の怪鳥が入り乱れて、山の中を飛び回っているのだ。

 これを残らず駆除しろというのは、なかなかに面倒な仕事内容である。


「だから、主様に依頼をされたのでしょうね。天竜様と眷属の妖怪だけでは対処しきれなかったのかと」


「そんなことを言われても、俺だってどうしようもないと思うがね。雷で森ごと焼いちまったら怒るよな?」


 冗談めかして言うが、もちろん、そんなつもりはない。

 森を焼けば、川が汚れる。

 雨水を貯めこんでおくのが山の木々の役割だから。

 川が汚れれば、当然ながら天竜川の化身である神が激怒してしまう。


「となると……どうにか森への被害を最小限にしつつ、ここにいる鳥どもを蹴散らさなくちゃいけないわけか」


「ギャー、ミナゴロシダー!」


「五月蠅せえ」


 飛びかかってきた陰摩羅鬼を拳で殴り飛ばす。

 本来であれば物理攻撃など効かない魂だけの存在だが、霊力をまとった拳は容赦なく怪鳥の頭部を叩き潰す。

 怪鳥は「グギャー」と人間とよく似た悲鳴を上げて、雲散霧消して消滅する。


「これで一匹……うんざりするな」


「まともに相手をしていてはキリがありませんね」


「ギャー!」


 静が水を操って、周囲の陰摩羅鬼を蹴散らした。

 そうしているうちにも、地面からどんどん人魂が出てきて、怪鳥の姿に変わっていく。

 敵の数は増える一方。如何ともしがたい状況である。


「一匹ずつ潰している場合じゃねえな……何か、方策を考えた方が良い」


 相手は怨霊。

 十分な供養をされることがなかった死者が化けて生まれる妖怪である。

 三方ヶ原の戦いにて、山野に討ち捨てられた戦死者から生じた魂を当時の退魔師が祠に封印したもの。


 正攻法な祓い方でいえば、念仏を唱えて成仏させるのが良い。

 例えば、近隣の寺社から坊主を五百人ほど集めて大念仏でもさせれば、彼らを成仏させることができるかもしれない。


「ただ……どんだけ、金かかるのかって話だよな」


 恭一はうんざりと首を振る。

 坊主を雇って山の中に連れてくる金をだれが払うのだ。

 危険手当を含めて一人頭の報酬を十万円としたとしても、五千万もかかってしまう。

 そうでなくとも、大勢の坊主を雇うだなんて手間がかかって仕方がない。


「そもそも、天竜様はこの事態が大事になるのを避けているようでした。我々だけの力で解決したいところです」


「そうなんだよな……面倒だ」


 報酬一億円は伊達ではない。

 思いのほかに難しい依頼である。

 シンプルなど突き合いで済まされない分だけ、魔王や海魔と戦ったときの方が、まだ楽だったとすら思えてしまう。


「山を包み込むような大規模な術を使えたら良いのですが……拙の力では不十分です」


「俺は天候を操れるから、やってやれなくもないがな……威力の微調整ができん。山ごとムチャクチャにしちまいそうだ」


 静は性格上のことなのか、それなりに繊細に術を使うことができる。

 恭一は術の出力は高いのだが、細かく威力を調整することができない。

 お互いの長所と短所が浮き彫りになった瞬間である。


 近寄ってくる怪鳥を叩きながら、二人はしばし途方に暮れる。

 しかし、ふと静が何かを思いついた様子で両手を合わせた。


「そうだ……主様、一つ試してみたいことがあるのですが?」


「ん?」


「主様と拙の力を合わせれば、あるいは……男女の共同作業というものをやってみましょう」


「…………?」


 何故か嬉しそうな様子の静に、恭一は怪訝に目を細める。

 静が口にした作戦を聞いて……すぐさま、それを実行することにした。


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