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26.陰陽師(ガキ)VS 軍神(仮免)

 その後も試合は順調に進んでいった。


「斬るよ!」


「グハアッ!?」


 二回戦第二試合。

 激闘を制した勝者は『鬼斬り役』渡辺華憐。

 道教の術者であり、死者の霊魂を召喚して戦う対戦相手を見事に斬り伏せ、次の試合への切符を勝ち取った。

 彼女が次の試合……準決勝における恭一の対戦相手となる。


「異教の魔術師が……便所の穴でファックしなさい」


「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 三番目にベスト4進出を決めたのは、『戦争聖女』ロゼッタ・ジャンヌ。

 西洋魔術の使い手である対戦相手を、マシンガンやバズーカ砲による火力で圧倒して、ゴリ押しで勝利を決めた。

 試合後、目を覚ました対戦相手の退魔師が「こんなの不正だ! 退魔師の戦い方じゃない!」と協会側に猛抗議をしたようだが……この試験において、武器の使用は自由である。

 ロゼッタのやり方もルール上の問題はなく、そのまま勝ち上がりが決まった。


 そして、二回戦第四試合。

 ベスト4進出、最後の枠を争っての試合。

 対戦カードは武蔵賀茂家の次期当主である陰陽師・賀茂美森、そして、上杉謙信の子孫である『毘沙門天の子』上杉信女。

 どちらも二十前後の若年者同士での試合となった。


「さて……まずは単刀直入。降参してくれ」


 試合開始前の十秒間。

 僧服姿の信女が槍を構え、美森に淡々と言う。


「仏敵でもない相手に槍を振るうのは好かない。大人しく降参してくれれば、怪我をせずに済む」


「まるで自分が勝つことがわかっているような言葉ですね……正直、鼻につきます」


「コンッ!」


「ポンッ!」


 美森が二体の式神を召喚する。

 狐の姿をした『赫』、狸の姿をした『翆』である。


「年上の忠告は素直に受け取った方が良い。年序の功というのは馬鹿にできない。私達のような人間ならばなおさらにね」


 退魔師は基本的に年功序列である。

 年寄りが権勢を振るいやすい旧態依然とした体制であるというのもあるが、人間の霊力は年を取るごとに強くなるのだ。

 百年の年月を経た器物が妖怪に化けるように、人もまた年を取るごとに神妖に近づく。

 年を取った退魔師ほど力は増し、知識や経験も蓄えられるために、退魔師業界では重宝されるのである。


「私と貴女じゃいくつも年は違いません。それに……年序の功にだって例外があるでしょう? 生まれつきの血筋と才能と努力……実際、私も他の三人も勝ち上がっているじゃないですか」


 そう……あくまでも年功序列はそういう傾向があるというだけのこと。

 すでに準決勝への勝ち上がりを決めている三人……蘆屋恭一、渡辺華憐、ロゼッタ・ジャンヌはいずれも十代から二十代。

 そして、美森と信女もまた、彼らと同じく若年代である。

 もはや今回の試験において、年齢差優位という法則は通用しない。


「理由はわからないですけど……退魔師業界にも新風が吹き込んでいるということじゃないですか? 古いことを言っていたら、風に置いてけぼりにされますよ?」


 美森の脳裏に浮かんでいるのは蘆屋恭一の顔である。

 高尾山で鬼と素手で殴り合っている姿。

 鎌倉の海に現れた怪物を雷で焼いている姿。

 この試験中、軽々と課題をこなして対戦相手を叩き潰していく姿。


 圧倒的強者たる格の違い。

 以前から薄々感じてはいたが……美森は恭一の姿に、いずれ『一級』に成り上がるであろう新時代の英雄の姿を見た。


「……負けていられないわよ」


「つまり、降参はしてもらえないということか……残念だよ」


 交渉決裂。

 とっくにカウントは『0』になっていた。

 いつでも試合を始めることができる。


「それでは、多少痛い目に遭ってもらうとしよう。毘沙門天の加護を御覧に入れる」


「こちらこそ……陰陽道の神髄を見せてあげますよ」


 二人が真っ向から退くことなく睨み合い、身体から霊力を発した。


 準決勝、最後の枠を決める二回戦第四試合の幕が開いた。



     〇     〇     〇



「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


 美森が素早く上下左右に指を走らせ、九字を切る。

 オーソドックスな陰陽術の一つである、『九字切り護法』だった。

 本来であれば護身の呪いであるその術を、美森は攻撃に転用する。

 格子型の斬撃が槍を構えた上杉信女へと放たれた。


「破ッ!」


 しかし、信女が槍を振るうと九字の斬撃が易々と破れた。

 まるで紙でも破るかのように、容易く。


「コンッ!」


 しかし、九字切りはあくまでも囮だった。

 わずかにできた隙をついて、狐の式神――『赫』が背後から信女を襲う。


「残念。その攻撃も……」


「読んでいる」


「ッ……!」


 迎撃しようとする信女であったが、予想外の事態に一瞬だけ動きを止める。

 背後に回り込んでいたのは狐の式神だったはずなのに、そこにいたのは信女自身。

 姿見の鏡でも見ているかのように、自分と寸分たがわぬ姿の女が立っていたのである。


「やっぱり、固まるわよね……予想外のことが起こると」


「ポンッ!」


 信女が硬直した次の瞬間、狸の式神――『翆』が信女に喰らいつく。

 首を狙った噛みつき攻撃であったが、信女は咄嗟に左腕で攻撃を受け止めた。


「このっ……!」


「コン!」


「ポン!」


 信女の姿に化けて翻弄したのは『赫』である。

 相棒が隙を作り、その隙に『翆』が攻撃をしたのだ。


「『爆』」


「…………!」


『翆』に噛みつかれた信女の腕から血が流れるが……美森は攻撃の手を休めない。

 美森が投げつけた符が真っ赤な炎を上げて爆ぜて、信女のことを包み込む。


「やった……!」


 上手くいった。

 思わず会心の笑みを浮かべる美森であったが……そのセリフは完全にフラグである。

 爆炎の中から、すぐに信女の姿が現れる。


「毘沙門天よ、我に敵を討ち滅ぼす力を与え給え……オンベイシラマンダヤソワカ」


「…………!」


 爆炎の中から姿を見せた信女は後光のような光を背負っており、その身体が黄金に染め上げられている。


「その力は……」


「本来であれば、決勝まで取っておきたかったが……仕方がない。この私に本気を出させたことを自慢して良い」


 信女が槍を捨てる。

 この状況で武器を捨てたことを訝しがる美森であったが、直後、信女の手に金色の金棒が出現した。


三昧耶形(samaya)


「ッ……『閉』!」


 その金棒から異様な『圧』を感じ取り、美森は咄嗟に防壁を展開する。

 しかし、その壁を易々と破って、信女が殴りかかってきた。


「ポンッ!」


「『翆』……!」


 タヌキの式神が美森の身体を突き飛ばす。

 信女の金棒が『翆』を叩き潰し、そのままスタジアムの地面を割る。


「これは……!」


 大きく罅割(ひびわ)れた地面を見て、美森が息を呑んだ。

 スピードだけではない。

 パワーまで、恐ろしいまでに上昇している。


「我を毘沙門天と思え……つまりは、無敵。いかに陰陽道の名家とはいえ、人の力の及ばぬ者と知れ!」


「くうっ……!」


 信女が横薙ぎに金棒を振るうと、その風圧だけで美森はスタジアムの壁際まで吹き飛ばされてしまう。

 咄嗟に『赫』が受け止めてくれたが、そうでなければ背中を強かに打ち付けてしまったに違いない。


「強い……!」


 美森が改めて、上杉信女の強さを確信する。

 先ほどまでなら、まだ勝てると思っていた。

 だが……今の信女の膂力(りょりょく)は恭一にすら匹敵するかもしれない。


「人の落ち目を見て攻め取るは、本意ならぬことなり……このまま降伏するのであれば、追撃はせぬ。賢い選択をすることだ」


「馬鹿なの? 馬鹿よね」


「む……?」


「負けても死なないって命の保証がされている状況で、あえて降参する馬鹿はいないでしょう。やれるところまでやるわよ」


「……そうか。君はもっと賢く見えたのだがな。残念だ」


 信女が金棒を片手に、グッと姿勢を低くする。

 今にも地面を蹴って飛び出そうとする直前、美森が叫んだ。


「『赫』!」


「コンッ!」


『赫』が飛び出して、直後、木の葉が嵐のように舞い乱れる。

 スタジアムの内部を覆い尽くした無数の木の葉……その一枚一枚が形を変えて、人の形状に化ける。


「これは……!」


 美森が息を呑む。

 無数に分裂した木の葉が美森の姿を形作り、四方八方から信女に迫る。


「目くらましのつもりですか……随分と汚いことを!」


 信女が金棒を振るう。

 斬り裂かれた美森が粉々になり、木の葉の破片となった。


「後ろです」


「…………!」


 背後から襲ってくる美森を裏拳で打つが、これも分身。

 粉々の木の葉となって、風に舞って消えていく。


「これは……!」


「こっちですよ、こっち」


「そっちは偽物です。本物はこっち」


「ほらほら、斬らなくても良いんですか?」


「さっき、アレだけイキリ散らしておいて、ビビってるんですかあ?」


「生意気な……年上への敬意がなっていない!」


 四方八方から響いてくる美森の声に表情を歪めながら、信女は内心でその力量に感嘆した。

 分身までなら出来る者もいるだろうが、声まで出させることができるとは器用なことである。


「だが……このような小細工にやられるほど、上杉の武は軽くはない!」


 信女はスタジアム中に散った美森の分身を、片っ端から潰していく。

 右、左、正面、後ろ、頭上。また戻って右。

 倒しても、倒しても、ハズレハズレハズレ……。

 いくら倒してもいなくならない美森に、信女の心に苛立ちが募っていく。


「そっちじゃないよ」


「こっちこっち」


「うわ、また間違えてる」


「ダッサ……」


「だから違うって」


「本当に馬鹿なの? 馬鹿よねー!」


「この……いい加減にしなさいいいいいいいいいいいいっ!」


 偽物を消すたびに煽ってくる無数の美森に青筋を浮かべ、信女が大技を繰り出した。

 頭上に金棒を構えて、グルグルと勢い良く回転させる。


「「「「「キャアアアアアアアアアアアアアアッ……」」」」」


 回転によって巻き起こされる、霊力の嵐。

 とんでもない威力の衝撃波がスタジアム内を包み込み、全ての美森を一撃でかき消した。


「ハア、ハア……これなら……!」


「そのセリフはフラグですよ」


「ッ……!」


 その声はゾッとするほど傍から聞こえた。

 信女の後方。地面の中から美森が飛び出してきて、後ろから信女の首に組み付いた。


「グッ……まさか、最初から地中に……!」


「随分と消耗しましたね。これで決めます!」


 先ほどの大技により、信女の身体に宿った毘沙門天の力が消えてしまっていた。

 金棒もすでに存在せず、後光のような金色の光も消失している。

 美森は最初からそれを待っていた。信女が力を使い果たしてしまうのを、地中に隠れたまま見計らっていたのである。


「グッ……あ……なんて、泥臭いやり方を……!」


 信女が必死になって美森を振り払おうとする。

 しかし、両手両足でしがみついた美森を引き剥がすことはできず、そのまま後ろから倒れてしまう。


「ッ……!」


 倒れたことで美森も背中を地面に打ちつけるが、手足の力は弱めない。信女の首を腕で絞めあげる。


 そもそも、美森も信女と同様に霊力がすでに空になっていた。

 体術という泥臭い戦い方を選ぶしかなかったのだ。


「私だって、未熟者なりに成長しているんですよ……!」


 幼少期、父親は高尾山を鬼から取り戻すことに失敗して死んだ。

 それから、父の無念を晴らすために陰陽術をひたすらに学んできた。


 しかし、恭一という自分とさほど年の変わらない男性が、自分が成し遂げられない偉業を次々と成し遂げるのを見た。

 いくら陰陽術を学んでも、恭一に勝てる気がしない。


 だから、これまで避けて通ってきた戦い方を学ぶようになった。


 幻術のような絡め手。

 年上の親類に頼み込んで、体術だって勉強した。


 この試合では、見事にその成果を出すことができた。


「く……はっ……」


 やがて、信女がだらりと手足を投げ出して落ちた。

 酸欠により、気を失ってしまったようである。


「……私の勝ちで良いのよね?」


「…………」


 返事はない。

 力なく倒れた上杉信女に、美森はようやく安堵の溜息を吐く。




二回戦第四試合

〇 賀茂美森  

× 上杉信女

 試合時間:10分35秒 決まり手:絞め落とし


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