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24.自分語りの長い男は女にウザがられるから気をつけろ

 退魔師協会2級昇格試験。

 三次試験が実施される日までの二日間、昇格候補者らは思い思いの時間を過ごしていた。


 ひたすら、身体と精神を休めて休息に努める者。

 試験に勝利するためにライバルの情報を集める者。

 戦いの前だというのに、自分を痛めつけて厳しい修行を積んでいる者までいた。


 そして、2級昇格試験二日目がやってきた。

 昇格候補者達が緊張した面持ちで、試験会場にやって来る。


「ふあ……ダリい……」


 そんな中に、やる気のなさそうな欠伸をしながら会場に足を踏み入れたのは、もちろん蘆屋恭一である。

 その隣には、先日と同じように式神の静の姿があった。


「昨日は飲み過ぎたな。身体が重てえ……」


「主様、水をどうぞ」


「ああ、サンキューな」


 恭一は先日と同じ最後列の席について、静が差し出してきたペットボトルの水を一気に飲み干す。


「フウ……」


「……アンタって本当に緊張感がないわよね。馬鹿なの? 馬鹿よね」


 前の席から、先に会場にやって来ていた賀茂美森が呆れた声をかけてくる。


「しょうがねえだろうが。こっちでの滞在中、ホテルでの飲み食いは協会持ちなんだから。そりゃあ、飲めるだけ飲むっての」


「鎌倉の一件で五千万もらったじゃない。どうして、そんなにケチ臭いことを言ってるのよ」


「これだから、未成年は困る。人の金で飲む酒の美味さを知らないんだから」


 恭一が「フフンッ!」と鼻で笑う。


「財布にいくら金があろうと関係ねーんだよ。たかれる奴には骨をしゃぶるくらいの気持ちでたかるし、奢ってくれるのなら死ぬまで飲んで食う。当たり前だろうが」


「その意見には同意します。不本意極まりないですがね」


 言いながら、斜め前の席に一人の女性が座る。

 尼のような格好に槍を持った二十歳前後の女……上杉信女だった。


「自分で買った酒よりも、奢ってもらう酒の方が美味いものです。貴女もいずれわかるはずです」


「……わかりたくありません。できれば」


 酒飲み二人に美森が溜息を吐いた。

 そうこうしているうちに、他の昇格候補者も揃ってくる。

 美森の左隣には渡辺華憐が座ってきて、恭一の右隣にはフィギュアを抱えた青年が座って、小さな櫛で彼女(?)の髪を整える。

 そして、恭一の左隣の席に修道服のシスター……ロゼッタ・ジャンヌが座ってきた。


「よお、しばらく」


「……こんにちは」


「他人行儀な挨拶だな。この間は、俺にあんな熱い視線を送ってきたくせに」


「……何の話でしょうか? どなたか別の方と間違えているのでは?」


「ハハッ、舐めるなよ」


 恭一は鼻で笑い、隣の女に意味ありげな目線を送る。


「この俺が女の気配を間違えるわけがねえだろうが。俺がこれまで、何人の女を口説いてきたと思ってるんだよ。そこらの自称・肉食系男子とは桁が違うぜ?」


「…………」


「そんなに俺のことが知りたいのなら、いくらだって教えてやるぞ……ベッドの中でな」


「…………遠慮しておきますわ」


 ロゼッタ・ジャンヌがニコリと、聖母のように穏やかな笑みを浮かべる。


「邪淫は神に禁じられた大罪の一つです。くだらねえことを言ってるとテメエの貧相なモノを銃口でファックするぞカス野郎」


「お、おおう……」


 柔らかな陽光のような笑顔でとんでもない言葉を吐くロゼッタ・ジャンヌに、恭一がわずかにたじろいだ。


「私を抱きたいのなら、洗礼を受けて改宗してから出直してくださいな。それが嫌なら話しかけるなファッキン雷小僧」


「『雷』小僧ね……りょーかい。肝に銘じておくよ」


 降参するように両手を上げて、恭一は引き下がった。

 今の反応から欲しい情報は得ることができた。

 これ以上は藪蛇。蛇の頭どころか、銃口が出てきかねない。


「……アンタ、いつからシスターさんと仲良くなったの?」


「仲良くね……そう見えるか?」


「ううん、まったく」


「だろうな」


 美森の言葉に苦笑したところで、部屋の扉が開いて試験官の小野が入ってくる。

 どうやら、いつの間にか試験開始時刻になったようだ。

 長テーブルはほとんど埋まっている。一部、空席があるようだが。


「それでは、これより2級昇格試験三次試験を開始いたします」


「…………」


 小野が宣言して、部屋に静かな緊張が走る。


 試験二日目。

 最終試験の幕が開いた。



     〇     〇     〇



「さて……事前に通達しておいた通り、三次試験は総合的な戦闘能力を測らせていただきます。具体的には、ここにいる昇格候補者同士で模擬戦をしていただきます」


 アシスタントの退魔師が壁に一枚の紙を貼りだした。

 それはどうやら、トーナメントの対戦表のようである。

 下部分には参加する人間の名前ではなく、数字が記載されていた。


「これから、順番に番号が書かれたクジを引いていただきます。それぞれの番号に従ってトーナメント表の順番で試合をしていただくことになります」


「トーナメントってことは……合格者は一人?」


 恭一の斜め前の席、渡辺華憐が首を傾げた。


「いえ、合格者の人数に制限はありません。最終的な勝者が合格になるのは間違いありませんが、途中で敗退したとしても、2級として十分な力を備えていると別室の審査員が判断すれば合格になります」


 必ずしも、試合で勝利する必要はない。

 もちろん、勝ち数が多い方がアピールポイントになるだろうし、勝ち抜いていった方が試合で自分の力を見せつける機会が増える。

 負けても問題ないとはいえ、勝ち進まない理由はなかった。


「こちらの箱には番号が書かれたボールが入っています。もちろん、呪術による不正を防止するための仕掛けも施されていますので、くれぐれもおかしなことはしないように。それでは、五十音順にクジを引いていただきます。まずは……蘆屋恭一さん」


「あ? 俺かよ」


 恭一はわずかに眉をしかめて、顎で前をしゃくる。


「静」


「承知いたしました」


 静が恭一の代わりに前に進み出た。

 着物の袂を押さえながら、小野が差し出してきた箱に手を入れる。


「1番です」


 取り出した掌大のボールには『1』と書かれている。

 アシスタントの女性退魔師がトーナメント表の1番のところに『蘆屋恭一』と記載した。

 ボールを置いて、静がそそくさと恭一の隣に戻っていく。


「それでは、次は上杉信女さん」


「…………」


 上杉信女が立ち上がり、同じように箱に手を入れた。


 そうして順番にクジを引いていき、十六のマスが全て埋められる。


「二次試験合格者は十七名。そのうち一人が怪我で辞退していますから、丁度良くピッタリそろいましたね」


 辞退したのは、恭一にケンカを売って返り討ちにされた男だろう。

 すでに恭一はその男の顔も名前も思い出せないが。


「では、1番……蘆屋恭一さん。2番……久世用安さんの試合を始めさせていただきます。お二人とも準備はよろしいですか?」


「別にいーよ」


「問題ありません。始めてください」


 恭一がおざなりな返事をすると、前列に座っていた男が返事をする。

 後ろの恭一からでは顔は見えないが、若い男のように見えた。


「それでは、試合会場に移動していただきます」


「…………!」


 周囲の景色が一変。

 先日と同じように結界に取り込まれて、広々とした空間に放り出される。

 恭一が移動したのは円形のスタジアムのような場所だった。

 隣に式神である静、五メートルほど離れた正面に長髪の若い男性がいる。あれが『久世用安』なる人物だろう。

 スタジアムには、他に誰もいない。

 広さは直径百メートルほど。少し離れた位置に電光掲示板があって、『10』から順番にカウントダウンを始める。


「ゼロになったらスタートってことね。りょーかい」


「まさか……貴方と初戦でぶつかるとは思いませんでしたよ。この試合が実質的な決勝戦になるでしょうね」


「ん?」


「驚きました。しかし、これが運命というものなのでしょう」


 対戦相手の長髪の男性が口を開く。

 涼しげな相貌にどこか皮肉そうな笑みを浮かべて、恭一を見つめてくる。


「一次試験、二次試験で貴方の力量は見せてもらいました。正直、お見事の一言に尽きますよ。強力な神霊を従えて、人形を破壊した身体強化系統の術式はまさに神業。少なくとも、対人戦闘で貴方に勝てる人間はまずいないでしょう」


「…………」


「ただし……それはあくまでも、この久世用安を除けばの話です」


 用安が両手で印を結ぶと、その身体に後光が差した。

 神々しいオーラ。日が昇ってきたような眩い輝きがスタジアムを照らす。


「僕は幼い頃、父親から山中に埋められたことがあります。どうやら、再婚するために子供が邪魔だったようですね。山に埋めて、妖怪に殺されたことにするつもりだったようですよ? 生きたまま暗く冷たい土の下に埋葬され、そのまま命を落とすところでしたが……そのおかげで、私は力に目覚めた。生きたまま神の高みに至ったのです」


 用安の身体から噴き出す霊力。

 まるで火山の噴火のようなそれは、小鬼程度であれば余波を浴びただけで跡形もなく消し飛んでしまうほど強力だった。

 そして、用安の額に第三の目が浮かぶ。

 ギョロリと見開かれた瞳の色は鮮やかな赤。噴き出した血のような色合いである。


「『即身仏』の力を使えるのは、一日にたった五分しかないのです。しかし、貴方にはその価値があります」


「…………」


「さあ、その身に刻みつけなさい。久世用安……貴方を倒す男の力を!」


「話が長い」


 恭一がつぶやく。

『蒼雷』……蒼い雷がスタジアムに(ほとばし)る。

 音を置き去りにする速度で放たれた雷撃が用安の頭から足までを貫き、容赦なく包み込んだ。


「自分の話に酔ってんじゃねえよ。合コンにおける七つの大罪の一つだぜ?」


「ぴぎゅ……」


 プスプスと煙を吐き、真っ黒に炭化した用安の身体が倒れる。

 そのまま、最初からいなかったかのようにスタジアムから消えてしまう。


 すでに電光掲示板は『0』になっていた。

 用安が無駄話をしている間に、試合は始まっていたのである。



一回戦第一試合

〇 蘆屋恭一  

✕  久世用安

試合時間:15秒 決まり手:雷術



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて全部一気に見てましたw 主人公の父親はヨーロッパの神話的に北欧神話の雷神さまですかね? そのうちにハンマー振り回しそうw
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