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23.静岡のファミレスを侮るな

 青い閃光が放たれた。

 激しい雷、膨大な熱量が敵を焼いていく。

 抵抗を許さず、その男を完膚なきまでに雷撃で包み込む。


「ッッッッッッッッッッ!」


 男は絶叫を上げることすらもできずに、蒼雷に抱かれて消えていった。


「お? 元の世界に戻ってきたな」


 結界が解除されて、周囲の森林が消える。静岡の町に戻ってきた。

 人通りはない。事前に人払いの術を使っていたのかもしれない。


「少なくとも、無関係な人間を巻き込まない程度の理性はあったわけか……この男に?」


 恭一は眉をひそめて、視線をやる。

 少し離れた場所には黒焦げの男が転がっている。

 辛うじて息はあるが、数日で回復できるようなダメージではない。

 三日後の試験は辞退せざるをえないだろう。


「仮にも神の血族だ。この程度では死にはせんだろう。それにしても……」


 恭一は明後日の方角を睨みつけた。

 視線をやると同時に、そこにあった『眼』が消える。

 何らかの呪いによる監視だ。

 誰かに見られていた……どこの何者かは知らないが。


(先ほどの結界……この男だけで作ったものとは思えないな。協力者がいるようだ……)


 その協力者は黒焦げの男よりは賢いのだろう。

 恭一と戦うことなく、さっさと逃げていった。失せ物探しが不得手な恭一に追跡は困難である。


「逃げられたか……どうでもいいけどな」


「主様、大丈夫でしょうか?」


 式神の静が姿を現した。

 申し訳なさそうな表情で頭を下げてくる。


「……本来であれば拙が露払いをしなければならないのに、お役に立てずに申し訳ございません」


「いや、どうでもいい……何というか、やっぱり来るんじゃなかったか?」


 セフレ……退魔師協会の受付嬢である青井双葉の口車に乗って参加してしまったが、恭一はわずかに後悔する。


 ランクが上がることで金回りが良くなるのはいいが……面倒事は御免だった。


「とはいえ……今さら、矛を引けないか」


 恭一は頭を掻いた。

 2級昇格試験を受けるにあたって、旅費や宿泊費を受けとってしまった。

 試験を辞退する、わざと手を抜いて不合格になるのは簡単だが……もらった金の分は働かなければ、不誠実だ。

 ちゃんと試験を受けると約束した以上、それは守らなければなるまい。


 顔がイケメン。エッチが上手。

 そして、約束はちゃんと守ること。


 それがかつて同棲していた恋人、相葉乃亜が語る恭一の数少ない長所なのである。


「コンビニ……いや、ファミレスだな」


 面倒事が起こった時には、とりあえず食うのが一番。

 適当に済ませるよりも、ファミレスで肉をガッツリと食いたい気分である。


「そういえば……静岡はハンバーグが有名なんだっけか?」


 バラエティー番組で得た情報を思い出して、恭一はスマホで近くのファミレスを検索する。

 ちょうど歩いていける距離にあるようだ。

 静を連れて、そこに向かうことにした。


「さて……何を食うかな。やっぱり、名物の『こぶしハンバーグ』か? 静、お前は何を頼む?」


「魚料理を……と言いたいところですが、拙もたまには肉を食べてみることにします。肉料理の勉強です」


「そうしろよ。食わず嫌いは無くした方が良い。食えるもんが増えた方が、人生楽しいからな……そうだな、ハンバーグかステーキ。後はチキンソテーってところか?」


 飯の話をしていると、腹が鳴って空腹を訴えてくる。

 暢気に会話をしながらファミレスに向かって歩いていく恭一であったが……彼は知らなかった。

 静岡県に展開している某・有名ファミレスチェーン店。

 そこは食事時ではとんでもない行列ができており、時間帯によっては五時間以上も待たされることに。

 そのとんでもない待ち時間は他県からやってきた人間を愕然とさせ、空腹と絶望の底に追いやるという事実に。


 受付で初めて、そのことを知った恭一はファミレスでの食事を断念することになった。

 結局、コンビニ弁当という妥協した夕飯を食べることになり、釈然としない気持ちでホテルに帰っていったのである。



     〇     〇     〇



 その頃。

 とある建物。会議室にて。

 そこには退魔師協会の理事達が集まっていた。

 決まった時期に開かれる定例会とは違い、今日の集まりは任意参加である。

 そのため、会議室に集まっている人間は十人もいない。


「さて……本日、退魔師協会2級昇格試験が行われたわけですが、皆さん、どう思われますか?」


 昇格試験の責任者である小野冬馬が訊ねた。

 会議室の壁に掛けられたスクリーンには、試験中の映像が映し出されている。


「そうですな……まあ、死人が出なかったのだから良いのではないですか?」


 テーブルの上に手を組んで、年配の理事が口を開く。


「例年、術の暴走や候補者同士の諍いで大怪我をする人間がいますからね。あるいは、教義や派閥の対立で。何事もなく初日を終えられたのですから、一先ずは喜ぶべきでは?」


「問題なのは二日目でしょう。退魔師同士の模擬戦……いつも怪我人や死人が出るのはこちらです」


 女性理事が溜息を吐く。


「いっそのこと、試験内容を変えては如何ですか? 相手が妖怪ならばまだしも、退魔師同士の戦いで犠牲者を出すなど馬鹿らしい」


「しかし、実戦形式の試験は必要ですぞ。戦えぬ者を昇格させても意味はありませんからな」


「然り。過去の試験では妖怪の生息地域に送り込み、そこにいた敵の撃破数で競ったこともありますが……あの一件がきっかけで、その形式での試験は中止となりましたからな」


 別の理事が言う。

 十年前、2級昇格試験のため、ある島に昇格候補者を送り込んだことがあった。

 そこに生息している妖怪と戦わせることで、退魔師の実力を測ろうとしたのだが……結果は全滅。

 送り込んだ2級昇格候補者二十七名、全員死亡という最悪の結果になった。


 生き残りがいないため詳細は不明だが、昇格のために強力な妖怪を狩ろうとした候補者が、島の奥深くで眠っていた邪神を目覚めさせてしまったようだ。

 その島は現在では封鎖されており、人間の立ち入りを禁止。

 1級退魔師の一人が見張り役として、近くの漁港に常駐している。


「退魔師であれば殉職は覚悟の上。一人や二人の犠牲で済めば御の字でしょう」


「…………」


 年配理事の言葉に、試験の変更を訴えた女性退魔師が黙り込む。

 悪くなった空気を変えるため、小野がパンパンと手を叩く。


「話を戻しましょう。今年はなかなかの粒ぞろいのようですが、気になる候補者はいますか?」


 小野が尋ねると、理事の一人が「フム……」と唸る。


「良い意味で目立っていたのは賀茂美森でしょうな。一番、術が安定していました。あの若さで大したものだと思いますよ」


「そうですな……さすがは賀茂とでもいいますか」


 他の理事も同意した。

 若い術者はどうしても霊力を勢いに任せてしまいがちで、安定よりも力押しを好むものである。

 時には暴発や暴走してしまうこともあり、試験中の事故は珍しくない。


「霊力の量だけならば普通に優秀というところですが、無駄なく力を使えていましたな。あの制御能力は一種の才能でしょう」


 美森の術は非情に術が安定しており、揺らぎが無かった。

 陰陽術を学んで、五年や十年ではその域には至れない。本当に大したものである。


「まあ、当然でしょう。彼女は分家の中ではマシな子ですからな!」


 賀茂家の当主である老人が鼻を膨らませた。

 分家とはいえ、賀茂に属する術者が実績を挙げたのが誇らしいのだろう。


「悪い意味で目立っていたのは……あの男、蘆屋恭一でしょうか」


「…………」


 理事の一人が言うと、会議室に短い沈黙が下りる。


「あの男が使役していた式神、あれだけでも2級相応の力がある。そして、実技試験で見せたあのパワー。気がついているでしょうが……あの一撃、術によって強化されたものではありません」


「身体強化系統の術によって怪力を発揮する者はいますが、アレは天然でしょう。どうやったら、生身であれほどのパワーを発揮できるものやら……」


「間違いなく人間ではない。それ自体は良い。日本で神や妖怪の血族は珍しくもない。問題は……いったい、アレが何の血を引いているのか」


 善性の神の血を引いているのであれば良いが、邪悪な存在であれば問題だ。

 最悪の場合、退魔師に対して敵意を持った妖怪が仲間をスパイとして送り込んできた可能性もある。


「間者にしては目立っていますがね。蘆屋の血族のようですが、事実でしょうか?」


「一応、候補者として挙がった段階で調査はしましたが……少なくとも、戸籍上は間違いないでしょう」


 女性理事の質問に、小野が答えた。


「蘆屋恭一5級退魔師の母親は蘆屋の分家の出身。ただし、退魔師として活動していません。カメラマンとして海外を飛び回っているようです」


「カメラマン?」


「ええ。二十年前、一時帰国した際に彼を出産したようです。出産後は親戚に押しつけており、ほとんど育児をしていないようです。いわゆるネグレクトという奴ですね」


 小野が同情した様子で表情を曇らせる。

 退魔師には個性が強くて常識をわきまえない者も多い。彼らの中には、子供を愛するという当たり前の感情を持たない人間もいた。

 恭一の母親は退魔師ではなかったが、その傾向があるのだろう。

 カメラマンという仕事命の人間であり、我が子に対する興味は薄いようだ。


「つまり、彼を妊娠したのも海外ということですか? まあ、見た目からして日本人以外の血を引いているようですが……」


「そのようですね。日本の妖怪ではなく、海外の神や妖精の血縁なのかもしれません」


「となると……善性の存在であるかどうか、我々では判断がつきませんね」


 女性理事が口元に手を当てて、考え込む。


「一緒にいた式神は竜神。悪さをする荒神には見えませんでした。すぐに対処しなければならない段階とは思えませんが……」


「フン……試験を見ていれば結果はわかるじゃろう。危険なようであれば、始末すれば良いだけじゃ!」


 賀茂の当主が言う。

 話題が美森から別の術者にかっさらわれてしまったことに、露骨に不機嫌になっていた。


「注目するべきなのは蘆屋5級退魔師だけではありませんよ。渡邊華凛、上杉信女もなかなか目立っていました」


「『山田彰吾』といったか? あの男も気になるな」


「退魔師の血族ではない市井の術者。一般人からこれほどの逸材が生まれるとは……」


 山田は一次試験で悪霊からの影響を受けておらず、二次試験でも何らかの呪いによって人形を破壊していた。

 山田の術からは特定の流派の特徴を感じない。

 おそらく、我流なのだろう。


「自力であれほどの力を得るのは容易ではないでしょう。彼も血縁を確かめた方が良いのでは?」


「すでに調査をしましたが、両親ともに一般人。五代前までさかのぼってみましたが、退魔師も妖怪もいませんでした」


「先祖返りという可能性もありますね。彼もなかなか興味深い……」


「そういえば……『土蜘蛛』の血族もいたな。あまり活躍していなかったが」


 それまで発言していなかった人物……大柄な理事が苦笑した。


「あの野心家の一族、どうせ退魔師として力を付けて国家転覆でも企んでいるのだろうな」


「前にもありましたよね……そのたびに、返り討ちにされていますけど」


『土蜘蛛』……黒木煉獄丸の父親や祖父も退魔師協会に入り込み、権力を手に入れようとしていた。

 他の退魔師にケンカを売り、返り討ちにされていたが。


「ああ……私も若い頃、絡まれました」


「俺もだ。野心に実力が伴っていないので、放置していても構うまい」


「普通に優秀な一族なんですけどね……時代錯誤であることを除けば」


『土蜘蛛』を自称する者達は何年かに一人の割合で退魔師協会に入ってきて、問題を起こしている。

 彼らは千年前に大和朝廷から迫害された一族の末裔を自称しているが、実のところ、真偽は不明だった。

 現代社会では普通に戸籍も持っているし、その大嫌いな大和人とも普通に結婚している。

 国家転覆を口に出してはいるものの……やることといえば、適当な退魔師にケンカを売るくらい。国を亡ぼすために具体的なテロ行為を働いたこともなかった。


「最初から協会に入れるべきではないという意見もありますが……来る者拒まずが原則ですからねえ」


「下手に拒んで、人種差別問題になるのも面倒です。退魔師としてはちゃんと働いてくれていますし、まあ、いつも通りに放置で良いでしょう」


 女性理事の言葉に、小野が苦笑して答える。


「ともかく……くれぐれも事故の無いように、三日後の三次試験では努めます。皆様もご協力のほど、よろしくお願いいたします」


 小野の言葉により、その日はお開きとなった。


 話し合いが終わってからも理事の一部は部屋に残って、ゴソゴソと内緒話を始める。


「ウウム、やはり賀茂の分家かのう」


「渡辺一族の娘もなかなかやってくれそうだぞ」


「大穴はあのシスターの娘じゃな。銃器で試験に臨むとか邪道ではないか」


「ダークホースは蘆屋の小僧じゃろう。ホホッ、面白くなりそうだわい」


(また賭け事ですか。これだから、暇な老人は……)


 若い術者の勝敗に金を賭けて楽しんでいるのを横目に見ながら、小野は嘆かわしいとばかりに首を振ったのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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