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35.山のレジャー。それは美女の膝枕

 かつて、徳川家康と武田信玄がぶつかった三方ヶ原は平原だが、現在は開発されて町となっている。

 古戦場跡も町中にあって、慰霊碑なども建てられていた。


「それなのに……陰摩羅鬼が出るのは山の中なんだな。意味がわからん」


 目的地にレンタカーで向かいながら、恭一がぼやいた。

 助手席には静が座っており、必要もないだろうにシートベルトをキッチリと付けている。


「玉袖姉様から聞いた話によりますと、当時の退魔師らが戦死者の魂を鎮める際にあえて平野からずらした山中に祠を建てたようです。おそらく、周辺が開発されることをあらかじめ考慮していたのでしょう」


「なるほど。開発によって祠が壊されることを気にしたわけか」


 また、山中であれば祠が壊れて怨霊が甦ったとしても、大きな被害をもたらすことはないだろう。

 当時の退魔師らがどこまで考えていたかは知らないが……少なくとも、河童の相撲で壊されることは想定外のはずである。


「まあ、俺は金がもらえたら何でも良いけどな」


 ハンドルを切り、向かう先は三方ヶ原から北方にある観音山という場所。

 妖怪の出没地域として、退魔師以外には立ち入りが禁止されている。

 一番、近い駐車場にレンタカーを駐めて、退魔師ライセンスを提示してから、山に入れてもらった。


「さて……山登りか」


 高尾山以来となる登山である。

 その気になれば空を飛んで行くこともできるが、そっちの方が疲れるのでやめておいた。


「全ては小判ザクザクのためか……まあ、これくらいは我慢しようかね」


 ぼやきつつ、恭一は静を伴って山を登っていく。

 途中で同業者に遭遇したが、二、三挨拶の言葉を交わしただけで協力を求めたりはしない。

 いずれも4級以下の退魔師ばかり。

 先日まで5級だった恭一も人のことは言えないが、彼らでは戦力にならないだろう。


「陰摩羅鬼は夜になると現れるとのことです。彼らはまだ異変に気がついていないかと」


 静が横から注釈を入れる。

 退魔師は日中に妖怪出没地域に入り、日が暮れるまでに出ていくというのが常道である。

 夜になると視界が悪くなり、あらゆる妖怪が凶暴化するので当然の対処だった。


 恭一と静は並んで山に登っていき、途中でピクニック気分で弁当を食べたりして……そうして、目的のポイントへとたどり着いた。


「これが天竜の言っていた祠か……」


 そこには苔むした石材が崩れて転がっていた。

 もはや、何があったのかもわからないような無残な有り様である。

 恭一が石材の一つに触れると、(ひび)割れていたそれがボロボロと崩れた。

 河童が遊んでいて壊したとのことだが、そうでなくとも崩壊は時間の問題だっただろう。


「随分と古いな……作ってから四百年。そりゃ、壊れても無理はないか」


「そうでしょうか? たかが四百年前だと思いますけど?」


「鎌倉時代生まれに言われると、そりゃあそうだろうな……まだ時間があるし、日暮れまで寝ておくか」


「畏まりました。こちらへどうぞ、主様」


 レジャーシートを敷いて横になり、静に膝枕をさせてのんびりと時間を潰す。

 ゴロゴロと転がって登山の疲れを癒し、時々、手慰みに静の太腿やら乳やらを撫でてセクハラをする。

 妖怪の気配はあったが、襲ってくることはなかった。

 静から漏れている神気に恐れをなしているのか、天竜の眷属があらかじめ追い払ってくれたのかもしれない。

 やがて日が暮れてきて、山中が夕闇に包まれる。


「日が暮れてきたようだが……そろそろかね?」


「主様、アレです」


「お?」


 静が木々の奥を指差した。

 すると、地中から青白い光が染み出してきて、フワフワと宙を漂い始める。

 人間の魂……人魂である。

 奇怪な魂の火は一つ、また一つと数を増やしていき、山中に無数の人魂が出現した。


「キエー」


「ギャー、ギャー」


 やがて人魂が明確な形を成していき、一メートルほどの大きさの黒鳥へと姿を変えていく。


「コロセー、コロセー」


「ニゲロ、ワナダ。ニゲロー」


「テキヲオイカケロー、ウテウテー」


 黄昏時の夕闇の中、無数の黒鳥が無念そうに鳴く。

 まるで鸚鵡(オウム)が人の声真似をするかのような歪な叫びが、鬼火の舞う木々の中に虚しくこだましていった。


「おいおい……多すぎるだろ」


 現れた怪鳥……陰摩羅鬼を前にして、恭一があからさまに嫌な顔をした。

 出現した陰摩羅鬼の数は少なく見積もっても一万。

 とんでもなく大量の怨霊が、森の中を無秩序に暴れていたのである。


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