32.聖女の憂鬱。あるいは……
理事による話し合いの結果……今回の試験では、四人の退魔師が2級昇格を認められた。
一人目はもちろん優勝者である蘆屋恭一。
純粋な戦闘能力。
他の候補者を圧倒する実力は1級退魔師にも迫るほどで、試験では格の違いを存分に見せつけていた。
二人目は賀茂美森。
式神術だけではなく、符術や幻術などの幅広い能力。
戦術的な構成能力。準決勝を無理することなく辞退したことも、かえってプラスに働いた。
2級退魔師は複数の退魔師が共同して任務に就く際に、指揮官を任される立場である。
無理をせず、状況を俯瞰して冷静に判断したことが高く評価されたのだ。
三人目は渡辺華凛。
『鬼斬り役』としての剣技、強力な戦闘能力は2級としては十分。
潜在能力は今回の候補者の中で随一であるとみなされている。
中学生という若すぎる年齢はどうかと思われたものの、すでに2級相当の妖怪を何体も倒しており、今後に期待という意味で昇格が認められた。
四人目は仙道翔一。
誰だと言いたくなるところだが……二回戦で渡辺華凛に敗北した道教の使い手である。
組み合わせに足をすくわれて敗退したものの、幾人もの死霊を使役した戦術的な戦い方が高く評価された。
退魔師になって二十年というキャリアも十分であり、今回、遅咲きの桜を咲かせることとなったのだ。
決勝戦まで進出したロゼッタ・ジャンヌが昇格できなかったのは、彼女の能力の大部分が銃火器に依存していることが理由だった。
銃火器を持っていれば良いのなら、軍人や自衛官に守り札などの防御の術を与えて戦わせれば同じである。
対人戦闘だからこそ勝ち上がることができたが、2級以上の妖怪で物理攻撃が効かない相手にどこまで戦えるかわからない。
もちろん、ロゼッタもそういう相手への対処法は持っているのだが……それを試験の中で発揮することができなかったのが敗因である。
「負けた……」
試験会場である静岡からの帰路。
貸し切ったリムジンタクシーにポツリと座って、ロゼッタ・ジャンヌは深々と溜息を吐いた。
2級に昇格できなかったことはショックであるが、それ以上に、決勝戦で蘆屋恭一に敗北を喫したことがロゼッタの心を苛んでいる。
ようやく見つけた、姉の仇。
本人ではないものの、姉を凌辱して悪の道に堕とした仇敵を見つけたというのに。
「…………」
ロゼッタは財布を開いて、そこに入っている『御守り』を取り出した。
淑女の嗜み。
もしもの時のためにと、ビッチと化した姉から渡された薄さ0.01mmのアレの束である。
貞淑さを失った姉を嘆きながらも、言われるがままに持ち歩いてしまうのは、ロゼッタもまた『あの男』の呪縛から抜け出せていない証拠だった。
「…………」
脳裏に思い出されるのは、あの日の出来事。
姉が大いなる神によって、目の前で凌辱されたときのことである。
修道院に入ったばかりの十二歳のロゼッタには、何もできなかった。
ただ呆然と、姉が犯されているところを見ているしかできなかったのだ。
(本当にそうだったのかしら……?)
今になって、ふと疑問が頭をよぎる。
たとえ神を打ち倒すことができずとも、逃げて助けを呼ぶことくらいはできたのではないか。
何もできなかったのではなく、何もしなかっただけなのではないだろうか?
何故なら……姉が美しかったから。
いつも貞淑で、清らかだった姉が犯されており、喘いでいるのがたまらなく美しく見えたから。
みだらに嬌声を上げる姉から目を逸らすことができず、魅入ってしまっただけなのではないだろうか?
『とりあえず、今日は味見ということで……もしも、外で俺の命を狙うつもりだったら覚悟しろよ。返り討ちにして、お前の姉ちゃんがされたことよりもすごいことをしてやるから、せいぜい肌を磨いておくことだ』
抱きしめられ、ささやかれた恭一のセリフ。
鼓膜から脳に溶け込むような甘い声は、今もロゼッタの耳にこびりついている。
(次にあの男に会ったら、私は何をされてしまうのかしら……?)
脳裏に焼き付いた姉の艶姿に自分が、『あの男』の姿に恭一が、それぞれ重なる。
ロゼッタが『あの男』を憎み、探していたのは本当に憎しみが動機なのか。
それとも……姉のようにして欲しくて、あの男を求めていただけなのか。
「く、屈辱です……」
ロゼッタは圧倒的強者に組み伏される未来を思い浮かべ、頬を染めながら身悶えるのであった。
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