22.試験終了したがチンピラに絡まれた
その後、二次試験は滞りなく続いていった。
美森のように術で人形を破壊した者もいれば、恭一と同じように物理攻撃でクリアした者もいる。
渡辺華憐は刀で人形の首を斬り落とし、上杉信女は槍を投擲して人形の胸部を貫いた。
山田彰吾は手にしたフィギュアから謎の黒いオーラを発して、離れた位置から人形をドロドロに融解させた。
驚かされたのは『戦争聖女』の異名をとるロゼッタ・ジャンヌ。
ロゼッタは修道服のスカートの下からバズーカ砲を取り出し、人形を粉々に粉砕した。
そんなのアリかと抗議した候補者もいたようだが……ロゼッタが何らかの術によって武器を取り出したこと、バズーカ砲の弾が聖気によって強化されていたことが考慮され、合格となった。
その人形はただの物理攻撃では破壊できないように防御術がかけられていたため、兵器の力を借りてでも破壊できたのならばルール上は合格になるらしい。
最終的に、十七人の人間が二次試験を突破した。
「さて……それじゃ、さっさと引き上げるかな」
二次試験が終わり、その日は解散となった。
三次試験は三日後に行われることになっているため、その日まで英気を養っておくように指示されている。
最終試験である三次試験では総合的な戦闘能力を実戦で試すとのこと。
つまり……昇格候補者同士の戦闘である。
「要するに、明日と明後日は好きなように遊べるわけだ。さて……どこを見て回ろうかね」
試験会場から出た恭一は気楽そうに言った。
本来、三次試験までに設けられた二日間の空白は、本日の試験によって消耗した霊力を回復させるためのものである。
人によって差はあるが……失われた霊力を回復させるためには、一日から二日の休息を要する。
回復したからといって、すぐに戦闘ができるコンディションに戻るとは限らない。
人によっては、座禅や精神統一で十分に心を研ぎ澄まさなければ、万全の力を発揮できない人間もいるのだ。
恭一のように「遊びに行こう」と考えている昇格候補者は皆無だろう。
各々、ホテルなどの滞在先でしっかりと休みを取るはずである。
「アンタって本当にタフよね……いったい、どこからその元気は湧いてくるわけ?」
静の肩を借りて歩きながら、美森が呆れた様子で言ってくる。
「おお、お前も一緒に行くか? 明日明後日は静岡市の周辺を見て回って、試験が終わったら伊豆辺りを観光するつもりなんだが」
「……そんな力、残ってないわよ。帰って休むわ」
静は二次試験で限界まで霊力を振り絞っている。
もはや式神はおろか、霊符の一枚すらも操ることはできない。
「せっかく他県まで来たのにもったいねえなあ。協会が経営しているホテルに泊まるのか?」
退魔師協会は日本各地にホテルや旅館を経営していたり、出資していたりする。
それらの宿泊施設は地方で仕事をする退魔師のためのもので、退魔師協会に登録していれば割引価格で泊まれるのだ。
今回の退魔師試験のように協会側の都合によって宿泊する場合には、ほぼ全額を負担してくれる場合もある。
「ううん、こっちの地域にも賀茂の分家があって、そこに泊まることになってるのよ」
「ああ、親戚の家か」
「本家の当主様もそこに泊まるのよね……ゆっくりと休めると良いんだけど」
「ああ……爺の相手ね。ご苦労なことだ」
静に支えられて歩く美森に、恭一は同情の念を送った。
「それじゃあ、また三日後に会いましょう。羽目を外し過ぎないようにね」
美森がタクシーに乗り、去っていく。
恭一と静は美森を見送ってから、試験会場の近くにあるホテルに足を向ける。
「さて……ホテルの近くにコンビニがあったよな。寄っていくか」
一緒に試験を受けた女性退魔師……上杉信女が見せつけるように酒を飲んでいたせいで、恭一もすっかり喉が渇いてしまった。
身体がアルコールを欲している。今晩はホテルでたらふく晩酌を楽しむとしよう。
「お前も欲しいものがあったら買って良いぞ。今日もしっかり働いてくれたからな」
恭一が静の働きを労う。
第一次試験の結界、それに昼休みの弁当。
今日も静は献身的に働いてくれた。ヒモの恭一だって感謝の心はある。
「それでは……チョコ怪獣を買っていただけますか?」
「あ?」
「食玩フィギュアです。スーパーで買い物をしている時に見かけてから、欲しかったのです」
「…………」
静の意外な趣味嗜好が判明した。
チョコ怪獣はチョコレートの中にカプセルが埋め込まれており、そこに怪獣のフィギュアが入っているというお菓子だ。
平安後期生まれ、半分人間の竜神がまさかそんなものを好むとは思わなかった。
「……良いぜ。あるだけ買えよ」
「いえ、一つで大丈夫です。一度にたくさん買うと狙った怪獣が当たった時の喜びが減りますから」
「……そうかよ」
「一度の買い物で一つずつ購入して、全種類をコンプリートしたいのです」
「…………」
まさかのガチ勢である。
金に任せて大量購入しない辺りに、逆に情熱が感じられる。
「……まあ、好きにしろよ。これからも買い出しのお釣りとかで買って良いからな」
「恐縮です。主様」
「それにしても、今日は随分と…………あ?」
一日の出来事を振り返る恭一であったが、目の前に立っている大木を前にして立ち止まる。
どうして、街中にこんな大きな木が……と思って周囲を見回すと、原生樹林のような深い森の中に立っていた。
「これは……」
「主様、お気をつけください」
静が身構える。
先ほどまで静岡の街中を歩いていたというのに、いつの間にか森の中にいた。
周囲にはいくつもの大木がそびえ立っており、二人のことを見下ろしている。
「そこのお前、何か用か?」
恭一はすぐに森の中に自分達以外の気配があることに気がつき、睨みつける。
視線を向けられた木の陰から……幹を這うようにして大柄な影が現れた。
「クックック……まさか吾輩の気配に感づくとはな。鋭いではないか」
現れた男は忍者のように木に張り付いており、ニタニタと不気味な笑みを浮かべている。
身長は二メートル近い長身。顔はびっしりと濃いヒゲで覆われていた。
「我が名は黒木煉獄丸! 栄えある土蜘蛛一族の統領である!」
男が堂々と名乗る。
いや、誰だよと恭一は顔を顰めた。
「……帰って、酒と飯食らって寝たいんだけどな。蜘蛛だの蠅だのの相手をしてやるほど暇じゃねえんだよ」
木に張り付いている大男を見上げて、恭一は鬱陶しそうに吐き捨てる。
周りは高い木々に覆われている。
幻覚の類ではない。おそらく、また結界に取り込まれてしまったのだろう。
(二次試験の時と同じか……熊みたいな見た目のわりに繊細な術を使うじゃねえか)
それとも、目の前の男とは別に結界を使っている術者がいるのだろうか?
(どっちにしても、同意なく結界に引きずり込みやがったんだ……味方ってことはないだろうよ)
「それで……俺に何の用だ?」
「昇格試験の間、ずっと貴様のことを見ていたぞ」
恭一の問いに男が木に張り付いたまま答える。
「一次試験での式神の活躍。二次試験での凄まじいまでの膂力。そして、黙っていてもにじみ出てくる強者の貫録……この試験に参加した者の中で、吾輩に対抗できる者は貴様しかおるまいな」
「…………」
「試験官が話していただろう? 次の試験は総合力検査。昇格候補者同士での模擬戦になるそうだぞ?」
男がペタペタと蜘蛛のように木の幹を這い、ニチャリと笑う。
「本物の実戦……殺し合いとなれば負ける気はせぬ。されど、殺人を禁じた試合では後れを取るやもしれぬ。なれば、試験が始まる前に片付けておこうと考えるのは不自然なことではあるまい?」
「……そうか、お前もあの試験を受けていたのか」
「何?」
恭一のつぶやきに男が眉をひそめた。
「周りの連中のキャラが濃くて目に入らなかったぜ。なるほど、よくよく見ると目立つ面をしてるじゃないか」
「ッ……!」
男の笑顔が引きつり、憤怒の形相に変わっていく。
「貴様……まさか、吾輩を認識していなかったと言うつもりか!? この土蜘蛛一族最強の戦士である吾輩を愚弄するか……!」
「ナンチャラ一族なんて知るかよ。それと、男の顔を覚えて何の得がある?」
同じ男でも、隣に座って人形をいじくっていた男の方が、まだ印象に残っている。
目の前にいる男の自意識過剰ぶりを、恭一は鼻で笑い飛ばす。
「許せぬ……吾輩だけではなくて、一族を愚弄するか!」
「お?」
男が木の幹を両手両足で蹴り、恭一めがけて飛びかかってきた。
恭一が回避すると背後にあった別の木を蹴り、そこからさらに別の木へと飛び移る。
「クハハハハハハハハッ! 一族に代々伝わる森林戦闘術。貴様などには見破れまい!」
「なかなか素早いな……静、見えるか?」
「いえ……申し訳ございません」
静が申し訳なさそうに目を伏せる。
どうやら、木々を縦横無尽に駆ける男の動きを見切ることは、今の静には難しいらしい。
「まあ、仕方がないな。俺の中に入ってろ」
「はい、ご武運をお祈りしております……」
静の身体が青い光となり、恭一の体内に入っていく。
式神である静は自らの肉体を霊体に変えて、主人の身体に宿ることができるのだ。
「クハハハハハハハハッ! 女を逃がしたか、それで……貴様はどうするつもりだ!?」
「どうするって……普通に戦うつもりだが?」
「強がりを言うでない! この動きを目で追うことも出来ぬくせに!」
嘲笑いながらも、男は猿のように木々の間を飛び回っていた。
確かに、誇るだけの速度はある。並の人間の動体視力であれば見切ることは不可能だ。
「我ら土蜘蛛一族はかつて大和人に土地を奪われ、山深くへと追いやられた。以来、自然と戦いながら現代まで生きてきた」
「…………」
「全ては大和人に復讐するため! 奴らの土地を奪い、この地上の覇権を得るためよ! 退魔師として名を馳せることはその始まりに過ぎぬ。障害となる人間は一人残らず殺し尽くしてくれようぞ!」
「ハア……」
聞かれてもいないのに自分の素性を話し始める男に、恭一は「知らんがな」という顔で溜息を吐く。
男がどのような事情を持っているかなど、恭一には本気で興味がない。
先ほど、男は名乗っていたが……その名前だってすでに忘れているくらいだった。
「オッサン……寝言は寝てから言ってくれ。年寄りの自分語りは聞いてて鼻持ちならない」
「誰がオッサンで年寄りだ! 吾輩はまだ二十五だ!」
「え、そうなの?」
本気で驚いた。
ヒゲの生えまくった顔からして、五十は超えているだろうと思っていた。
「馬鹿にしおって……シネエエエエエエエエエエエエッ!」
「お前がな」
「ガハアッ!?」
目にも止まらぬスピードで飛びかかってきた男の顔面を殴った。
バットで打たれたボールのように男が跳ねて、そのまま木の一本に衝突する。
「グウウウウウウウウ……まさか、まさかあのスピードを見切ったというのか……!」
「グダグダと悠長におしゃべりしている間に目が慣れた。話が長いんだよ」
恭一は鬱陶しそうに言う。
しゃべってないでさっさとかかって来ていたら、一撃くらいは入れられたかもしれない。
「この……神の血を引く吾輩の顔を殴っただと、何という無礼な……!」
「お? お前って神の子孫なのか?」
恭一が意外そうに目を瞬かせた。
まるで興味がないので恭一は知らなかったが……『土蜘蛛』というのは平家物語などに登場する妖怪であり、源頼光や渡辺綱などによって退治される伝承が有名である。
また、日本各地にいた大和朝廷に恭順しない土豪や豪族を示す総称のような言葉でもあった。
その男……黒木煉獄丸はそんな一族の末裔。
天皇家が天照大神の血を引いているように、男もまた彼らが信仰している土着の神の血を引く神の血族だったのだ。
「まあ、日本じゃ珍しくもないか。この国は妖怪や神様だらけだからな」
恭一はクックッと笑った。
思えば……ほんの少しだけ面白い。
恭一はとある異国の神の子孫。
式神である静は源義経の娘であり、竜神の娘。
そして……この男もまたどこかの「恭順せぬ神」の子孫。
この場にいる全員が神の血を引いていることになる。
「とはいえ……お前はちょっと型落ちだよ」
どこの神の子孫かは知らないが……男からは大した力は感じない。
血が薄いのか、そもそも祖先がさほど強い神ではないのか。
「気まぐれだ。本物の神の力を見せてやろう」
「何だと……!」
殴られ、悶絶していた男が立ち上がって恭一を睨んでくる。
本当に決断が遅い。
戦うつもりならさっさと襲ってくればいいし、その気がないなら逃げればいい。
どちらも瞬時に選べないのなら、目の前の男が望む力や地位を得ることは不可能である。
「本当に型落ち品だな……」
嘲笑して、恭一が心の奥底にある扉を開く。
直後、結界内部が蒼い雷によって染め上げられた。
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