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33.老人の話は長い。神の話はもっと長い。


 2級昇格試験合格を決めた恭一であったが……すぐに東京に帰ることなく、静岡県の観光をしていた。


 残念ながら、静岡県に観光地としてのイメージはない。

 京都・奈良・大阪という修学旅行における定番の関西三県、北海道、沖縄、福岡などと比べると、どうしても格落ち感がある。

 しかし、東海道が横断していることもあって、江戸時代以前から交通の便は良い。

 むしろ、妖怪被害が大きい飛行機を使わずとも行ける分だけ、安心・安全なイメージがあった。


 だから、それなりに今回の観光は楽しめると思ったのだが……。


「ワシも若い頃はヤンチャだったからのう。よく暴れて、周りに迷惑をかけたものじゃわい」


「…………」


「雨が降るたびに年甲斐もなくハシャイデしまっての、いくつ村を沈めてしまったかわからぬわ」


「…………そうかよ。そりゃあ、大変だ」


(それなのに……どうして、俺はこんなところでジジイの昔語りを聞いているんだ?)


 恭一は内心で溜息を吐く。

 恭一がいるのはとある日本家屋。その床の間だった。

 長方形のテーブルを挟んだ対面には着物姿の老人が胡坐をかいて座っており、ヒゲを撫でつけながら淀みなく話をしている。


(こんな『昔の俺は悪だった』みたいな話をされても困るんだけどな……何だ、この状況は)


『……申し訳ございません、主様』


(静……)


『拙のせいでこのようなことになってしまい、申し訳ありません……主君に負担をかけてしまったこの身を恥じるばかりです……』


 隣の座布団で正座をしている静が心の中に語りかけてくる。

 契約を交わして、式神として主従関係を結んでいるため、言葉に出さずともテレバシーのように会話をすることができるのだ。


(まあ、お前のせいだとは思っていないが……俺は仕事を依頼されて、ここに来たんじゃなかったのか?)


『そのはずですが……久しぶりに客人を迎えたとのことで、ついつい長話をされているようです。天竜様は』


「じゃからのう。ほれ、坂上田村麻呂という男がおったじゃろう? あの小僧にワシの娘が一目惚れしてしまってのう。娘可愛さにワシもついつい意地の悪い事をしてしまって、薬師様にもご迷惑を……」


 恭一の辟易した様子に気がつくことなく昔話を続けている老人であったが……彼は『天竜』。

 静岡県を流れている一級河川・天竜川の化身……即ち『竜神』だった。

 天竜川は長野県の諏訪湖を源泉として、太平洋に流れ込む大きな川である。

 流れが速く、昭和の時代に大規模な治水工事が行われるまでは、大雨のたびに水害を引き起こす『暴れ天竜』の異名を取っていた。


 そして、この場所は天竜の屋敷。

 神が生み出した強大強固な結界……『神域』の中だった。


 どうして、恭一がこの場所にやってきたかというと……その原因は式神の静にある。

 鎌倉出身の竜神である静のところに天竜からの使いがやって来て、仕事を依頼したいと頼まれたのだ。

 詳しいことは恭一も知らないが……竜神同士である種のコミュニティが存在しており、定期的に会合や飲み会などの集まりがあるとのこと。


『私は半人なのであまり参加していませんが……お父様と天竜様は親しい間柄で、断ることができなかったのです』


(……そういう付き合いはあるよな。まあ、気にするな)


 静から意気消沈した感情が伝わってきたので、とりあえず恭一もフォローしておく。


 静は日頃から恭一の世話を甲斐甲斐(かいがい)しく焼いてくれている。

 掃除・洗濯・炊事などの家事全般はもちろん。

 退魔師として活動する際には、積極的に矢面に立って戦闘までしていた。


 ヒモ気質な恭一であったが、基本的に女性をないがしろにすることはない。

 自分に尽くしてくれる女性に対しては常に感謝と敬意を欠かさないようにしており、よほどのことでない限りはお願い事を断ることもしないのだ。


(仕事として、報酬も出るんだろう? これも仕事の一環。ジジイの長話に付き合うくらい許してやるさ)


『お心遣い、感謝いたします』


 とはいえ、いつまでもこうして話し込んではいられない。

 相手は竜神。

 しかも静よりも遥かに古くから存在している、古参の神だ。

 迂闊なことは言えないが、どうにかして話を先に進めなければいけない。


「お父様、それくらいになさっては如何ですか?」


 渡りに船といったタイミングで襖が開いた。

 ブラウスにロングスカートという落ち着いた装いの女性が現れて、恭一達に会釈をする。


「若い人達が訊ねてきてくれたのが嬉しいのはわかりますが、いつまでも話し込んでいては失礼ですよ。それくらいで本題に入って差し上げたらいかがですか?」


「ムウ……玉袖(たまそで)か」


 女性に(たしな)められて、天竜が渋面になる。

 そうしているうちにも玉袖と呼ばれた女性が、テーブルに置かれた湯のみにお代わりのお茶を注ぐ。


「二人とも、ごめんなさいね。父の話が長くて。悪気はないから許してあげて頂戴」


「まあ、気にしてないが」


「ありがとうございます、玉袖姉様」


 恭一が応じて、静も頭を下げる。


 彼女の名前は玉袖姫。天竜の娘の竜神である。

 先ほどの長話で仕入れたばかりの情報だが……かの征夷大将軍・坂上田村麻呂の妻であり、子供を産んでいるらしい。

 外見は二十代後半といった年頃なのだが、未亡人であることを思うと、不思議と色気が三割増しで見えた。


「ウウム……仕方がないのう。それでは、仕事の話をするか」


 まだ話し足りなかったのか、天竜が残念そうに頭を掻きながら首を振る。


「主らに頼みたいのは、最近になって近隣を荒らしている妖怪の討伐じゃ。残念ながら、この国の術者共は気づいておらぬ。すぐにどうということもないが……放置しておけば、少なからぬ被害を生じることじゃろう」


「その妖怪というのは?」


 ようやく本題に入ってくれた。

 安堵に胸を撫で下ろした恭一が訊ねると、天竜が口を開いてその名を告げる。


「死人が転じる鳥の化生……『陰摩羅鬼(おんもらき)』じゃ」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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