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25.オタクの嫁はシーズンごとに変わる

「お、戻ってきたな?」


 用安が倒れて試合が終了すると、周囲の景色が元通りになる。

 長テーブルが並べられている試験会場。

 戻ってきた恭一を待機中の昇格候補者らが見つめてくる。


「蘆屋恭一さん、二回戦進出です。次の試合まで待機していてください。トイレや食事に出てもらっても大丈夫です」


「ああ、りょーかい。適当に寛がせてもらうわ」


 小野の言葉に答えて、恭一は自分の席へと戻っていった。

 すると、眉間にシワを寄せた美森が出迎える。


「アンタ……本当にムチャクチャね」


「あ? 試合、見てたのか?」


「そこの画面に映ってたわよ」


 美森が指さす方に視線をやると、確かにそこには大きなモニターが設置されており、今は誰もいないスタジアムが映し出されていた。


「なるほどな。ここから優雅に試合観賞してたわけか。良い御身分じゃないか」


「ちなみに、アンタが戻ってくる少し前に、対戦相手の久世って人も戻ってきてたわよ。気を失っていたから医務室に運ばれたんだけど……」


「ああ。アイツ、生きてたのか?」


 わりと本気で焼いてしまったから心配していたのだが……少なくとも、即死はしていないようだ。


「ちゃんと無傷よ。たぶん、結界内で負ったダメージは外に出ると無効化されるみたいね」


「へえ……そんな仕組みが。さすがは退魔師協会ってところか。ちゃんと死なないように管理してたわけね」


「昔は試験中の死亡者は自己責任で責任の所在も曖昧だったみたいだけど、最近は安全管理がされてるのよ。言っておくけど……コレ、事前に配られた資料にちゃんと書いてあったからね?」


「ああ、読んでないな」


 適当に答えて、恭一が長テーブルに頬杖をつく。


「続きまして、第二試合。高橋之清さん、山田彰吾さん」


 続いて、二人の男性が結界に取り込まれて姿を消す。

 すぐにモニターに彼らの試合風景が映し出される。


「へえ、これは面白いな。退魔師に戦わせて賭博でもしたら儲かるんじゃないか?」


「……それ、実際に過去にあって取り締まりされてるからね? やったら資格取り上げられるわよ?」


「ああ、やっぱり思いついた奴はいるんだな。多分、今も地下とかでやってるんだろうけど」


「主様、お茶をどうぞ」


 静が水筒から茶を入れて差し出してきた。

 恭一はコップに口を付けて、のんびりと語る。


「人生はギャンブルって言うだろう? 賭け事の無い人生なんてありえねえ。きっと、この映像だっていずれは流出して、誰かがギャンブルに使うと思うぜ?」


「そんな馬鹿なこと、あるわけないでしょ……まあ、試験映像がネットに出ちゃうのはたまにあるみたいだけど、いったいどこから流れているのかしら?」


 美森が不思議そうに首を傾げた。


 退魔師試験の映像は秘匿されている。

 何が目的なのか、官公庁に開示請求を出す人間は毎年のようにいるのだが……プライバシーを理由として請求は棄却されていた。

 退魔師協会は半分、政府の管理下にある組織だが、所属している人間の大部分は公務員ですらない民間人。

 彼らの中には自分の能力や術を秘匿している人間も多いため、情報は明かされないことになっているのだ。


 ただし……これは表向きの話。

 裏では年配の理事が試合で賭け事をしているし、映像をあえて流出させることで自分の流派の退魔師の力をアピールしたりしていた。


『急々如律令!』


 モニターの中では、札を使って男性退魔師が相手に攻撃を放っている。

 いくつもの札が刃となって、敵を斬りつけていた。


『ああ……どうしよう、ミユキちゃん。怖い人が襲ってくるよ! え、『大丈夫、私が守ってあげるから心配しないで』だって? でもでも、それじゃあミユキちゃんが怪我をしちゃうよう……』


 しかし、対戦相手の若い男性退魔師も負けてはいない。

 手に持っていた人形が巨大化して、刃となった札を叩き落としている。

 最終的に、その巨大なテディーベアのようなフォルムに肥大化して、相手の退魔師をボディプレスで潰すことで決着がついた。


「勝負あり。なかなか見ごたえのある試合だったな」


 負けた退魔師が部屋に現れる。

 小野が式神を喚び出して、気絶した敗者を医務室に運ばせた。

 勝者である人形遣いの男……山田彰吾もまた、長テーブルに戻ってくる。


「続きまして、第三試合。渡辺華憐さん、阿部義治さん」


 試合はその後も滞りなく進んでいき、候補者の半分が消えることになった。


 美森を含めて、恭一の周りにいた若い退魔師は全員、二回戦への勝ち上がりが決まったのである。



     〇     〇     〇



 一回戦が終わったところで、再び、昼休憩。

 人数が半分になった部屋で食事を摂り、午後から二回戦が実施された。


「二回戦第一試合。蘆屋恭一さん、山田彰吾さん」


「……もう次の試合かよ。面倒臭えなあ」


「ああ、ミユキちゃん。強そうな男の人が出てきたよ。怖いねえ」


 結界の中。

 スタジアムにて恭一の前に立ちふさがっているのは、同年代の若い男性。

 前髪が長く、全体的に野暮ったい印象。

 体型は痩せ型で色白。不健康そうな男である。


 電光掲示板に数字が表示され、試合開始までのカウントダウンが始まった。


「さて、今度の相手だが……静、いけるか?」


「もちろんです。主様、ここは(せつ)にお任せください」


「よし、任せた」


 恭一に命じられ、静が進み出た。


「先日の曲者も、前の試合も……主様のお役に立てませんでしたので。今度は拙が役に立つ存在であると証明いたします」


「じゃあ、頼むわ」


「はい、畏まりました」


 任せられるのなら、もちろん任せる。

 自分が働かずに済むのならば良し。それが恭一という男である。


「ああ、ミユキちゃん。今度は女の人が出てきたよ。多分人間じゃないよ」


「『大丈夫よ。貴方には私が付いているから。彰吾のことは私が守るわ』」


「ああ、なんて頼もしいんだ! ミユキちゃん、情けない僕でごめんよ!」


「……カウントゼロになったぞ。最後まで見てなくて良いから、さっさと殺れ」


「畏まりました」


 命じられて、静が両手を前方に突き出した。


「『鉄破』」


 静の指先から水が噴き出した。

 強烈な水圧によって押し出された水鉄砲がレーザーのように、山田彰吾の身体を貫こうとする。


「ミユキちゃん!」


「『彰吾は下がっていて、私が倒すわ!』」


 腹話術のように人形(?)が叫ぶ。

 山田の手からフィギュアが飛び出してきて、人間と同じサイズに肥大化する。

 等身大のフィギュアが掌で水鉄砲を弾き、攻撃を防御する。


「硬い……!」


 静の放った水鉄砲は鉄板に穴を空けられるほどの威力がある。

 ただの人形がそれを防いでみせた。


「来るぞ、構えろ」


「ッ……!」


 恭一の忠告を受けて、静が咄嗟に防御行動をとる。

 次の瞬間、等身大フィギュア……『ミユキちゃん』が大きく踏み込んできて、静を殴りつけてきた。


「クッ……!」


 咄嗟に生み出した水の障壁によって、打撃の威力が軽減される。

 しかし、殺しきれなかった衝撃が腹部に突き刺さり、静の身体が吹き飛ばされた。

 静はスタジアムの壁に背中から衝突して、苦痛に顔を歪めて立ち上がる。


「なるほど……強いな」


 恭一が他人事のようにつぶやく。

 あのフィギュア……『ミユキちゃん』には強力な呪いが込められているようだ。

 山田という名前の男が生み出した呪いなのか、それとも他者が放った呪いを人形に閉じこめているのか。


「あれだけの呪いが入った人形を抱いていて何ともないんだから、あの男の霊的な耐性は恐るべしだな」


 山田彰吾は試験会場では、恭一の隣の席に座っていた。

 一次試験では悪霊に生身をさらしていながら、身体に異常をきたした様子はない。

 呪いへの耐性が半端なく強いのだろう。


「アレを倒すのはそれなりに難しいぞ。さあ……どうする、静?」


「『水霊(みずち)』」


 体勢を立て直した静が再び、水を喚び出した。

 今度は鉄砲のように相手に放つのではなく、それを巨大な蛇の形に変える。


「喰らいつきなさい」


 水の大蛇が『ミユキちゃん』に襲いかかった。

『ミユキちゃん』が鋭い打撃を繰り出して大蛇を殴りつけるが……大蛇はあくまでも水である。

『ミユキちゃん』の腕が水の中に取り込まれた。


「縛れ」


 大蛇がそのまま『ミユキちゃん』の身体に巻きついて、拘束する。

 等身大フィギュアがジタバタと身体を暴れさせるが、大蛇による拘束が解ける様子はない。


「ああ……ミユキちゃん……!」


「申し訳ありません」


 人形が捕縛され、無抵抗になった山田に静が指先を向ける。

 再び、爪の先端から水のレーザーが放たれた。


「『鉄破』」


「…………」


 山田は動かない。

 高水圧の狙撃が胸に命中して、山田は血を流して倒れた。



     〇     〇     〇



 試合が終わり、スタジアムの結界が消滅する。


「よくやったな、静」


「はい、主様」


 山田を倒した静が小走りで戻ってきた。

 恭一が褒めてやると、怜悧な美貌を喜色に染める。


「勝ちました。しかし……少しだけ、悪い事をしてしまいました」


 試験会場に戻ってきたのは二人だけではない。

 少し離れた場所に、山田と人形が倒れている。

 山田の怪我は治っているが、『ミユキちゃん』という名前の人形は元のフィギュアに戻っており、粉々に砕けてしまっていた。


「形は違えど、主人に尽くそうという気持ちは同じでした。天晴れな最期です」


 静が少しだけ、悲しそうな目を壊れたフィギュアに向けた。

 主人である山田を守ろうとして、砕け散った人形に同情しているようだ。


「あ、負けちゃったか」


 しかし、そのまま医務室に運ばれようとしていた山田が起き上がる。

 山田は砕けた『ミユキちゃん』に視線をやると、「あーあ」とガッカリしたようにつぶやいた。


「『ミユキちゃん』はやられちゃったか……仕方がない。次の嫁に変えよう」


 山田がポケットに手を入れて、新しいフィギュアを取り出した。


 恭一も静もアニメやフィギュアには興味がないが、別のキャラクターを模した人形のように見える。


「やっぱり、これからの時代は『アスカたん』だよね。これからは『アスカたん』をお嫁さんにしよっと」


 壊れた人形……『ミユキちゃん』から黒い怨念のようなものが溢れ出し、『アスカたん』の中に流れ込む。

 山田は新たな呪い人形……『アスカたん』に頬ずりをする。


「僕の負けだよね。もう帰って良いのかな?」


「ああ……合否は後日、連絡する」


「あっそ。それじゃあ、お先に」


 小野の許可を得て、山田がスタスタと試験会場を去っていった。


「…………」


 静が呆然とした目で、床に転がっている『ミユキちゃん』と山田の背中を交互に見やるのであった。




二回戦第一試合

〇 蘆屋恭一  

× 山田彰吾

 試合時間:5分18秒 決まり手:水術『鉄破』


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― 新着の感想 ―
[一言] タイトル、そういう意味だったかwww オタクな身からすると否定派できないなwww
[気になる点] 愛が強すぎて呪いが強いのかと思ったら別の嫁に乗り換えても呪いが続くのか。 [一言] 俺の嫁概念も今は遠くになりにけり
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