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3.初仕事。報酬500円より(税込み)

 退魔師の標準的な年収は一千万円ほどであるといわれている。

 その数字だけを聞けば夢のある仕事のように聞こえなくもない。

 しかし……実際にはごく一部の退魔師が数千万、あるいは億越えの収入を獲得しており、大多数の退魔師は百万円にも満たない金額しか稼げていないというのが実状である。


 日本に於いて妖怪は危険度に応じて1~5までの等級にランク分けされており、これはそのまま退魔師のランクにも対応している。

 退魔師の半数以上が5級という最低ランクに属しており、これは『一般に流通している武器で倒せる妖怪』に相応した実力ということだ。

 4級以上の妖怪と戦うためには銃火器や呪具などの特別な装備、陰陽術や魔術などの特殊技術が必要になる。

 1級以上の退魔師に至っては日本国内に十人ほどしかおらず、いずれも億単位の報酬と引き換えに国家存亡に相応する職務についていた。


「……加えて、退魔師は登録してから一年以内に死亡または行方不明となる確率が15%だ。決して安全に稼げる仕事じゃない。わかったか、新人君」


「……りょーかい」


 長々とした説明に辟易しながら、恭一はおざなりに答える。


 恭一がいるのは東京都八王子市、高尾山の入口だった。

 標高599メートル。真言密教の聖地とされており、平成初期までは観光地やハイキングコースとしても利用されていた。

 そんな東京都心にも近い自然豊かな山に強力な悪鬼が現れ、根城にするようになったのは五十年ほど前のことである。

 頂上付近に推定2級の悪鬼が棲みつくようになり、配下の小鬼を率いて山から人間を追い出した。親玉の悪鬼が(ふもと)まで下りてくることはないものの、高尾山はもはや鬼の巣窟となっている。

 しかし、山の周辺には眷属の小鬼が出現しており、市内では子供や若い女性が攫われる事件も頻発していた。


「だから、くれぐれも無茶をしてはいけないぞ! 金目当てで退魔師になろうとしているのなら諦めろ。何千万も稼げるのは特別な血筋や家に生まれた一握りの人間だけだ! 幸せになりたいのなら、就職して手堅く稼いだ方が良いぞ!」


 などと恭一に説教をしてくるのは、高尾山の入口を封鎖していた自衛隊員である。

 妖怪被害によって封鎖されている地域の周辺には自衛隊や警官が常駐しており、一般人の立ち入りを制限、危険区域から出てくる妖怪への警戒にあたっていた。

 それでも完全に被害を防ぎ切れてはおらず、周辺では妖怪被害が後を絶たないのだが。


「……ハア、もうわかったから、そろそろ入っても良いだろう? このままじゃ日が暮れちまう」


「ム……ここまで話を聞いて、まだ退魔師として山に入るというのか?」


「アンタの親切心は十分すぎるくらいに伝わってきたよ……悪いけど、こっちも懐に余裕がないんだ。就職とかしてられねえっての」


「……そうか、だったら仕方がないな」


 銃器を肩から提げた自衛隊員は溜息をつき、高尾山の入口を封鎖している金属扉を開けた。


「……ここから先を君が知っている日本とは思わないことだ。健闘を祈る」


「はいはい、お仕事ご苦労さん」


「…………」


 微妙な顔をした自衛隊員に見送られて、恭一は立ち入り禁止区域『黄色(イエロー)』へと足を踏み入れた。


「フン……」


 そこに一歩入った途端、恭一はブワリと空気が変わるのを感じた。

 細い針でチクチクと肌を刺すような感覚……それが妖怪が持っている独特の気配である『妖気』と呼ばれるものであることを知っていた。


「……ま、どうにかなるだろ」


 恭一はすぐに肌にあたる殺意にも似た感覚を意識の外へと追い出した。

 妖気はあるが大した力ではない。

 自分であれば(・・・・・・)どうとでも出来るだろうと断定する。


 サクサクと土を踏み、枝をかき分けて山中を進むこと五分。

 服と靴が汚れることにうんざりし始めた頃、『それ』はやってきた。


『ギイッ!』


 木の陰から小さな影が飛び出してきて、恭一めがけて襲いかかってくる。

 一見すると子供のように見えるその影であったが、上半身裸で下も腰布を巻いただけ、額に一本角を生やした異形の存在だった。

 退魔師協会において『小鬼』と命名される妖怪である。


「お?」


 恭一は軽く身体を逸らして小鬼の攻撃を回避する。

 すぐ目の前を小鬼が振り下ろした木の棒が通過していくが、特に気にすることなく右手で小鬼の首を掴む。

 襲撃者をあっさりと捕まえて、頭の高さまで持ち上げた。


『ギイッ! ギイッ!』


「ほー……ロープレに出てくるゴブリンみたいだな。チュートリアルも無しで出てきやがって」


 こうやってマジマジ見ると可愛らしいものである。

 感心する恭一であったが、小鬼が手に持っていた棒を振り回して抵抗する。


『ギイイイイイイッ!』


五月蠅(うるせ)え」


『ギッ……』


 恭一はわずかに顔を顰めて、小鬼の頭部を近くの木の幹に叩きつけた。

 グシャリと卵が割れるような音がして、小鬼の頭部が潰れて動かなくなった。


「お、消えた」


 絶命した小鬼がバラバラに砕け散り、光の粒になって消えてしまった。

 一部の例外はあるが、妖怪はそもそも生きた動物ではない。死んだ後に亡骸は残らないのである。

 強力な妖怪の中には死後も鱗や角、骨などの身体の一部を残すことがあるらしく、そんな落とし物は非常に高値で取引されていた。


「小鬼程度じゃドロップアイテムはないってことかよ。ハッ、ゲームみてえだな」


 クツクツと笑いながら、恭一は退魔師カードを取り出した。

 裏面を確認すると、白紙であったはずのそこに『小鬼×1』と文字が浮かび上がっている。


「小鬼は一匹五百円だったっけな?」


 どうでも良いが、自分で働いて金を稼ぐのは初めてだった。

 ずっと恋人に寄生をして食わせてもらっており、これまでアルバイトすらしたことがないのだから。


「初仕事の報酬が五百円とはガキの使いじゃねえか……せめてネカフェに泊まれるくらいは稼がないとな」


 ぼやきながら、恭一は山を奥へ奥へと登っていく。

 山を進むごとに肌を刺す妖気が強くなっていくが、まるで気にした様子もなく足を進めていくのであった。



     ▽     ▽     ▽



『ギイイイイイイイイイイッ!』


『ギイッ! ギイッ!』


 高尾山に入山してから二時間が経過した。

 ハイキングコースに沿って進んでいく恭一であったが、山の奥深くへ足を進めるほどに現れる妖怪が増えていった。

 出てくる妖怪は最下級の小鬼ばかりであったが、複数体が同時に出現することもある。


「フンッ!」


 恭一が拳を振るうと、小鬼の顔面から上が吹き飛んだ。

 反対の腕でさっき拾った木の枝を振り、反対方向から襲いかかってきた小鬼の頸部をへし折った。


「おーおー、入れ食い状態だな。こりゃ今夜は寿司かな?」


『ギイッ! ギイイイイイイイイイイッ!』


「鬱陶しい。さっさと死ねよ、五百円玉が」


 地面に倒れてもがいていた小鬼の頭を踵で踏み抜く。

 潰れた頭部から血液やら脳漿やらが地面に広がり……すぐに妖気の粒になって消滅した。


「一匹あたり五百円。十五匹殺ったから……七千五百円か。時給換算したらスゲエ額だな。笑いが止まらんぜ」


 退魔師カードを眺めつつ、恭一がニヤニヤと笑う。

 裏面に書かれている小鬼の数字がどんどん大きくなっていく。まるでボロいギャンブルで儲けたような気分である。


「こんなことなら、ガラじゃないとか言ってないでさっさと退魔師になるべきだったな。そうすりゃ、乃亜にも見捨てられずに済んだのによ」


 そんなことを口に出す恭一であったが……もしも恋人が面倒をみてくれていたら、絶対に働こうとはしなかっただろう。

 明日できることは明日やる。ボランティア活動とかクソ喰らえ。やるからには楽して稼ぐ。

 それが「趣味は競馬とパチンコ、それに女」と豪語する元・ヒモ男……蘆屋恭一という人間なのだから。


「なあ、お前もそう思うよな?」


『ギイッ!?』


 恭一は木の陰に隠れて震えていた小鬼を掴み、引きずり出す。


「寂しい男の独り言だと思ったか? 最初からお前に向かって話しかけてんだよ」


『ギイッ! ギイッ!』


「ハハッ! お前も五百円玉になれよ!」


『ギイイイイイイ~!』


 捕まえた小鬼を片手で投げ飛ばす。

 豪速球のように投げられた小鬼はまっすぐに離れた木の幹に衝突して、妖気の粒になって爆散した。


「十六匹目……いやー、マジで楽な仕事だぜ」


 たった二時間で八千円。時給四千円に相当する。

 ちょっと山歩きをしただけでこれだけの金額を稼げるだなんて、もっと早く知っておけば良かったと恭一は後悔した。


 ちなみに……恭一はこれを楽な仕事と言っていたが、実際にはそれほど簡単ではない。

 小鬼……海外では『ゴブリン』と呼ばれるその妖怪は、金属バットやバールなどで武装していれば、特殊な訓練を積んでいない一般人でも退治することができる妖怪だった。

 しかし、何匹も群れで襲ってきたら危険度も跳ね上がる。

 実際、登録したばかりの5級退魔師が小鬼にやられて命を落とすという事例はいくつも挙がっていた。


「お? 行き止まりか?」


 荒れ果てた道を意気揚々と進んでいく恭一であったが、金網のフェンスによって道が遮られていた。

 フェンスには赤色の標示板がかけられており、『この先、3級未満の退魔師の立ち入りを禁ず』と書かれている。


「レッドゾーンか……早過ぎないか?」


 事前に聞いていた話では、高尾山に巣食った鬼の総大将は頂上付近にねぐらを構えているとのことである。

 ここはまだ山の中腹なのだが……もうレッドゾーンに入ってしまうのか。


「…………フン」


 恭一は鼻を鳴らす。

 山登りを始めるまでは雑魚妖怪を適当に潰して小銭を稼ぐ。わざわざレッドゾーンに入って危険を冒してまで高額の報酬を狙う必要はない……そんなふうに考えていた。

 しかし、高尾山に入ってからたくさんの小鬼に襲われているが、無傷で倒すことができている。

 ここまで簡単に稼げてしまうと……多少の欲が出てきてしまう。


(小鬼狩りがこんなに儲かるんだから、もっと強い妖怪だったらどれだけ稼げるんだろうな)


「満額ボーナスのためだ……ちょっと様子を見るくらいなら良いよな?」


 恭一はフェンスに手をかけた。

 そのまま乗り越えてレッドゾーンに入ろうとするが……背後から何者かの声がかかる。


「待ちなさい! そこから先は立ち入り禁止よ!」


「あ?」


 声に振り返ると、そこには恭一よりもやや年下の女性が腕を組んで立っていた。

 高校生くらいの外見。黒い髪をポニーテールにしており、吊り上がった瞳の眼光は鋭い。

 顔立ちはかなり整っているのだが、近寄りがたい雰囲気の美少女だった。


「そこから先はレッドよ。3級退魔師以上じゃないと入れないわ! 5級(しろうと)はさっさと引き返しなさい!」


「……誰だよ、お前は」


「私? 私の名前を聞いているの? 知りたいのなら教えてあげるわ!」


 少女は古めかしい衣装……『狩衣』と呼ばれる白い衣の裾を翻して、堂々と名乗りを上げる。


「私の名前は賀茂美森(かものみもり)。天才陰陽師よ! 脳に刻んで記憶なさい!」


「…………」


 山中で堂々と言い放つ黒髪の少女……賀茂美森に、恭一は辟易したように溜息をつくのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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