30.貞淑な女は良い。乱すのが良い。
ロゼッタが言い放ったその言葉は、少なくない人間に衝撃を与えた。
「ゼウスって……」
スタジアムでの試合を観戦していた美森が息を呑む。
試験官の小野、アシスタントの退魔師も信じがたいという表情をしている。
この場にはいないが、別室にいる審査員……つまり、退魔師協会の理事らも同じように驚いていることだろう。
ゼウス。
言わずと知れた、ギリシア神話の大神。
ギリシア神話において全知全能の存在とされており、宇宙や天候を支配している天空神。
冥界の神であるハーデス、海の神であるポセイドンを兄として持ち、アテナ、アルテミス、アポロンなど多くの有力な神々の父とされている。
ひょっとしたら、世界でもっとも有名な神かもしれないその名を聞いて、多くの者達を騒然とさせた。
「フン……」
一方で、恭一の反応は淡白である。
父親であるかもしれない神の名を突きつけられても、わずかに鼻を鳴らしただけである。
「驚かないんですね……知っていたんですか?」
「いや、知らないな。だが……俺の母が孕んだ時の話は聞かされている」
幼い頃、恭一がまだやさぐれていなかった時代。
恭一は一度だけ、母親に自分の父親のことを訊ねたことがある。
母は父の名前を教えてはくれなかった。
それでも、父とのなれそめ、恭一を孕むことになった経緯は教えてくれた。
父と母はヨーロッパのとある国で出会ったらしい。
カメラマンとしてモンスターの生態を撮影していた母は、危険地帯に足を踏み入れて、そこでワイバーンの群れに囲まれてしまったそうだ。
絶体絶命。
あと少しで命を落としてしまう状況を救ったのが、父だった。
父は稲妻によってワイバーンを容易に蹴散らして、母の命を救ってみせた。
そして……助けた見返りとして、身体を要求したのだ。
「父親が何者かは知らねえ。だが……ヨーロッパにいる神で雷を操り、おまけに初対面の女に肉体関係を迫るような好色な神はそうはいないだろう。確信はなくても、大体の予想はできるさ」
「だったら、私が貴方を憎んでいる理由もわかったでしょう?」
「憎んでいるのは俺じゃなくて、ゼウスってわけか」
「ええ……姉の仇ですもの」
ロゼッタが手にしている銃を強く握りしめて、ギリギリと奥歯を噛みしめて鳴らす。
「姉の仇……殺されたのか?」
「殺された方がマシなことをされたのです……あの神は姉を犯した!」
ロゼッタが血を吐くようにして、告白する。
「私の姉はある修道院に勤めていた貞淑な女性でした。神への信仰に身を捧げて、祈りと社会奉仕の日々を過ごしていました。だけど……そんな姉のところに奴が現れた。姉を油断させるため、姉の大好きな犬に化けて」
「…………」
「奴は姉を強引に抱いた。幼い私が見ている前で。家族の前で凌辱を受けた姉は強いショックを受けて……」
「まさか……」
死んだのか。自殺したのか。
貞淑なシスターであれば、望まず男に犯されたことを苦にして、そういう決断をしてしまうこともあるのかもしれない。
「……ビッチになったんです」
「…………は?」
「『男に抱かれるのって超気持ち良い。どうして私、こんなこと我慢してたんだろwww』と毎晩のように盛り場に繰り出して男あさりをするようになり、おまけに見られている方が興奮するからと路上プレイや、わざわざ私を寝室に呼んでからあんなことを……!」
「うっわ……そういう展開かよ……」
「だから、私は決意したのです。悪の芽は根絶する。あの神と、その血脈を絶やしてやると……!」
ロゼッタが背後に怒りの炎を背負い、銃を構えた。
「貴方には恨みはありませんが……ここで死んでいただきます」
「いや、結界があるから死なないのだが?」
「ここで殺します。そして、向こうに戻ったらまた殺します」
「それは困るな……さすがに」
恭一は途方に暮れたように首を振った。
ロゼッタの境遇には同情の余地がある。
父親ほどではないものの、わりと女癖の悪い恭一としても、思うところがあった。
(だけど……殺されるのは勘弁して欲しいな)
この試験で疑似的に殺されるだけならば受け入れても良いが、元の世界で殺されるのはいくらなんでも困る。
恭一とて、まだやり残したことくらいあった。
「そういうことなら、抵抗させてもらうぞ……悪く思うなよ」
「それはこちらのセリフ……なあっ!?」
「『黒雨』」
ロゼッタから銃口を向けられた恭一であったが、引き金を引くよりも先に術を発動させた。
スタジアムの空からスコールのような雨が降りそそぎ、視界を黒く染め上げる。
この空間は一見して開けたスタジアムのように見えているが、あくまでも陰陽術によって作り出された結界の中。
天候が変わることはない。雨など降らないというのに。
「俺がゼウスの子であるとして……かの神は天空神だ。操れるのは雷だけじゃない」
「ッ……!」
ぶ厚い雨のカーテンの向こう側から、恭一の声が小さく聞こえてくる。
ロゼッタは声の方向に銃口を向けるが……何も見えない。
大量の雨によって隔てられ、視界が完全に塗りつぶされている。
「この……!」
ロゼッタは雨に向けて無茶苦茶に銃弾を撒き散らした。
四方八方。とにかく撃ちまくり、見えない恭一の姿を撃ち抜こうとする。
撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って……とにかく銃を撃ちまくるロゼッタであったが、それは完全に悪手だった。
「隙あり」
「ッ……!」
耳元で囁かれた言葉に、ロゼッタは身体の芯まで震え上がる。
背中から抱きすくめられ、ロゼッタは憎んで止まない男と密着していた。
「攻撃じゃなくて、防御に神経を注ぐべきだったな。防壁で身を護っていたら、こうはならなかっただろ」
ロゼッタは銃で攻撃、術で防御という戦闘スタイルを取っているのだが……欠点として、攻撃と防御が同時にできない。
防壁を張っている状態では、自分が撃った弾丸すら弾いてしまうからだ。
「とりあえず、今日は味見ということで……もしも、外で俺の命を狙うつもりだったら覚悟しろよ。返り討ちにして、お前の姉ちゃんがされたことよりもすごいことをしてやるから、せいぜい肌を磨いておくことだ」
「ヒッ……!」
「蒼雷」
恭一がロゼッタのうなじに唇を落として、電流を流した。
シスター服の美女の身体が何度も跳ねて、そのまま動かなくなった。
決勝戦
〇 蘆屋恭一
× ロゼッタ・ジャンヌ
試合時間:12分38秒 決まり手:雷術
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